短編 好きな人がだれかの彼女になった

ホノスズメ

end of me

 わたしはその言葉に笑ってかえすことができなかった。

 かしましい声らとどんちゃん騒ぎのうっとうしい、いつもの昼休みのはずだった。


「う、うん?だれと付き合ってるって?」


 吃音になりそうなほど緊張の糸がのどをしめつけてくるのを無視して、もう一度聞いてみても、悪夢のような彼女の破顔がより私の血の気を奪っていくようで、なお冷たい塊が心臓の隣で私をあざ笑っている気がした。

 一瞬、不思議そうな顔をして小首をかしげる彼女に、弁明も説明も口から滑り出すことはなく、きっとそんな顔をわたしはしていたのだ。案じる色を映し出す彼女の瞳は、どうしようもなくわたしが焦がれたもの。

 折れたそれを悟られないために、窓外の青々とした山間へと視線を逃がして彼女の返答をさえぎる。


「ごめん、やっぱいいや。ちょっと出てくるね」


 不満そうに彼女は頬を膨らませていたが、わたしには相手するだけの余裕がなく、心がどこかへ消えてしまった心地で二人だけの音楽室を出た。

 無人の階段下まで来ると、壁に背を預けてその場に崩れる。

 そう、最初から夢物語をみていたにすぎない。あの二人は幼馴染で、互いを想いあうには十分な時間と経験を重ねてきたのだろう。それは彼女たちに近いならなおさら強く認識させられる。

 ほこりっぽく日の当たらないその冷たさが吐き気をかろうじて抑え込んでくれた。

 彼女は……追ってこないか。

 当然だった。わたしはほかの人より彼女と仲が良く、昼をともにする程度の付き合いだ。

 二年かけてすこしずつ仲良くなってきたのに、たった彼女が付き合ったというだけでその関係に終止符を打たねばならない。

 ——惑わすことを許さない、たぶらかすことを許さない、邪魔することを許さない——

 たがための幸福か、聞くまでもない。

 それならば、わたしの通るべき行動はなにか。ぐしゃぐしゃな思いも思考とともに飲み干して、わたしには義務だけが取り残された。

 立ち上がる時、もっとそこにとどまっていたいという小さな願望を引きちぎり、そこへ機械となって向かった。


「あ、おかえり。どこいってたの?」

「いつものとこだよ。それよりさ……聞いてほしいことがあるんだけど」


 わたしにただならぬ様子を感じ取ったのか、困惑顔を引き締めてこちらにむきなおった。椅子に座る彼女の姿勢は美しく、わずかなほほえみをたたえてわたしの言をまっている。

 思いのほか、いうのは簡単だった。


「おめでとう……よかったね」


 震えはしなかったか、気取られてやいないだろうか。嘘をつくのは苦手だから気がかりではあったがその心配は無用だった。

 

「ありがとう!」

 

 わたしの終わりが始まった。

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