第37話 ソロモン窮状をかたる
彼らが赴いたのは上位冒険者や貴族などに人気の少しお高い店だった。店内は宮殿を思わせるような豪奢な作りで床は大理石に赤い絨毯が敷かれ、クリスタル製のシャンデリアが光の魔法で店内を照らしている。
以前は貴族が大半を占めていたが、今の客の大半は魔族である。中には元貴族の人間もいた。
「支配人はいるかな? 個室を使わせてもらいたいんだけど」
「これは藤真様。支配人の許可を得るまでもありません、ご案内致します」
藤真悠は店内に入ると早速ボーイをしている男性に話しかける。店の特性上国の上層部が利用することも多いため、聞かれたくない話ができるようVIPルームのようなものがあるのだ。
そしてその利用許可を出すのが支配人であり、冒険者で利用できる者はほんの一握りしかいない。
「凄いな、顔パスなのか」
ソロモンもこの店のことは知っていたが入ったのは初めてであった。
「まぁな。なにせ俺等は勇者様御一行ってやつだったからな」
「国が滅びた今、勇者なんて称号はもうないけどね。これでも最高位冒険者なのよ私達」
ソロモンが素直に感心すると、狩井海斗は自慢気だ。実際に勇者として認定去れていたのは藤真悠であり、他はその仲間たちという話ではあるが。
5人はボーイの案内で個室へと通される。その部屋もまた立派な作りで円卓の上に飾られたシャンデリアはより一層豪華な作りであり、部屋の壁にはレリーフなどの調度品が飾られていた。
「とにかく座ろう。全員マスターコースでいいよね?」
「ええもちろんよ」
「いいのかよ、すげぇな」
マスターコースはこの店の最高級のコースが味わえる人気のコースである。その金額も相当なもので一人前金貨10枚もした。藤真悠はそれを5人前注文すると全員が円卓に腰掛ける。
「ソロモン君。まず先に言っておきたいんだけど、僕らは今から魔王を倒してこの街を解放しようとかは考えていない」
「そいつは助かる。だがいいのか? 俺はこの国をぶっ潰したし教会もぶっ潰したんだぜ? 王族は容赦なく処刑させてもらったしな」
藤真悠は先に敵対の意思はないことを伝えた。ソロモンは正直屋それが意外だった。もう少し非難されると思っていたからだ。
「それについて思うところがないわけじゃないよ。確かにこの街は魔族に占領されているけど、人間を迫害しているわけじゃないからね」
藤真悠にはそれが奇跡のように見えていた。魔族が人間を憎んでいないわけがない。それだけのことをこの世界の人間はしてきたのだ。それなのに魔族は人間を迫害していない。これを奇跡と言わずなんというのか。
「そうね。それに私達だって魔族が迫害されてきたことくらい知っているわ。その原因が宗教にあることも。そのせいで人間じゃないからと奴隷にされ、迫害されて来た亜人種も見てきたわ」
「そうだねそうだね。私達から見たら謂れのない差別を受けているようにしか見えなかったもん。いつかはこうなるって予想できたよね」
「だな。そうなったとしてそれを非難できねぇよ。だからといって虐殺を許容する気はねぇけどな」
彼らが人間側に付いているのは大半が成り行きである。それを大義名分化させているのは「だからといって魔族が人間を虐殺するのを許すわけにはいかない」という後付の理由に過ぎない。
「だから人間を迫害していないのなら僕らが争う理由はないと思っている」
「今のところは、だけどな。もし人間を迫害するようなら俺等はきっと人間側に付くだろうよ」
狩井海斗はソロモンに釘を刺す。権力に取り憑かれれば人は変わるからだ。
「まぁそうだろうな。魔族にはリザードマンのような人とはかけ離れた容姿を持つ者もいるし、鬼人族なんかは見た目から悪にみえてしまうだろうよ。本当に野蛮な奴もいるし、俺が人間を保護させていることに不満を漏らすやつも一定数いるからな」
ソロモンは少しゲンナリした様子で話す。その様子を見て藤真悠は察した。そして程なくして料理が運ばれる。5人は食事をしながら話を続けた。
「その一定数に四天王は含まれているのかい?」
「困ったことにな。よりによって四天王最強って言われている奴だ。俺の直接の上は四天王の一角、魔戦将軍ホルタヴィアヌス様でな。これがまたそいつと犬猿の仲なんだよ。特に俺なんか目の敵にされてるからたまったもんじゃねーわ」
ソロモンは頭を抱えてぼやく。
「魔王はどうなんだ?」
「魔王様は元々は支配派だ。だから説得したんだよ、人間を迫害して同じことをすればまた復讐は繰り返されるってな」
「凄いねソロモン君! 見直したよ」
「ごめん、正直意外だわ」
ソロモンの話に2人は感心しつつも意外そうな顔をする。話には聞いていたが正直想像つかなかったのだ。
「しかしよく聞いてくれたな。魔王は相当人間を恨んでいると聞いていたが」
「ああ、1番憎んでいたのは王族だ。だからそいつ等は魔王様の眼の前で処刑してやったよ。それと俺がナトリウム王国滅亡の立役者ってものあるだろうな。俺の要望を聞いてくれたのは褒美ってのもあるが、俺が魔王様のお気に入りになれたってのも大きいな」
「魔王のお気に入りか。すげぇじゃねえかよ」
狩井海斗もソロモンを見直したのか素直に称賛する。それと同時にソロモンを死なせてはならないとさえ思ってしまった。
「そのせいで敵も多いけどな。こないだも危うく殺されそうになったぞ。俺個人は戦闘力皆無だからな、普段は護衛を付けているんだよ」
「今日は連れてないの?」
朝凪志津香は今更ながらにソロモンが護衛を連れていないことに気づく。ソロモンが今や魔王のお気に入りなら護衛をつけていないとは到底思えない話である。
「ああ、お前らと話すならいない方がいいと思ってな。お前らなら義憤心に駆られて俺を殺すような浅はかなことはしないだろうと思ってたから」
「そんな信用されているなんて思わなかったよ」
ソロモンが護衛を連れていない理由を明かすと藤真悠は少し嬉しそうだ。本来なら嫌われていてもおかしくない。それだけのことをした自覚が彼らにはあったからだ。
「これでも人を見る目はあるつもりだ」
「そりゃどうも。ところでソロモン、お前もしかして生命狙われてるのか?」
そして狩井海斗はようやく彼らにとっての本題に入る。その前にソロモンが信用できるのか知る必要があったが、護衛を連れていなかったことで狩井海斗もソロモンを信じる気になったのだった。
「自衛はしてるよ。実は俺の護衛も人間なんだよ。そして恋人関係にあったりするからな。できれば危ない目に遭わせたくない」
そう話すソロモンは少しニヤけていた。思わぬ惚気に狩井海斗が羨ましそうに文句をつける。
「お前恋人いたのかよ! ちょっとムカつくんだが」
「それだったらどうだろう、僕たちを護衛として雇うつもりはない?」
「それは願ってもないがいいのか?」
そして藤真悠がソロモンに護衛の話を持ちかけた。その申し出にソロモンは少し意外そうな顔を見せる。
「私はいいよぉ。大船に乗ったつもりでいてよ」
「私もよ。貴方が死んだら殆が支配派に回るんじゃないかしら?」
もはや彼らにとってソロモンは死なせてはならない人物となっていた。それはソロモンを信用するしない以前の話となっており、ソロモンが死ねば支配派に有利に働くのは明白だった。
「結果的にはそうなるだろうな。だが気をつけてくれ。向こうにも頭の回る奴がいてな、俺への刺客は人間を利用することが多いんだ」
「そりゃまたなんでなんだ?」
「人間擁護派の俺が刺客とはいえ人間を殺しちゃ説得力がないだろ。それに魔王様のお気に入りの俺を表立って殺しに来る馬鹿な魔族はいない。むしろ人間に殺させた方がいいはずだ。そうすれば魔王様や俺の仲間の恨みは人間に向かせることもできるんだよ。なにせ支配派には元人間の貴族もいるからな。支配派もそいつに唆されたと責任を押し付けるだろうよ」
そしてソロモンは自分の置かれた窮状を訴える。その話は藤真悠も危惧していたことであった。
「なるほど、それは厄介な話だね」
「なぁ、ところで支配派の代表は誰なんだよ」
「ああ。そいつは四天王最強の男、ヌクート。悪鬼族っていう魔族一残虐な種族の長だ」
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