第27話 師父ベーション

「どうやら作戦は失敗したようですぞ国王陛下」


 ウィザードアイという遠視魔法で戦況を見ていた大魔導士ベーションが国王に伝えた。


 大魔導士ベーション。人は彼を畏敬の念を込めてこう呼ぶ。を師父マスターベーションと。白い髭を蓄えた年老いた魔導士ではあるが、その魔力はナトリウム随一である。そして魔導を極めたとされる彼は既に300年の時を生きたと言われていた。


 執務室には国王とベーションしかおらず護衛すらもいない。それだけ国王はベーションを信頼し、頼りにしていた。


「なんだと? 一万からの軍勢を跳ね除けたというのか。葬送の部隊を壊滅させて捕虜を捕らえ、奴らのアジトを吐かせる予定だったのだがな。魔族どもはそれほどの力を付けたというのか?」

「魔族ではありませんなぁ。恐らくは未知の寄生虫じゃろう。人を苗床にして増えるという厄介なやつじゃ。一匹足りとも街の中へ入れてはいけませんなぁ」


 寄生虫マンイーターとゾンビワームはベーションをもってしても恐るべき寄生虫であった。とにかく増える速度があまりにも異常で、寄生されたら死が確定してしまうのだ。はっきり言ってムチャクチャである。


「それほどか、草井ソロモン。これは早急に奴を始末せねばなるまい。何か良い案はないか?」

「アジトがわかればメテオでアジトごと破壊するんじゃがのう。まともに対処するなら見つけ次第抹殺。それ以外に方法はありませんなぁ」


 葬送部隊がいる間にもう一度メテオを使えればいいのだが、あの儀式魔法はクールタイムというものが存在する。絶対的な破壊力を持つ代わりにそういう制限があるのだ。


「広範囲浄滅魔法をもってしても対処は無理か?」


 神聖魔法の最上級に位置するその魔法は伝説級の魔法であり、使えるのは藤真悠しかいない。ベーションでさえも使用できない超高難度魔法である。


「孵化した寄生虫なら外に出ている分だけ有効じゃな。しかし孵化する前の卵の状態では人の中じゃからな。そうなると浄滅魔法は効かないんじゃよ」


 浄滅魔法は生きている人間の体内には及ばない仕組みになっている。そういう仕組みにしたのは他ならぬ主神ボットンブーリだ。この世界に菌という概念はないが、人間の体内に効果が及ぶと体内の細菌まで殺してしまうからである。


「そうか。だが孵化した寄生虫を殺せるなら勝算はあるな。今藤真はどうしている?」

「藤真でしたら仲間と一緒にダンジョンに挑んでいますなぁ。帰って来る頃にはかなりの成長が見込めるじゃろう」


 藤真はメテオ使用後に修行のため異世界召喚組とダンジョンに挑んでいた。


「いつ帰って来る?」

「後一月もかかりますまい。この国にはわしもおりますでな。奴等が攻めて来たら返り討ちにしてみせましょうぞ」


 寄生虫さえ中に入れなければ負ける要素はない。それが師父マスターベーションの判断であった。


「そうそう。言い忘れておったわい。生き残った寄生虫達はケツアーナに向かっているようですなぁ」


 そしてベーションは衝撃の情報をさらりと伝えた。国王的には言い忘れたじゃねーだろ、なのだがベーションの態度には余裕がある。国王の顔面は蒼白であったが。


「なに!? あの街は商業都市だぞ。あそこを落とされるのは非常にまずい。ベーションよ、見ておらんとなんとかせんか!」

「では儂がひとっ走り行って殲滅してきましょう。明日には戻って来ますゆえ」


 ベーションはそう伝えるとその姿を国王の前から消してしまった。これもまた伝説級の魔法、転移魔法である。遠視魔法で視認した場所にも行けるため、街が襲われる前に寄生虫の一団の頭上へと転移したのだ。


「それにしてもキモイのう。ふむ、ではサクッと殲滅してくれようか」


 ゾンビワームやマンイーターの一団はまっすぐケツアーナに向かっていた。その蠢く様はゾンビの行進であり、その中にでっかいなめくじがいるのだから見て気持ちのいいものではない。


「やはり燃やす一択じゃな。燃え尽きるがいい、ウルティマゲーナ!」


 ウルティマゲーナ。終末の業炎とも呼ばれるその魔法は広範囲を灼き尽くす戦略級破壊魔法である。この炎を前にしてはさしもの寄生虫もひとたまりもなく、一体残らず炎に巻かれた。


 炎の色は波長の短さであり、一般的に波長が短い程温度は高くなる。ウルティマゲーナの炎は紫色であり、人の視認できる限界の波長であった。当然その温度は高く、おおよそ生物の耐えられる温度を遥かに凌駕する。


 そして程なくして全ての寄生虫は焼き尽くされ、辺りには黒い煙と燃え尽きた灰が風に流されていった。


「ふむ、藤真が帰って来るのを待ってもよいが、攻めてくるようならわしの出番かもしれんなぁ。ま、今度攻めて来たときこそが奴らの最期となろうて」


 鎮火した野原は炎のために見るも無惨な姿になっていた。はっきり言ってオーバーキルである。全てはただの八つ当たりであった。

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