第十八話

「行ってきます。」


「瑞樹。」


 この前のテストから数日後、瑞樹は登校の為に家を出た、すると母親が圧を含んだ強い口調で瑞樹を呼んだ。


「良いわね? 今度こそ100点を取って来るのよ。」


 瑞樹はコクリと頷き、学校へ向かう。


「……」


 暗い表情で学校へ向かって歩く瑞樹。


『……ウルセエナァ……』


「!?」


 その時突然不気味な声が聞こえた、瑞樹は驚き、辺りを見回す、しかし、瑞樹の周りには誰もいない。


『タカガ2テントレナカッタクライデギャアギャアワメキヤガッテ……』


「誰……? 誰なの……!?」


 誰もいないのに響く声、次第に瑞樹の表情に恐怖が生まれる。


『オマエモソウオモウダロ?』


「違うよ! お母さんは……私の為を思って……」


『ナニヲヌカシテヤガル……スナオニナレヨ……』


 不気味な声はだんだんと近付いてくるように大きくなっていく。


『オマエモホントウハコウオモッテルハズダゼ……ウルセエッテナ……』


「違う……違う……」


 瑞樹はその声を聞くまいと耳を塞ぐ。


『ダイキライナンダロウ……アイツノコトガ……』


 しかし、耳を塞いでいるにも関わらずその声はより強く大きくなっていく。


「止めて……止めて……」


 そして、声が大きくなっていくに連れて瑞樹の感じる恐怖も強くなる。


『ダッテソウダロウ……スキデアイツノコドモトシテウマレタワケジャナイ……』


「嫌……嫌……!!」


 やがて瑞樹は恐怖に我を失い、耳を塞いだまま走り出した。


『フダンカラオモッテルンダロウ……ヨソノイエノコガウラヤマシイッテ……アンナオヤナラウマレナイホウガマシダッタッテ……』


「違う……違う……」


『アンナヤツ……シンジマエバイイッテナ!!』


「違う……私は……そんな事……!!」


 瑞樹は声から逃れようと必死で走る、しかし、声から逃れるのに必死だった瑞樹は周りを見ていなかった。


「……!!」


 道路に飛び出した瑞樹にトラックが迫って来ていた、トラックは急ブレーキを踏んでいるがそれでも止まらない。


「……ッ!!」


 瑞樹は迫るトラックに対し眼を瞑る、しかしその時、瑞樹の後ろから一人の人物が走って来た、その人物は瑞樹を抱えながら横へジャンプし、トラックを避ける。


「……?」


「大丈夫か?」


 恐る恐る目を開ける瑞樹、目の前には真也の顔があった。


「真也……くん……?」


 トラックから瑞樹を救ったのは真也だった、真也は自分の背を下にして瑞樹を抱きかかえている。


「二人共大丈夫!?」


「大丈夫か!?」


 真也と一緒にいた麗華が駆け寄り、トラックの運転手の男性が慌てて降りて来る。


「私は……大丈夫だけど……」


 立ち上がった瑞樹は心配そうな表情で真也を見ている。


「……そうか。」


 そんな瑞樹の眼を見て真也も何食わぬ様子で立ち上がる、しかし、真也を見ていた運転手はある事に気付いた。


「……おい坊主、怪我してんじゃねえか!」


 真也の右肘から血が出ていたのだ、恐らく瑞樹を庇った際に擦りむいたのだろう。


「これぐらいどうって事ねえ。」


 そう言って歩き出そうとする真也、しかしそんな真也の腕を麗華が掴む。


「駄目だよ、ちゃんと処置しないと。」


「お、おい……」


 麗華によって近くの公園に連れて行かれる真也。


「……ごめんなさい、私が飛び出したばっかりに……」


 二人を見送った後、瑞樹は運転手に対して頭を下げる。


「……俺は良いけどよ、これから気を付けろよ、せっかく親から貰った命だ、大事にしな。」


「……はい……」


 運転手はしゃがんで瑞樹に目線を合わせ、少し険しい表情で瑞樹に注意する、その言葉を聞いた瑞樹の顔が再び曇った。


「……どうした?」


 そんな瑞樹の顔を訝しげに見る運転手。


「何でもないです……本当に……ごめんなさい。」


 再び頭を下げると、瑞樹は学校へ向かって歩き出す。



 その後、瑞樹は何事も無く自分のクラスに到着した、瑞樹は教科書を開いて勉強している。


「真也くん、どうしたの? その腕。」


 瑞樹が教科書を眺めていると、女子の声が聞こえて来る、声の方に目を向けると、瑞樹よりも遅れて着いた真也にクラスの女子が話しかけていた、真也の右肘には包帯が巻かれている。


「ちょっとへまやってな、大した事ねえよ。」


 そう言うと真也は自分の席に座る。


「真也くん。」


「ん?」


 席を立ち、真也に話しかける瑞樹。


「さっきは……ありがとう……」


 ややオドオドした様子でお礼を言い、頭を下げる瑞樹。


「気にすんな。」


 真也は相変わらず素っ気ない態度で返す、瑞樹は僅かに微笑みを浮かべていた。


「おはようみんな!」


『おはようございます先生!!』


 教室に入った担任の教師が大きな声で挨拶し、生徒達も大きな声で返す。


「真也、どうしたんだ? その腕。」


 担任の教師も真也の怪我に気付いた様子だ。


「ちょっとへまやっちゃったんですよ。」


「……お前が怪我するなんて珍しい事もあるもんだな。」


 教師の言葉に負い目を感じているような表情になる瑞樹、やがて朝のチャイムが鳴った。


「起立!」


「礼!」


「おはようございます!」


 生徒達の挨拶により、一日の授業が始まる。



 その後、HRが終わり、1時限目の授業が始まった、担任とは違った坊主頭の男性の教師が教壇に立っている。


「それでは今日は、先週言った通りテストを配るとしよう。」


 クラス全員にテスト用紙が配られる。


「それでは、頑張れよみんな、用意……始め!」


 教師の合図と共に生徒全員がテストを裏返し、ペンを手に取る、その後ある生徒は余裕の表情で、ある生徒は苦渋の表情で頭を掻き、各々テストに挑んでいる。


「……」


 そんな中、同じくテストに挑む瑞樹、しかしその表情は血の気が引いており、身体も微かに震えていた。


(取らなきゃ……)


 やがて瑞樹は、震える手で机から小さな紙を取り出した。


(100点……取らなきゃ……)


 その小さな紙にはテストの答えと思わしき文字が書かれている、明らかにカンニングペーパーであった。


(100点取れば……お母さんは……)


 明らかに正気を失っているような歪んだ笑顔で紙に書かれている答えをテスト用紙に書く瑞樹、その時、紙を持つ瑞樹の手を別の手が捕らえた。


「高原、この紙はなんだ。」


「!!」


 カンニングペーパーを持つ瑞樹の腕を、鋭い目つきで教師が掴んでいた。

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