八十話 強化と報いと
夜明け前のハーゲンは涼しいものだ。
湿度が低くカラっとした気候のためだ。
これから灼熱の炎天下が迫ってくるのが嘘のようにすら感じる。
シトラスは初日に訪れた飯処で一人待っていた。
薄暗い店内。
申し訳程度に魔法灯が点灯している。
勇者権限で営業前のこの店を貸し切っていた。
シトラスがカウンターの椅子に腰かけて待ち人を待つ。
椅子に腰かけてからそう時間が経たないうちに、待ち人はやってきた。
赤褐色の髪と瞳をもつ壮年の男――剛勇の勇者
鍛え上げられて引き締まった体躯。
戦歴を物語る顔に深く刻まれた皺と傷。
剛勇の勇者は、
「わざわざ呼び出して何の用じゃ希望」
背を向けるシトラスに歩み寄った。
シトラスが振り返る。
振り返った視線には得も言われぬ力があった。
目を見張る剛勇の勇者。
「ぬッ。お主……?」
「――話しておこうと思って。まだ話し合える余地があるかもしれないから」
剛勇の勇者は眉を顰め、
「ワシとお主で何を話す? 逃げた流浪の民の炙り出し方か? 昨日はお主のせいで仕留め損ねたが、もはや流浪の民は虫の息。さっさと殺してラピスとの戦争に備えるという話なら聞いてやらんこともない」
「流浪の民とは分かり合えないの?」
シトラスの問い掛けに、剛勇の勇者は即答で、
「――ない。あ奴らはこの地に住まう亡霊。寄生虫みたいなものじゃ。殺すに限る」
迷うことなく言い切った。
シトラスは、剛勇の勇者の考えに一石を投じる。
「それって本当?」
「……何ぃ?」
「流浪の民が、実はジュネヴァシュタインの縁者かもしれなくても?」
目を見開く剛勇の勇者は、
「……ふむ。話せ」
さすがの勇者でもジュネヴァシュタインの名は無視できないのか、高まっていた気を落ち着ける。
ひとまず話を聞く気はありそうだとジェニパーの名前を伏せながら、又聞きという体でハーゲンの歴史を話す。
話を全部聞き終えると、
「その話は誠か? ……にわかには信じがたいのぅ」
剛勇の勇者は探るようにシトラスを見つめる。
「今さっきミュールがジュネヴァシュタインの人に連絡を取りにシュリヒテへと向かった」
「ふーむ……。それで? それでお主はワシにどうしろというのじゃ?」
「真偽が分かるまでは流浪の民を放っておいて欲しい」
「……お主、流浪の民と繋がっておるな。……勘違いするでない。これは何も責めているのではない。合点がいったというだけの話じゃ」
シトラスが剛勇の勇者へと探りを入れる。
「……だとしたら?」
剛勇の勇者は一つ息を吐いて、
「一つ条件がある。ワシに生き残った流浪の民の代表者と会わて欲しいのじゃ。もしも代表者がハーゲン様の縁者だと言うのであれば、ワシには縁がある」
遠い眼をして過去を思い出すように言葉を綴る。
「二十余年前、他でもない流浪の身であったワシを拾い、勇者まで押し上げてくれたのが今は亡きハーゲン様のご子息様よ。そのご子息もその息子殿も戦火から守れず、以来ワシは戦争の鬼となった」
「そう、だったんだ……」
「無論無理にとは言わん。話だけでも通してはくれんかのう?」
これまでの横暴な態度とは打って変わって殊勝な態度である。
「……明日の朝。同じ時間にこの場所で」
「誠かッ! いやはやありがたい」
剛勇の勇者は嬉しそうにその目を細めるのであった。
◆
その翌日のこと。
シトラスはジェニパーを伴って、再び飯処に訪れていた。
その腰には王道の剣。
シトラスが足を運んだ時、飯処の扉は既に開いていた。
既に中に誰かいるようだ。
扉の前でシトラスが問いかける。
「緊張してる?」
「正直緊張してるのッ」
ジェニパーは角ばったぎごちない笑顔を浮かべてそう答えた。
彼女はカチコチに緊張している様子。
それも無理もない。
彼女の言動次第で生き残ったハーゲンの民の今後の生活が懸かっているのだ。
ジェニパーはハーゲンの民以外とまともに話したことがなかった。
前日にシトラスから話を聞かされた時から『何を話そう』『どうやって話を聞いてもらおう』と一人でうんうんと頭を悩ませていた。
おかげで昨晩の睡眠は熟睡できたとは言い難かった。
自身の頬を両手で挟むように二回叩くと、
「大丈夫なの。私は行くのッ」
そう言ってジェニパーは室内へと足を踏み入れた。
相変わらず薄暗い夜明け前の室内。
カウンター席には鍛え上げられて引き締まった体躯。
赤褐色の後頭部が見える。
ジェニパーを先頭に二人は剛勇の勇者の下へ歩み寄る。
「お、おおおおはようございますなのッ!」
ジェニパーの声に反応して、剛勇の勇者が振り返った。
ジェニパーは振り返った剛勇の勇者の前で立ち止まった。
剛勇の勇者が嬉しそうに目を細めると、
「おぉ――お主が流浪の民の代表かの?」
ジェニパーはエッヘンと胸を張る。
「は、はいなの。わ、私がハーゲン・ジュネヴァシュタインが孫娘、ジェ、ジェニパー・ハーゲンと申しますの。父の代からジュネヴァシュタインではなく、祖父のハーゲンの名を家名としておりますの」
よく見るとその体は緊張からか震えていた。
「そうかそうか。うむうむ
満足そうに頷く剛勇の勇者は続けて、
「ワシは剛勇の勇者。二十余年に渡って実質的にハーゲンを治めておる者じゃ。お主たちには、苦労をかけたのう……」
「はいなの……あ、いえ。その、苦労はしましたの。で、でも、こうしてお分かりいただけたのであれば、私たちの忍耐が報われた気がして、気がして……う、うわああああん」
ジェニパーは話している最中に感極まって泣き出してしまった。
「こらこら、泣くでない。お主が泣くにはまだ早い。して、その血筋を証明するものはお持ちか? ことのあらましはそこの希望から聞いておるが、それはお主がジュネヴァシュタインの縁者であることが証明されてこそだ」
剛勇の勇者はしみじみと言葉を続けて、
「ワシもジュネヴァシュタイン家とは馴染みが深い。ポトム王国で唯一の竜を
「も、もぢろんでずの……ぐすッ」
そう言って胸元からネックレスとしてぶら下げていた印章を取り出した。
ジェニパーから印章を受け取ると、
「おぉ! おぉ! この精巧な竜の紋様。そしてハーゲン様の刻印。これはまさしく……!」
隅々まで見回すと、無骨な手でその撫でまわした。
ジェニパーは首元から伸びるネックレスを嬉しそうに撫でまわす剛勇の勇者を見て、
「はいッ、はいッ……!」
涙ぐみながら嬉しそうに何度も頷いた。
「うむ。竜の印章に、ジュネヴァシュタイン家に多く見られる青の髪と瞳。お主はハーゲン様の縁者に間違いない」
その言葉に喜色の表情を浮かべたジェニパーは、
「それじゃあ……!」
嬉しそうに体を揺らす。
「――うむ、ここでお主は死ぬがよい」
剛勇の勇者は手にしていた竜の印章を握りつぶした。
剛勇の勇者はすっと立ち上がった。
その腰の得物がジェニパーの首目掛けて、最短距離で走る。
「えッ?」
後ろに立っていたシトラスがジェニパーの首根っこを掴んで後ろに引っ張る。
彼女の首にかかっていたネックレスが千切れて宙に舞う。
間一髪でその凶刃が免れた。
尻餅をついて倒れ込んだジェニパーは状況が理解できていないようで、ぽかんと剛勇の勇者を見上げる。
「なんのつもりだ……なんのつもりだッ!!」
シトラスが吠えた。
「案内ごくろうじゃ。言ったでおろう。彼女はまさしくハーゲンの血筋。ならばここで殺しておかねばのう」
「……全部嘘だったのか……縁があるって言ったのも。ハーゲンの息子に拾って貰ったっていう話もッ!」
「いいや、嘘ではないぞ。なにせ――」
剛勇の勇者が嗤った。
「――ハーゲンの息子どもを殺したのはワシじゃからのう」
「なん、だと……?」
剛勇の勇者は先に障害となるシトラスを始末することにした。
唖然とするシトラスに腰の入った一撃を放つ。
その勢いに負けて、シトラスの体は屋外へと弾き飛ばされた。
追い打ちをかけるをかけるように、剛勇の勇者も屋外へと飛び出てきた。
そのまま剣を振りかぶる剛勇の勇者とシトラスの剣が交わる。
「ワシがこの都市に来た時、ここは老ハーゲンの考えに毒されておった。敵国と面した都市で争わない誇り? 反吐が出るのう。二十余年前、ワシがどんなに敵を殺そうと老ハーゲンはワシを評価しなかった。それどころかその息子たちにワシを重用しないように言う始末」
鍔迫り合いが続く。
遅れて室内からよろよろとした足取りでジェニパーが姿を見せた。
「さすがのワシも老ハーゲンには手出しができんだった。しかし、ヤツは死んだ。後は簡単だったのう。政争に見せかけ、老ハーゲンの思想に染まった息子どもを殺し、その孫は魔物の餌にした。唯一の誤算であったのは、孫の子を――あ奴の母を逃したことであった」
シトラスは次第に押し切られ、ついには左膝を地面へとつく。
剛勇の勇者が獰猛に嗤った。
「ワシは逆らう者を全て殺し、血に飢えた者たちを王国中よりこの地に集めた。戦争こそ人の本能であり、暴力こそ正義なのじゃ。どんなに取り繕ってもその事実は変えられん」
シトラスは力を振り絞って立ち上がると、蹴りを入れて距離を取った。
「争わないのが誇り? それは争えない臆病にただ名前を与えただけに過ぎん」
剛勇の勇者は再び距離を詰める。
繰り出される重く鋭い斬撃。
「二十年にも渡ってこの地を守ったのは何じゃ? 血か? 歴史か? ――否、暴力じゃッ!」
シトラスは下がりつつ何とか斬撃を耐え忍ぶ。
「守りたいものがあるなら戦えッ!
「それはお前の理屈だろッ!」
シトラスの返す刃は躱される。
攻め立てる苛烈さ、引くときには引く身のこなし。
そこには確固たる経験が存在した。
再びシトラスを攻め立てる剛勇の勇者は、
「そうだこれがワシの理屈じゃ! そしてこの理屈が戦争を制して来たのじゃ!」
「そのために何人の無実の人を犠牲にしたと思っているんだ!」
「戦争に犠牲はつきものぞッ! 人がこの世界にいる限り戦争はなくなりはせんッ!」
剛勇の勇者は嗤った。
「老ハーゲンのやり方では町は守れても国は守れんッ! 勇者とは国に、王にとっての勇者ぞッ!」
唾を飛ばして叫ぶ剛勇の勇者を、
「一緒にするなああああああ!!」
これまでで一番の絶叫と共に跳ね返した。
「ぬっ……」
剛勇の勇者は眉を顰めた。
そこに反撃とばかりにシトラスが攻め立てる。
「お前こそただ対話を諦めただけじゃないのかッ!」
「何を小童がッ!」
「暴力という分かりやすい装置にただ逃げただけじゃないのかッ! ハーゲンではなく、お前はやれるだけのことはやったのかッ!」
「世間を知らないワッパが調子に乗りおって……<
鍔迫り合いしていた剛勇の勇者の剣が火炎を纏う。
その熱に反射的に反応したシトラスは致命的隙を作った。
剛勇の勇者は歪んで笑みを浮かべながら勝利を確信した。
「――とったぞッ!」
一陣の雷がその確信を切り裂いた。
剛勇の勇者は、咄嗟に後ろに下がった。
「ぬッ。何奴!?」
視線の先にいたのは馬に跨った三人の人物。
三人が三人ローブを纏っており、深く被ったフードでその顔が見えない。
先頭の人物が剛勇の勇者に手を翳している。
その人物が雷魔法を放ったのは想像に難くない。
先頭の人物がフードを取る。
「間一髪、ってやつか?」
それはシトラスが良く顔であった。
続けて、その後ろにいた者もフードを取り、
「やあ希望。取り込み中のようだね」
ミュールとエステルは馬から降りたった。
「ミュール! それにエステルも! でもどうして?」
ミュールがその問いに答える。
「いやちょうど向こう側からやってきてさ」
「向こう側から……?」
最後にフードを取って現れたのは、
「ボルス・ジュネヴァシュタイン」
筋肉隆々の青髪碧眼の偉丈夫。
ボルスには既に一流の戦士として風格が彼にはあった。
ボルスは馬を前に動かすと。
「剛勇の勇者。話を聞きに来た。事と次第では勇者とて容赦はないものとしれ」
馬上から剛勇の勇者を睥睨した。
剛勇の勇者はその視線に一筋の汗を流すと、
「ぐぬッ、お前たちッ! その女を殺せッ!」
その声に反応して物陰から飛び出してくるハーゲンの戦士たち。
彼女を消してしまえば、あとは勇者という権力で全ては闇へと葬られる。
「みんな! 彼女を守ってッ! 彼女がこの都市の全ての鍵なんだッ!」
その声に反応するより早く、ミュールとエステルは駆け出していた。
恐怖から固まって動けないジェニパーに迫る敵へ、
「<
「<
足を止めないで、それぞれの得意魔法を速射する。
「ひっ!」
ジェニパーは恐怖から目を瞑った。
しかし、何人も彼女を害することはできなかった。
その目が再び開いた時、そこには二人が対になるように立っていた。
シトラスが胸をなでおろした。
七席級の実力者二人である。
護衛としては十分にもほどがあった。
ミュールが、
「シトこっちは俺とエステルに任せろッ!」
親指を立てた。
それにシトラスも笑顔で親指を立て返す。
剛勇の勇者は歯ぎしりをすると、
「調子に乗るなよ……! すべて消してしまえばいいことじゃ。
シトラスへと駆け出した。
それを正面から受け取めるシトラスは、もう後ろには下がらない。
「ぬッ!」
「誓約魔法の
誓約魔法はその覚悟に応じて力が増すという話。
その反面で、覚悟に迷いが生じればその力は弱まるという。
「そして、成した実績に応じて力は増す! ぼくの誓いは人に仇なす者を倒すこと。剛勇の勇者。お前は勇者じゃないッ! ただの戦争屋だッ!」
「ハッ、小童。ワシがこれまでどれほど戦争に、殺しの誓約をなしたと思っておる! 強化の仕組みがわかったとてその程度の強化でワシを倒そうなど片腹痛いわッ! 仮に誓約魔法で並んだとて儂には<無双の怪力>のギフトがあることを忘れはおるまいかッ!」
剛勇の勇者は狂気の笑顔を振りまく。
その目は正気ではなかったった。
剛勇の勇者から放出される膨大な魔力で大地がめくれ上がる。
その体が一回り大きくなった。
それに待ったをかけたのはボルスであった。
ボルスは、
「剛勇の勇者」
その肉体に見劣りしない大剣で襲い掛かった。
「ぐっ、ジュネヴァシュタインの子倅ッ!」
飛び掛かってきたボルスを剛勇の勇者は真っ向から迎え打った。
力と力の衝突。
二人の剣が重なる度に衝撃波が生まれる。
剣を交差すること幾度。
何度目かの交差で鍔迫り合いとなった際に、ボルスが不敵に微笑む。
「剛勇の勇者。お前がやってきたのは戦争ではない――ただの弱い者いじめだ」
「なん、じゃと……?」
眉を顰める剛勇の勇者にボルスは、
「わからないのか? 俺が今ここにいる理由が」
すべてを見透かしたかのようにせせら笑った。
「ま、まさか……」
「ハーゲン翁は亡くなる前に、貴様のことを初代当主に言付けていた。信用のならない者がいるとな――この裏切者が」
「ハアァァーゲンンンンンン!!」
ボルスの言葉に剛勇の勇者の力が急に弱まる。
鍔迫り合いに押し負けて、剛勇の勇者が初めて膝をついた。
ミュールがそう言葉を漏らすと、
「何が起きているんだ……?」
エステルが襲い掛かる戦士をいなしながら、
「無敵に思える王家の誓約魔法にも二つの欠点がある。
一つは誓約を裏切ってはならない。
そして、もう一つが王家を裏切ってはならない」
震える声でジェニパーがエステルの説明を補う。
「ご、剛勇の勇者はきっと誓約を捻じ曲げていたの。私のお父さまやお母さま、お爺さまを害したとき、これも王家のためだって。で、でもそれが今ボルス様によって誤りであったことを指摘されたの。ただの剛勇の勇者の私益だったって」
もしも誓約者が本気で思い込んだら、周りがどう言われようが誓約魔法は切れない。
しかし、剛勇の勇者も経験豊富な大人。
立場ある他人から正式に指摘され、過去の行いがついに正当化できなくなった。
――自分に嘘を騙し続けることができなくなったのである。
自身の不正を認めてしまったのだ。
――それは誓約違反である。
誓約の違反には死ぬより怖ろしい罰が待ち受けている。
過去に名を馳せた英雄がその報いに
勇者とて例外ではない。
剛勇の勇者が苦悶の絶叫を上げる。
その体という体から煙が煙が立ち込める。
それは得も言われぬ異臭をあたりにもたらした。
剛勇の勇者は手を天へと伸ばし、
「も、もう少しじゃ。もう少しなのじゃ。ち、血沸き……肉躍る……こ、混沌の世界、まで……」
煙とともに見る見る間にその体が枯れていく。
シトラスの魔眼では、彼の魔力そのものが発散していく様がありありと視えた。
その体の変化も著しかった。
髪が抜け落ち、目は落ちくぼみ、歯がボロボロと抜けていく。
体中から穴という穴からは沸騰した様な黒い血が、煙を上げて溢れ出す。
その体が文字通り小さくなっていく。
ボルスは、
「さて、出しゃばって悪かったな希望の勇者――幕引きだ」
そう言ってその身を翻す。
シトラスが代わりに苦しむ剛勇の勇者の前に進み出る
シトラスには二つの選択肢があった。
このまま剛勇の勇者が息絶えるを待つか。
その手で剛勇の勇者の生に幕を引くのか。
勇者となってこれまでの戦いを振り返った。
地下世界の魔物に始まり、地上の魔物、王国南部での狂化した個体との戦闘。
フロス公国との紛争に、智勇の勇者との決別。
いつだってその陰には守りたいものがあった。
「人に仇なす者をぼくは倒す――ぼくが守る人とは罪のない人々だ。人種も国も問わない。その善良なる人の生活を脅かす者。彼らを討つ勇者にぼくはなる!」
選んだのは後者であった。
迷いを断ち切るように、シトラスは手にもった剣を横に薙ぐ
シトラスはその全身に力が
実にあっけなく、剛勇の勇者の首は宙を舞った。
その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
剛勇の勇者の首が落ちるのを見ていたハーゲンの戦士たちは一人、また一人と手にした武器を手放すのであった。
◇
ハーゲンのその後。
ボルスはジュネヴァシュタインの名代として、ジェニパーを正式に認知。
ジュネヴァシュタイン家の家名を名乗ることを認可するほか、代官の地位を与えた。
ジュネヴァシュタインの家名の使用を震えながら辞退したジェニパーに、ボルスはハーゲン家を正式に分家として認めるように働きかけた。
ジェニパーの主導の下、ハーゲンは生まれ変わろうとしていた。
ジュネヴァシュタイン家に認められたからと言って、この先も楽な道のりではない。
ジェニパーには知識も経験も足りなければ、それを補う家臣もいない。
いつ第二の剛勇の勇者がハーゲンに出るとも限らない。
ハーゲンの戦士たちは、倫理のない者から放逐。
あっという間に半数以上の戦士が後方送りにされた。
その解消にボルス一役買って出た。
彼は連れてきて供回りと共に当分駐屯するという。
また、積極的に人材登用の手助けもした。
ジュネヴァシュタインの次期当主である。
その影響力は凄まじい。
それから十日としないうちに、人や物が集まる集まる。
ジェニパーもそんな協力的なボルスにはすっかり懐いた。
同じ青髪碧眼の二人は、並んでいると親子にも兄妹にも若夫婦にも見えた。
それを近くで見ていたシトラスが、
「ボルスは優しいんだね」
これにボルスは、
「…………
そっぽを向いてそう言った。
シトラスとエステルもこれには言葉を失った。
ミュールにいたっては噴き出す一歩手前だった。
ボルスは硬派な見かけに反して人情派のようだ。
学生時代、シトラスたちがボルスに抱いていた硬派で堅物なイメージが音を立てて崩れ落ちた瞬間であった。
人というのは案外こういうものなのかもしれない。
自分の経験から他人の性格に判断を下す。
――過去にこういう人とであったことがある。
――だから、この人ああいう人だ。
時が経つにつれて、それは事実誤認を孕んだまま、いつしか常識として定着する。
シトラスはボルスとも仲良くなれそうだ、そう思った。
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