七十一話 準決勝と暴走と


 魔闘会の裏行事として開催された、読んで字のごとく裏魔闘会。

 表と同様に三十二人の選ばれし戦士が鎬を削り合う。

 表と違うのは種族に寄る差別をうけないということ。


 記念すべき一回目となる大会で、人族からの出場者はシトラスたち勇者部だけであった。


 来賓席に座るのは、シトラスが招待した大会の後援者たち。

 後援者であると同時に、彼女たち自身が一癖も二癖もある実力者。

 そんな彼女たちが仮設ステージで戦う生徒たちを見定める。


『勝者ぁぁぁ、メアリィィィイイイ!!』

 実況が会場を一段と盛り上げる。

 その席に座るのは、いつかどこかで見たことがあるアフロヘアの男。

 良く通る声と活舌の良さで、観客席にエンターテインメントを提供していた。


 メアリーの勝利でもって、勇者部の四人は全員が一回戦突破となった。

 このイベントを開くきっかけになった、魔人の血を引くオニキスも難なく一回戦を勝ち上がっていた。


 その後の三回戦も無事に勝ち上がる。


 その三回戦では、オニキスとブルーが衝突。

 激しい攻防の末に、最後にステージに立っていたのは――オニキスであった。


 勝ち抜いた先の準決勝に残ったのは、勇者部の三人とオニキス。


 先にステージに立ったのは、シトラスとオニキス。

 本大会で最後に残った亜人ということもあって、会場の応援はオニキスに傾いていた。

 試合前から熱気と声援が会場を包んでいる。

 賑やかさでいうと規模で負けている魔闘会にも引けを取らない。

 観客席の生徒たちは喉を枯らし、体を揺らして試合を楽しんでいた。


「オニキス、いよいよだね。でも――ぼくが勝つよ」

「シトラス。貴方には感謝している。この場を作ってくれて――でも、勝つのはボクだ」


 握手を交わす二人。

 握りしめた互いの手に力が入る。


 どちらからともなく、背を向ける。

 これ以上のは言葉は要らない。

 刃が鈍ってしまうから。

 あとは実力で語るのみ。


 離れた場所で、振り返ると互いに向き直る。

 主審を務めるアイリーンから、試合前の恒例の諸注意があった。

 その間も、相手からは目を逸らさない。


「――それでは、準決勝第一試合。はじめッ!」


 その言葉が合図であった。


 シトラスは腰に帯びた剣を抜いた。

 刃引きされた刃が陽の光で鈍く光る。


 魔法で強化した足で恐れずに相手の懐へと飛び込む。


 それが準決勝までの必勝パターンであった。

 多くの生徒が未知の相手を攻めあぐねる中、シトラスはその一歩を恐れなかった。


 短い息を吐き出して、右から横薙ぎに剣を振るう。


 オニキスは二刀使いであった。

 腰に差した短めの双肩を抜く。

 右手に持つ剣は白。左手に持つ剣は黒。

 それはまるでオニキス自身を反映しているようであった。


 左手に持った黒剣を逆手に持ちかえる。

 シトラスの横薙ぎを黒剣で防ぐ。

 剣を通じて、二人の魔力がぶつかりあう。

 目の良いものには、魔力の火花が飛び散っているのが見えていることだろう。


 一刀流と二刀流が相対する時。

 もしも、二刀流がその一刀で相手の一刀流の攻撃を制御できるのなら。

 その二刀流は一刀流に対して優位に立つことを可能にする。


 右手に持った白剣で、今度はアドニスから横薙ぎを見舞う。

 それを足を踏ん張り、後方へ跳ぶようにそれを避ける。

 

 だが、まだ終わりではない。

 オニキスもまた跳ぶように爆ぜた。


 二人の剣戟は舞のように激しさを増す。


 優勢なのは――オニキスであった。


 刃引きされているとは言え、岩を砕くほどの威力。

 切っ先に当たれば肌は切れ、まともに喰らえば骨も折れる。


 時間と共にシトラスの纏う制服は裂かれ、肌には赤い線が浮かぶ。


「貴方は強い。ここまで強化魔法を使いこなしている上級生もそうはいない。努力したんだろう。研鑽を積んだのだろう。でも――」


 シトラスは致命傷を避けるので精いっぱいである。

 歯を食いしばって、双剣の剣戟を迎え撃つ。

 剣戟を凌ぐ度に一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。

 立ち位置を変える余裕もない。


「――その強さは常識の範囲だ」


 オニキスは双剣を交差させた鋭い一撃を見舞う。

 シトラスはこれをなんとか防ぐが、ステージの端が視界の端にチラついた。

 いつの間にか、ステージの隅まで追いつめられていた。


 荒くなった息と共に、頬を一筋の珠の汗が伝う。


「オニキス。君は意外とおしゃべりなんだね」


 オニキスは優しく微笑むと、

「これはほんのお礼ですよ。親切の利息に、ボクの本気をほんの少しだけ見せてあげます」


 オニキスの纏う雰囲気が変わる。

 ここまで鋭い連撃で追い込むも、そこには思い・・がなかった。

 ただ、シトラスに対抗するように剣技と魔力という技術で戦った。


 そこに明確な殺意おもいが宿る。


 再び優しく微笑む。

「――耐えて、下さいね?」


 魔力視の魔眼の視る世界。

 白と黒の相反する魔力が拮抗するように共存していた。

 それはまるで翼のようにアドニスの背を彩る。

 その両手に持った双剣を黒と白の魔力が覆う。


 頬を伝った珠が顎先に捕まり損ねて、地面と滴り落ちた。


 奔流する白と黒の世界。


 その景色を最後にシトラスの意識は闇へと落ちた。



 



 準決勝第一試合を終えたステージ上。


 準決勝第二試合。

 そこに立つのはミュールとメアリー。


 人族同士の戦い。

 ここまでくれば詰めかけた亜人の観客たちは、純粋に勝ち上がった戦士たちを応援する。


「いつかお前とは決着はつけたいと思っていたんだメアリー。今日はお遊びはなしだ」

「好きにしたら」


 バチバチに火花を飛ばすミュールであったが、メアリーの返す言葉は淡白であった。


 彼女は何も気にしない。

 ただ立ち塞がる者を切り伏せるだけ。

 ただ、薄っすらとその口角が上がっていたのは、この先の激闘を予感してか。


『紳士淑女の皆さん!! お待たせしました。泣いても笑っても残り二試合。準決勝第一試合は東の同郷対決。雷魔法の名手、ミュール・チャン。学園が誇る最強、七席の一人、"狂犬"メアリー・シュウ! 二人は同郷どころか幼馴染ということです。さぁ、今回は男女どちらの幼馴染に軍配が上がるのか。向かい合い、審判を務めるアイリーン先生のもと――始まりましたッ!』


 アイリーンが開始の号令を告げる。

 先手を取ったのはミュールであった。


 <双雷掌サンダーショックス


 その両の掌から雷を射出する。

 闇・火・水・風・雷・土・光の七曜の中でも光に次いで、速射に優れた雷属性。

 ミュールの掌から放たれたそれは、直撃すれば麻痺で終われば御の字の申し分のない威力。


 しかし、それは届かない。


「雷を切るとか相変わらず無茶苦茶しやがってッ。雷切の安売りかよ」


 かつて雷を切ったと言われる名刀――雷切。

 それをただの剣。刃引きされた剣で再現する。


 悪態をつくミュールの視線の先、メアリーは得物を振り下ろしていた。

 振るった刃が見えない太刀筋。剣の速度、威力、そして魔法を切る異常性。

 彼女は間違いなく七席であった。


 ミュールは、腰に差した刃引きされた得物を抜くと、メアリーに向かって駆け出した。

 

 強化魔法を駆使して距離を詰めるミュールに、観客席から戸惑いの声があがる。

 メアリーはその剣の腕で、近接戦において無敵を誇っていた。

 その彼女の領域に自ら踏み込むその姿は、自棄になったようにも思えた。


 ミュールの動きに呼応するようにメアリーも駆け出した。


 ステージの中央でぶつかり合う二人。


 横薙ぎに繰り出されたメアリーの一撃。

 ミュールはそれを両手で握りしめた剣を振り下ろして迎え撃つ。


 ミュールの刃は、まるで泥細工のように断ち切られる。

 魔力を流して強化していたにもかかわらず。


 ミュールは上体を逸らすことで、刃を切り裂いた刃を寸でのところで躱す。

 彼女の刃がミュールの瞳の数センチ前を横切った。


 ミュールは刃が切り裂かれや否や、剣を握りしめていた手のうち、右手を素早く手放した。


 二人の世界がスローモーションに感じる。


 切り裂かれた刀身が宙を舞う。


 剣を振りぬいた姿勢のメアリーであったがその視線は、上体を逸らして回避したミュールを捉えて離さない。

 目の前の男おさななじみがここで終わるような戦士ではないことを、彼女はよく知っていた。


 ミュールの右手が巧妙に銃の形をとるのが見えた。

 それは力負けで右手を柄から離したかのように。


 さも相手の攻撃で不利な状況に陥ったと見せかけて、次の反撃の布石を打つ。

 ミュールの常套手段であった。

 

 ――雷弾サンダーバレット


 メアリーはその指先に集中した。

 彼女に切れないものは無い。

 雷弾は単純に雷属性の魔法を圧縮して放出するというもの。

 軌道さえわかれば、切ることも躱すことも彼女にとっては難しいことではない。


 その魔法の軌道を読みにかかる。

 その視線は、ミュールの右手を捉えていた――彼が思った通りに。


 ミュールはにやりと笑った。


「<照明ライト>」


 それは魔力を発散させるという基礎魔法。

 特に雷属性持ちの"照明"は、刺すような光の輝きが特徴的である。


 光がメアリーの世界しかいを奪った。


 視界を奪った彼女の鳩尾に向かって、ミュールは躊躇わずに残った刀身をぶっ刺した。

 刃引きされているとはいえ、刀身の大半を失っているとはいえ、並みの人間なら死んでもおかしくない一撃。


 吹き飛ぶメアリーの体。

 ミュールの手に残ったのは、固いゴムまりを突いたような感触が残った。


 これで終わりではない。

 ミュールは後退したメアリーに再び肉薄した。


「まだだ。<雷獣の牙掌ライガー・ファング>」


 ミュールが雷魔法を腕に纏う。

 魔法の付与により爆発的な力を得た両手で、よろめいたメアリーを殴打する。

 強く素早く繰り出される連撃にメアリーの体が揺らぐ。

 最後に力強く殴り上げると、鈍い音と共にメアリーの体が宙へ浮かぶ。


 無防備となった彼女の腹部に、

 「まだまだだッ。<雷掌サンダーショック>ッ」

 今度こそ雷魔法がその華奢な体を貫いた。


 それでもまだ止まらない。

「もう一撃ッ! <双雷掌サンダーショックス>ッ!」

 追い打ちをかけるように、更に高火力の雷魔法が彼女の顔面と腹部を貫いた。


 観客席は、その過剰攻撃とも言える光景に言葉を呑む。

 これが幼馴染同士の戦いかと。

 物理的な闘争社会の獣人族の基準においても、なお苛烈な攻撃であった。


 宙へ打ち上げられたメアリーが地に落ちる。

 

 しかし、地に降りたメアリーは膝はつかなかった。

 踏みとどまるように、上半身をだらんと折り曲げて俯く。

 ぷすぷすと音を立てる彼女の顔と腹部からは、うっすらと煙が上がっている。


「アイリーン先生ここまでにしてくれませんか?」

「それは彼女に言ってくれる?」

 ミュールの提案を主審のアイリーンはすげなく断る。


 会場中の視線の先。

 メアリーは止まっていた――止まっているように見えた。


 再度ミュールは言う。

「……アイリーン先生、だから・・・これまでにしてくれませんか?」

「あなたの降参でいいのなら」


 ――クヒッ。

 笑い声が聞こえた気がした。


 再び顔を上げたメアリーの顔には、

「クヒ、ひひ、ヒヒヒヒ――」

 狂気の笑みが浮かんでいた。

 

 その濁った瞳は何も映さない。何も語らない。


 それはただ狂ったように、嬉しそうに、壊れたように笑う。

「――ヒヒヒヒ、ヒヒハハハハハハハハッ! 八ッ! ハッ! ハッ! ハ……ァァア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」

 そして、それは雄叫びのような悲鳴に変わった。


 突然のメアリーの変貌に、観客席からは戸惑いの声が漏れる。

 もし三年前の魔闘会を見たものが、この場にいたなら言っただろう。

 ――血の怪物が再びやって来た、と。

 当時、二人で組めば七席にも届くと言われた実力者コンビを、たった一人で打ち倒したあの怪物が。


 ミュールの額を汗が伝う。

「おーけー。ここからが第二ラウンドってことだな」


 メアリーが消えた。


 消えたように感じるほどの加速であった。

 静から動への爆発的加速。


 ステージ上に血しぶきが上がった。


 ミュールが目を見開く。

「メアリー……おま、え……」


 ドサリと音を立てて膝をつく。

 赤い血がステージ上に広がっていく。

 痛みにその顔には汗の粒が浮かぶ。

 うまく言葉が吐き出せない。

 その代わりに口からひどく耳障りな音が漏れる。


 ステージ上の惨劇。

 遅れて観客席から悲鳴が上がった。


「何してんだメアリーィィィィッ!!」


 ミュールが吠えた。

 その視線の先で審判を務めていたアイリーンが、前のめりにステージ上に倒れ伏した。

 倒れ伏す彼女の前には、血が滴る剣を手にしたメアリーがいた。


 メアリーは声に反応して、ミュールへ振り返る。

 その視線の先で彼女は、満足そうに笑ってその剣についた血を舐め上げた。


 ミュールが歯軋りするほどに、その歯を食いしばった。


 メアリーの後ろから声が聞こえた。

「――君ちょっとやりすぎだよ」


 目で見るより先に剣を振るう。

 メアリーの振るった剣は、子どもほどの小さな腕に止められる。

 鉄を切り裂く刃。それがか細い小さな腕を断ち切ることができない。


 そこにいたのは学園長であるネクタルであった。

 つい先ほどまで来賓席にいたが、教員の危機にステージへと降り立っていた。


 ネクタルがアイリーンに触れると一瞬にして、その姿がステージ上から消える。

「医務室へ送ったからアイリーン先生は大丈夫だろう……あとは君だね。メアリー」


 メアリーの剣を持つ手がブレる。


 魔力同士のぶつかる音が響いた。

 目の良いものでなくても、魔力の衝突によって生まれた光が見えた。


 再び彼女の剣をもつ手がブレた。

 

 またしても生まれる光と衝撃波。


 それが繰り返される。

 その感覚が次第に短くなる。


 彼女の右手は、もはや選ばれた者しか目で追うことがないほどだ。

 ネクタルはその小さな左の細腕一本で全てを受け止める。


 微笑むネクタル

「気は済んだ?」 

 ――その目は笑っていない。


 ゆっくりと小さな拳を突き出す。

 その速度はメアリーの剣の鋭さとは雲泥の差。

 武術の心得がない者でも目で追える。

 緩慢に突き出した拳。


 メアリーはその小さな拳に刃をたてる――


 剣が小枝のようにポキリと折れる。

 そこに一切の抵抗はなく。


 ――ことができなかった。


 折れた剣身はメアリーの顔の横を通り抜ける。

 メアリーの剣戟に匹敵する速さで。


 その頬と耳輪に、一筋の赤い線が引かれた。


 ネクタルが再び微笑んだ。

 ――身の程を弁えろと。


「学園長ッ!」

 ネクタルの後ろで二人を見守っていたネクタルが叫んだ。


 メアリーが折れた剣を握りしめ、ネクタルへと肉薄していた。

 そこに恐れはなかった。怖れるものなどなかった。

 その顔には、ただ満面の笑み。


 折られて半分になった剣を振るう。


 ネクタルは狼狽えることなく、再びその小さな腕で迎え撃つ。

 

 三度、光と衝撃波生まれる。

 しかし、今度はメアリーは引き下がらなかった。


 ネクタルの細腕と交差した剣が震える。

 反発する力を無理やり押さえつけている。

 剣を握った右手に、左手を添える。

 次第に強くなる反動を力づくで抑え込む。


 反してネクタルは涼しい顔で、

「諦めの悪い生徒は嫌いじゃないよ」

 

 ネクタルが反撃のために右手を持ち上げる。


「――でも、行儀の悪い生徒にはお仕置きが必要だね」

 

 そう言って、右手でデコピンの形を作る。

 拮抗する左腕の下から、右手のデコピンをメアリーの突き出した剣にぶつける。


 たったそれだけで、メアリーの剣の残った剣身の半身は砕け散った。

 剣を握っていたその両手は、デコピンによって跳ね上げられた。


 その両手は小さく震えている。

 衝撃に痺れているようであった。

 その手を握ろうとするが、僅かに内に動くばかりで拳を作ることもできない。


「はい。おしまい」


 ネクタルが自由になった左手をメアリーに向ける。

 それだけで、メアリーは身動きがとらなくなった。

 体を硬直させて倒れ込む。


 それは魔力のおり

 ステージの上での魔法が、間違っても観客席へ届かないようにする魔法障壁。

 それを反転、縮小させることで魔力で動くものを閉じ込める檻としていた。


 地に伏せてなお、声にならない獣のような唸り声をあげている。

 その戦意は衰えることを知らない。


「いったいシトラスはどうやって彼女を手懐けているんだ……?」


 二つ名通りの狂犬ぶりに苦笑いを零す。


 噂のシトラスはというと先の試合の影響で医務室にいた。

 最後に見せたオニキスの本気の攻撃は、それだけの威力があった。


 左手をメアリーへ翳したまま、 

「――これで終わり<夢への誘いフォーリン・ドリーム>」

 別の魔法を行使する。


 翳した左手から魔力で生み出された音が飛ぶ。

 それは歌のような、唄のような不思議な音楽。

 耳ではなく。体に響く音。


 ぎらついていたその目が次第に重くなる。

 瞬きの回数が増える。その時間も比例して。


 歯を剥いて抗うメアリーであったが、その抵抗も次第に緩慢なものになる。


 ――そして、遂にその首が地面に触れた。 


 ついに静まり返った仮設闘技場。


 ミュールが大きく息を吐いた。

「おわ、った……?」


 その言葉にミュールが振り返り、

「そうだね。どうする? 少し休んだら決勝戦にしようか」


 まるで何もなかったのような気安さでそう言った。

 

 観客の生徒たちは戸惑いを隠せない。

 ざわめきとおののきが、観客席を支配していた。


 ネクタルの提案にミュールは少し考える素振りを見せ、

「……いや、俺は棄権します。この後味の悪いまま決勝戦っていうの、ちょっと違うかなって。何もできなかったですし。あの連撃を耐えられた時点で、俺の勝ちはなくなったようなものです」


 ミュールは、メアリーの視界を奪った連撃で試合を決めるつもりでいた。

 しかし、仕留めきれなかった。その結果が招いた惨状である。

 決勝を勝つ自信がないわけではない。

 ただ、この状態で勝っても喜べない。

 魔闘会に優勝する事より、幼馴染と決着をつけることに意味があった。


 ミュールの決断に、ふーん、と相槌を打つと、

「それが君の決断なら僕は尊重するよ。なら優勝はオニキスのものだね。決勝戦がないのは少し締まりが悪いけど、アイリーン先生もいない以上、ちょうど良かったのかもしれないね」


 ミュールが慌てて、アイリーンについて尋ねると、

「――大丈夫だよ。一命は取り留めたよ。今は医務室で安静にしている。すぐに復帰できるよ」

 

 ネクタルは、あー、疲れたとその小さな体で大きく伸びをする。


 なんとも締まらない終わりであったが、こうして第一回裏魔闘会は幕を閉じたのであった。

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