五十二話 帰郷と赤紙と


 ポトム王国東部に流れる王国を分断する大河、マグヌス。

 晴天時にはその水面の透明度は高さから、甲板から船と並走する魚の影が視認できる。

 川の付近の町や村では、漁業が盛んにおこなわれていた。

 マグヌス川での一年の漁獲量は、王国国内の漁獲量の三分の一に相当する。


 川は多種多様な生態系の生物が生息しており、一部では恵みの川として。

 その反面、雨期になると牙を向き、一切合切を奪い去る。そこに慈悲はない。


 天は気まぐれに与え、気まぐれに奪う。


 時々の王が、国策として治水を行うが、完遂できた試しがなく、数多の犠牲者を出して、最終的にはいずれも頓挫に終わった。


 それ故に、古来かマグヌスには神が住まうと言われ、信仰を受け続けていた。



 マグヌス川を渡るコメルシャンテ商会の船上。


 シトラスは、渡河を手助けしてくれた商人のギルビーズと甲板にいた。

 シトラスの両脇には、ここが定位置と言わんばかりに、二人の美少女。

 幼馴染のメアリーと猫人族のブルーで、両手に花である。


 ちなみに、この一連の逃走劇から愛馬になったウオックは、商人たちの馬と共に、船内の貨物室。

 余談であるが、商人たちの馬は、突如現れた馬並み外れた馬格を持つ黒馬のウオックに恐れをなして、委縮していた。


 甲板の日陰でシトラスは、ギルビーズが昔ロックアイス領での見習いをしていた頃の話を聞いていた。

「――へー、じゃあぼくたちは、ロックアイスで出会ったことがあるかもしれないね」

 シトラスの言葉に、ギルビーズは苦笑いを浮かべ、

「かもな。まあ、十年近く前の話だから、あんまり覚えてないんだけどな。あの頃は駆け出しも駆け出しで、覚えることだらけだったからな」


 一度言葉を区切り、遠い目をして過去に思いを馳せる。


 その後、ギルビーズは、

「その後は、フィンラディアと王都の地下世界エッタで修行して、去年やっと師匠たちから一人前って認められて"馬持ち"になれたんだ」

 誇らしそうに、はにかみながら鼻の下を擦る。


「すごいねッ! ぼくと同じ年で商人として独立するなんて」


 シトラスからの真っ直ぐな称賛の目が恥ずかしかったのか、

「恩返しをするいい機会だ。……ただ、この戦争が落ち着いたら、ご贔屓のほどよろしく頼むぜ?」 

 最後は茶化すギルビーズに、

「もちろんッ!」

 笑顔を返すシトラスであった。


 ギルビーズも釣られて笑顔を見せるが、そこから一転して真面目な表情を作ると、

「……だが、正直東の状況はよくない。ぬか喜びはさせたくないし、危機感を持って欲しいから包み隠さず言うけど、東の国境はもう完全に破られている。進軍中の挟撃を恐れたのか、国境を破ったチーブス王国は、東部の心臓であるフィンランディアに向かわず、その進路を北に向けたらしい。これも数日前の情報だから、それも今どうなっているのかはわからない」

 目を伏せて、心苦しそうにそう告げた。


 その情報が確かだとすると、シトラスの両親が治めるロックアイス領に、危機が迫っているということである。


 両の拳を静かに握りしめて、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「父上と母上のことだ。セバスもいる。きっと大丈夫。きっと……」


 回顧するのは両親との思い出、屋敷に勤める者たち、彼らの笑顔。

 カーヴェア学園に入学する前の、ロックアイス領で過ごした他愛ない日々。


 両脇に立つ二人が、シトラスの心を温めるように、ぎゅっとその距離を詰めた。

 その後は、四人の間を沈黙が流れる。


 時折聞こえてくる川の上空を舞う鳥の鳴き声が、やけに大きく聞こえた。


 やがて、四人の立つ甲板に影が差す。


 日陰すら覆う影。


 ギルビーズが見上げた空。

 西の空に広がっていたぼんやりとした雲が、今やどんよりとした灰色の重い雲に変わり、甲板への日差しを遮っていた。


 ギルビーズは目を細め、

「雨が降るかもしれないなぁ……」

 ポツリと呟いた。



 渡河を終え、対岸に辿り着いたコメルシャンテ商会の帆船。

 忙しそうに荷を下ろす商人たちを横目に、シトラスたちは下船した。


「ありがとうギル。食料と水まで貰っちゃって」


 シトラスの隣で鼻を鳴らすウオック。

 彼女の鼻ずらを撫でると、嬉しそうにシトラスへとその顔を寄せた。


「お貴族サマへの貸しに、いや、将来の投資にしておくよ」

 ニカっと気持ちのいい笑みを見せるギルビーズだが、

「――それより、何度も念を押すが気をつけろよ。敵がどこまで侵略しているかわからないんだ。危なくなる前に逃げろよ」

 とその表情を一変させた。


 死体から取り立てるのはごめんだぜ、と言うギルビーズの軽口を最後に、シトラスたちは商会の一団とは別れを交わして、北へ足を進める。


 逸る気持ちを抑えきれないシトラス。

 跨ったウオックの速歩で故郷のロックアイス領へ向かう。


 シトラスの旅路を追いかけるように現れた雲り空。

 船上で追いついたそれは、今や空全体を濃灰色で覆っていた。


 やがて、ポツリポツリと空が雫を落とす。


 鼻先に当たった雫に反射的に瞬きをして、

「うわっ、雨、降ってきたね」

 シトラスはその視線を曇天へと向けた。



 それから数日をかけて、ようやく辿り着いたシトラスを待ち受けていた光景は、シトラスの淡い期待をあざわらうかのように、変わり果てた故郷の姿であった。


 町のいたるところには、暴力と破壊の足跡があった。


 木造建物の多くは焼き払われ、意図をもって打ち壊されていた石造建築物。

 壁や、地面についた赤黒い汚れ。

 打ち捨てられて亡骸は、野鳥や腐肉を喰らう虫共に食い荒らされながら、強い異臭をまき散らしている。


 シトラスはウオックから降りると、一歩、二歩と呆然と足を進める。


 そのまま、おぼつかない足取りで走り出す。


 町の中心部。我が家のある方角へ。


 その途中で、否が応でも飛び込んでくる戦火の傷跡。


 何度もその足をもつれさせながら走る。


 ひどく喉が渇く。喉奥に感じる血の味。


 次第に見えてくる屋敷。

 その形は、記憶と一致しない。色も違う。


 傷だらけとなった橋を渡る。


 普段は閉ざされているはずの正門が開いている。

 否、閉ざす門が破壊されているのだ。


 役割を失った門の内側。

 故郷に殉じた兵たちの亡骸。


 死して剣を握りしめる者の姿もある。

 骸には、鎧を身に纏っていない者たちも多い。

 この地に生きる誇りと共に領民は、領軍と一体となって外敵に立ち向かったのだろう。


 そして、その誇りは命と共に打ち砕かれた。


 目を見開いている者たち。

 しかし、彼らの目にはもう何も映らない。


 彼らの無念に、思わず下唇をきつく噛み締める。


 それでも、足は止めない。


 変わり果てた中庭を駆け抜ける。


 視界の隅。

 かつて姉とお茶をしたテラスも、その原型を留めてはいなかった。


 崩落した屋敷。

 領地の象徴でもある屋敷の本棟は、特に徹底的に破壊されていた。

 屋敷であったモノは炭化しており、数本の支柱の名残を残す以外は大地の肥やしとなっていた。


 変わり果てた我が家を前に、崩れるように膝をついて、

「は、母上……ち、父上……。ぼ、ぼくが、シトラスが帰ってきたよ。みんなどこに、どこにいるの……?」

 縋るように言葉を漏らす。


 しかし、その声に答える者はいない。


 どこかで限界を迎えた建屋が、悲鳴を上げて崩れ落ちる音だけが周囲に木霊する。


 震える両手で中庭の地面を掴む。

 炭となった屋敷の欠片が、その手を黒く染め上げる。


 アリーとブルーが背後から心配そうに、シトラスの震える背中を見つめる。

 手綱を引かれているわけでもないが、彼女たちの後ろには黒馬のウオックの姿。


 握りしめた大地と共に、上半身を起こしたシトラスは、空を仰ぐ。

 曇天を切り裂くように、彼の慟哭が響き渡った。






 その後、呆然と打ちひしがれるシトラスの下へ訪れたのは、カーヴェア学園を脱走したシトラスたちの拿捕の任を帯びた警邏部隊であった。


 一度はシトラスたちに撃退された彼らであったが、素早く態勢を立て直し、追いかけてきたようだ。

 シトラスによって、自身の馬であったウオックを失った警邏隊長であったが、今は別の黒馬に跨っていた。

 代わりに、当初五人いた警邏部隊が四人となっていた。

 隊員の一人を道中で置いてきたようだ。

 渡河前の接触時に、開戦の発端となった隊員の姿がない。

 隊長の彼が跨っているのはその隊員の馬であろう。


 警邏隊長が借り受けた馬を進めて口を開く。

「心中お察しします。……これからポトム王国はこの暴挙に対する大々的な反攻作戦に出ます。しかし、東部の指揮系統が壊滅しているため、指揮官が足りません。そのため、学園の上級生の皆さんも士官として貴重な戦力として数えられております」


 沈痛な面持ちで語り掛ける警邏隊長の言葉。


 しかし、今のシトラスにその言葉は届かない。

「わからない、わからないよ……。なんで、なんでみんな……なんで……どうして……」


 ただ焦点の定まらない視点で、うわごとのように言葉を繰り返すシトラスに対して、

「……それが戦争というものです。だからこそ、この先一つでも悲劇を防ぐために、一丸となって立ち上がらなければならないのです」


 警邏隊長の言葉に一度大きく目を見開くと、地面を抉るほど力強く拳を握りしめ、

「……わかった。学園に戻るよ」

 震える声で言葉を返した


 その言葉に胸を撫で下ろす隊長。


 シトラスは続けて、振り返って馬上の警邏隊長の瞳を見据えた。

「――ただし、ぼくを最前線に配置してほしい。ぼくはこの目で見たいんだ。この国に何が起きたのか、何が起きているのかを」


 充血した金橙色の瞳が、馬上の瞳をまっすぐに射抜く。


 何かを決めたその瞳に、

「……私も部門を預かる身とはいえ、一軍人。軍の人事については保証はしかねますが、微力ながら働きかけることを約束しましょう」

 馬上で心の臓に右手の拳をあてると、大きく頷き、そう言葉を返した。



 それから、カーヴェア学園へ向けて、警邏隊と共に来た道を引き返す一行。

 立ち寄った町々で手厚い歓待を受けながら、再び数日の時間をかけてカーヴェア学園へと戻ってきた。


 約半月ぶりにカーヴェア学園の敷居を跨いだシトラスを待ち受けていたのは、

「――おかえり」

 満面の笑みを浮かべた学園長のネクタル。


 ネクタルの先導で、寮よりも先に、学園長室に足を踏み入れた一行。

 そこで、彼らがいない半月で何があったかを知らされることとなる。


 学園長室のローソファに腰かけるのは、学園からの脱走を試みたシトラス、メアリー、ブルーの三人。

 そして、その対面には学園長のネクタルと、元勇者科の担当教員であり、勇者部の顧問的立ち位置のアドニスの姿。


 アドニスが、脱走後の学園の状況を、対面に座る三人に共有する。

「――はぁ、つまるところ、学園行事はすべて中止。五年生と四年生は、翌月から王国東部への正規軍へ士官候補生として派兵。三年生以下は、後方支援軍務への従事、ということになります」


 シトラスはいつもの朗らかな顔が嘘のように、感情が抜け落ちたかのような表情を浮かべている。


 アドニスはそれを心配そうに見守る。

 シトラスが復讐に走るのではないかと危惧していた。


 勇者は、復讐を否定しない。


 しかし、勇者として得てきた経験から、復讐をすることに囚われる事だけは防ぎたかった。

 同時にその経験は、皮肉なことに今の彼に何を言っても響かないであろうことを教えてくれた。


 部屋に入ったときから、緩むことなく握りしめられたシトラスのその拳。

「大丈夫。今すぐにでもいける」


 その拳は、音が聞こえてきそうなほどに、より一層強く握りしめられる。


 その対面で、銀のような白い髪がふわりと動いた。

「どうやら心の準備はできているみたいだね」

 

 子どもの容姿と、それに相応しい中性的な声。そして、残酷な心。

 |少年(シトラス)の決意、|大人(アドニス)の懸念をあざ笑うにように、幼年(ネクタル)は、ゆっくりと立ち上がった。

 そのまま窓辺に近づくと、差し込む朝陽の下で、その可愛らしい白い歯を剝き出しにした。






 その後、宿舎が違うブルーとは別れ、シトラスとメアリーは寮へと帰った。


 二人を待ち構えていたのは、友人たちの姿。


 昼休みにはまだ早い時間。にもかかわらず、寮の談話室にはミュール、レスタ、エヴァの三人の姿があった。

 三人は、シトラスたちが帰ってきたという噂話を聞くや否や、授業を抜け出して寮へと戻っていたのだ。


 部屋の中心部の席に腰かける三人。


 三人で何か話していた様子であったが、二人が談話室に入ってきたことに気がつくと、その会話を止め、笑顔で二人を迎え入れた。


 真っ先に駆け寄ったのはミュール。

「シトーーッ! おまッ、心配させやがってッ!」


 その顔に浮かぶのは安堵の表情である。


 その後ろからレスタ、とエヴァが笑みを浮かべて歩み寄る。

「ほんとびっくりしたぜ」

「本当よ。私たちにくらい教えてくれてもよかったのに……。って、シト?」


 エヴァの言葉を皮切りに、ミュールもシトラスの違和感に気がついた。

「――何があった?」


 シトラスは小さく震えていた。

 その震える口から吐き出されるのは、彼の見た光景。


 どこに行っていたのか、何を見てきたのか、何が故郷におきたのか。

 ロックアイス領に言及する頃には、その声は隠し切れない悲しみに覆われており、その肩が震えていた。


 崩れ落ちた生家の屋敷にまで話が進むと、脳裏に刻まれたその景色を思い出し、両の眼から流れる雫を押しとどめることができなかった。 


 震える声でシトラスが話を締め括る頃には、

「――そんな……」

 ミュールも信じられないとばかりに、その目を大きく開き、後退ると、背後の椅子に力なく座り込んだ。


 ロックアイス領はミュールにとっても故郷。

 シトラスからもたらされた故郷の喪失、という情報に彼もまた動揺を隠しきることはできなかった。


「……許せないわ」

 エヴァがポツリとそう言うと、レスタもそれに大きく頷いた。


「ぼくは従軍して東へ行く。出来る限り前線に配置してもらう予定だよ」

「おいおい。待てよ、シト。何を聞いたかわからないが、士官候補生として現地へ派兵されるのは、下級臣民だけだ。上級臣民のお前がすることじゃない。ロックアイスの復興にはシト、お前の力がきっと必要だ」


「上級臣民なんて、家があってこそだよ。ぼくにはその家がもうない」

「おいシト、自棄になるなッ」


 ミュールは正面からシトラスの両肩を握りしめ、前後に揺さぶる。


「自棄になんかなってないよ。それに――ロックアイス復興には姉上がいるから大丈夫。レイラも手伝ってくれるよ。それより、ぼくは知りたいんだ。家に何があったのか……」


 ここでシトラスは瞳を伏せ、一つ呼吸を置いた。


 次いで、その金橙の瞳でミュールを真っ直ぐ見つめると、

「ミュールもこれからは自分の意思で好きにするといい。家なんて関係なく。……止めたって無駄だよ。ぼくはぼくの意思でやる、って決めたんだ」


 ミュールは、掴んでいた両肩からその両手を外すと、大きく息を吸い込み、興奮気味に口をパクパクとさせた。

 しかし、それが言の葉となって吐き出されることはなく、ただ、吸い込んだ分だけ大きなため息を吐くことに終わった。


 ややあって、ニヒルな笑みを浮かべたミュールは、

「俺がお前から離れるわけないんだろう? そんときはどっちかが死ぬ時だ」

 シトラスへと右手を差し出す。


 差し出された右手と、次いでその顔を見つめると、シトラスは涙で滲む瞳を擦り、くしゃくしゃな笑顔で右手を差し返した。

 

「あッ」

 と声を漏らしたのは果たして誰だったか。


 二人の手が交わされる直前に、メアリーがするりとその体を動かした。

 そして、差し出されたシトラスの手を握りしめる。

「私も」


 握りしめた手は引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられながら、

「ありがとうメアリー」

 耳元で囁かれ、メアリーは満足げな表情を浮かべる。


 対して、その場に残ったのは手持ち無沙汰になったミュールの右手。

 そして、何とも言えない表情を浮かべるミュールと、苦笑いを零すレスタとエヴァ。


「……なんかシトとメアリーが帰ってきた、って気がするわね」

 というエヴァの言葉に、ミュールは下を向いてガックリと肩を落とすのであった。



 翌週には、全校生徒を対象とする大々的な学園集会が開かれた。


 ネクタルから従軍する生徒たちに励みの言葉が送られ、無事に学園に帰ってくることを祈る。

 士官候補生とはいえど、前線に配置されることを知らされていた一部の下級臣民の生徒の中には、差し迫った戦争への恐怖のあまり、集会の最中に泣き出す生徒もいた。


 集会が終わると、除く生徒たちはそれぞれの戦場へと赴くことになった。


 集会から寮への自室へと帰る途中、シトラスはアドニスから召集令状を受け取った。ミュールとメアリーも同様に。


 その帰り道、三人は中庭に立ち寄っていた。


 中に植えられた見上げる程大きな木々は、すっかりその装いを変えて、その枝の先々は随分と寂しくなっていた。

 代わりに、その脱ぎ捨てられた紅葉たちが地面を彩っている。

 

 シトラスは、アドニス経由で受け取った召集令状を開く。

 そこにはロックアイス領を含む王国北東部の反攻作戦への従軍を命じる旨の文言がつづられていた。

 よく見ると、その令状には連名で、シトラスたちが脱走した際に、その追跡に動いた王国警邏部隊の隊長の名前があった。

 彼は彼なりに筋を通していた。


 ミュールとメアリーも志願して同じく北東部奪還の反攻作戦のメンバーとして名を連ねていた。

 手にした赤の令状に皺ができるほど強く握りしめていると、二人がシトラスを挟むように左右に並び立つ。


 友人たちと過ごす幾日かの休養を経て、持ち直したシトラスが、

「明日からぼくたちも戦争に参加するんだ」

 ぽつりと呟くと、それを聞いて隣に立つミュールがぶるぶるっと体を震わせる。


「さすがのミュールも怖気づいた?」

「馬鹿いえ、武者震いだ」


 それに気がついたシトラスが、揶揄うようにその口を開くと、ミュールがにやりと口角を上げた。

 いつものように軽口を叩き合う二人に、シトラスの左側に立つメアリーがぴとりと、その体をシトラスにくっつけた。

 その髪を優しく梳くように撫でると、彼女は満足気な表情を浮かべる。


「メアリーも気をつけてね」

「……うん。あまり殺しすぎないようにするわ」


 その回答に何とも言えない表情を浮かべるミュールは、それを聞いて、一瞬何か言いかけるも、何も言うことはなかった。

 まだ見ぬ戦場を思い浮かべた時に、メアリーが我を忘れて大暴れする姿が容易に想像できたからである。


 それと、同時にこう思わざるを得なかった。

 彼女が味方でよかった、と。



 

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