二十三話 差別と区別と


 魔法闘技場の正門前。


 シトラスは闘技場に背中を向けて立っていた。


 魔闘会はまだ続いており、背を向けた闘技場からは歓声が聞こえてくる。

 

 だが、シトラスの初年度の挑戦は、すでに幕を閉じていた。


 ――結果は初戦敗退。


 相手は南の四門に名を連ねる四年生。

 シトラスは相手のオーラを見ることで、なんとなく魔法の発露のタイミングを掴めることに気がついた。しかし、中遠距離どころか、近接格闘戦以外に有効な攻撃手段を持たないシトラスは、終始苦戦を強いられた。


 ――圧倒的な実力不足。


 相手の上級生が瞬時に実力差と会場の空気を読んで、近接戦に持ち込んだおかげで、どうにか試合は闘いの体をなすことができた。

 しかし、実力差は火を見るよりも明らかであった。それは剣を交えたシトラスが誰よりも実感していた。


「オーラが見えることは、相手からの攻撃の回避にはつながるけど、距離を取られると攻撃手段がないんだよねぇ。どうしたらいいんだろう……?」


 シトラスにとって幸運であったのが、対戦相手の上級生が人格者であったことだ。

 大会を盛り上げるために、接近戦しか出来ないシトラスに対して接近戦を仕掛け、シトラスとは圧倒的な実力差があるにも関わらず、後輩に恥を欠かせないためにわざと見せ場を作るなどして、試合をしらけさせなかった。


 最後も怪我をさせないように、意識だけを刈り取って試合を終わらせたため、魔闘会で敗戦した生徒の中で唯一、シトラスだけが擦り傷や打ち身といった軽傷で済んでいた。

 他の試合の敗者はみな満身創痍で、シトラスのように試合後にすぐ動ける者はいなかった。


 闘技場から校舎に向かって歩きだすシトラス。


 考え事をしながら、しばらく学園の敷地内を歩いていると、校舎の側で複数人の獣人と思しき生徒が、どこかに駆けていくのが遠目に見えた。


 駆けていく獣人たちを見て、シトラスはふとあることに気がついた。


「闘技場に獣人の生徒っていたっけ?」


 思い返せば、観客席でも控え室でも獣人の生徒を見た記憶がない。

 さらに思い返せば対抗魔戦のときも、シトラスとミュールが誘ったブルー以外に、獣人の生徒を見た記憶がなかった。


 ――獣人の生徒は総じて人族に劣っているから?


「いや、そんなわけはない」


 なぜなら、クラスメートの猫人族のブルー。

 そして、中庭で出会う猫人族の先輩のライラ。


 彼女たちのオーラの強さは対抗魔戦で本選に駒を進めた生徒や、魔闘会にエントリーされた生徒たちと比べても、勝るとも劣らないものであった。実際に、ブルーはタッグ戦とは言えど、ミュールと共に対抗魔戦の本選まで勝ち上がっている。


 先日のブルーを巡って起きた中央派閥との私闘で、カルバドスの言葉が放った言葉がシトラスの脳裏をよぎる。


 ――我々とは立場が違う。


 脳裏によぎった彼の言葉を、シトラスは頭を振って追い出し、獣人たちの向かった先に足を進めることにした。


 彼らの向かった先は、シトラスにとっては見慣れた空間の広がる方角。

 毎朝と放課後にシトラスを始めとする一部が鍛錬をしている場所、校庭であった。


 校庭全体が見える頃まで足を進めると、そこに大勢の人のオーラをシトラスは感じ取った。


 校庭の中央では、四方にロープを張った空間が設けられていた。そこで、獣人の生徒たちがさながら魔闘会のようにしのぎを削っているのが見える。それを囲むように百人ちかい人数の生徒が声援を飛ばしている。


 立ちあがって応援している者もいれば、座って応援している者いる。

 ただ一つ共通していることは、みな獣人だということだ。


 人にはない様々な形をした耳が、彼らの頭頂部からのぞいていた。


 今にも目にもとまらぬ速さで猫人族の女子生徒が、対戦相手の猪人族の男子生徒に勢いよく蹴りをかますして、リング外から吹き飛ばした。周囲からあがるひときわ大きくあがる歓声。


 一試合が終わった瞬間であった。


 吹き飛ばした少女が、クールな表情で同族と思われる女子生徒たちとハイタッチを交わしている。


 シトラスはその対戦相手を吹き飛ばした女子生徒に見覚えがあった。

 クラスメートである猫人族の美少女、ブルーであった。


 対抗魔戦で、ミュールと共に本選に駒を進めた彼女の胸のブローチは、その実績によって今や藍色に輝いている。


「おーい、ブルー!!」


 見知った人物に顔を綻ばせたシトラスが、手を振りながら彼女に近づく。


 しかし、獣人の生徒がシトラスを認知するや否や、会場の空気が変わる。


 シトラスとブルーの中間、二人を遮るように一人の犬人族の男子生徒が、シトラスの前に飛び出してきた。


 大きな犬耳が中ほどで折れ曲がっており、少したれた大きな瞳。

 身長は比較的小柄であるシトラスのさらに視線一つ分小さい。男子生徒ながら、総じて愛くるしい容姿の少年である。


「なんのようだ?」


 そんな彼が拳を握りしめてシトラスを睨めつけている。


「えっと、何してるのかなー、って」

「ここはお前みたいな奴がくる場所じゃない」


「え? なんで?」


 きょとんとした顔で尋ねるシトラス。


 それを煽られたと受け取ったのか、いきり立つ周囲。

 腕に覚えのある獣人の生徒たちがじりじりと近づき、包囲網を形成しつつあった。


 お世辞にも歓迎されているとは言い難い空気。

 シトラスは不思議と彼らのオーラからそれを感じ取ることが出来た。


 そのような剣吞な空気を察してか、犬人族の男子生徒の後ろからブルーが、歩いて向かい合う二人に近づいてきた。


「シトラス。ここで何をしている?」

「あ、ブルー。散歩だよ。ここでは何をしてるの?」

 ひらひらと手を振るが、ブルーはの反応は素っ気ないものであった。


「……これが私たちにとっての魔闘会」

「どういうこと? 魔闘会は今やってるよ? もしかして人が多くて中に入りづらいの? 良かったら、ぼくがエスコートしようか?」


 善意のつもりで、シトラスはブルーや、その周囲で二人の様子を窺っている獣人たちに、声を掛けるシ。


 だが、このシトラスの善意は、目の前の犬人族の琴線に触れたようだ。


「ッ……人族はいつもそうだ。上から施すことが当たり前で、俺たちのことは言葉以上に気にかけてもいない」

「? 何を言って……」

「――シトラスとか言ったな。お前のことは知っているぞ。勇者を目指してんだってな? はっ、お前みたいな奴が勇者になれるわけなんてない」

「ッ!」


 ――さっさとここから出ていけ。


 周囲の獣人たちから向けられる視線も冷ややかなものだ。


 それはシトラスにとって初めて向けられる感情。

 

 それをオーラを通じて、無意識に理解する。

 これこそが悪意ヘイト


 愛され、甘やかされてきたシトラスからは最も遠い感情。


 シトラスは冷や水を浴びせられた気持ちで、返す言葉が何一つ出てこない。

 いったい今自分がどんな表情を浮かべているのかさえわからない気持ちであった。


 しかし、そのようなシトラスの動揺を吹き飛ばすように、目の前の犬人族の男子生徒が錐揉みしながら吹き飛んでいった。


 目が点となるシトラスと周囲で会話を見守っていた獣人族の生徒たち。

 ついで、吹き飛んでいく男子生徒を目で追う。吹き飛ばされた男子生徒が地面にバウンドして止まるのを確認すると、一斉にその視線が発信源に向かう。


 そこにはパンチを打ち抜いた姿勢で固まる猫人族の美少女、ブルーの姿があった。


「えっ、ブルー?」


 ブルーは自身が吹き飛ばした男子生徒の下まで小走りで駆け寄ると、胸ぐらを掴んで倒れ込んでいた男子生徒を無理やりたたき起こす。


「私はシトラスの勇気に救われた。それを馬鹿にするなら許さない」

「は、はひぃ、ごべんだじゃい……」


 頬がパンパンに腫れ上がった犬人族の男子生徒は、半べそをかいてブルーに詫びをいれる。


 ブルーはその胸ぐらから手を離すと、今度は服の首元を掴むと、どこにそんな力があるのか。片手で犬人族の男子生徒を引きずってシトラスの下まで連れてくる。


 そのまま、半強制的に謝罪をさせた後でブルーは、

「勘違いするなシトラス。これはお前のためじゃない。この前の借りを返しただけだ」


 ブルーの行動に周囲の獣人たちが固まっていると、一つの人影が、その隙間をぬって二人の下までやってきた。


「おいブルー。そのぐらいにしておけ」


 男性と比べても長身の身長。顔から首を隠す布地で、目元以外は不明な容姿。一切の露出の無い服装だが、それでも女生徒とわかるメリハリのある肢体。


「ライラ」


 その姿を視認すると、ポツリと呟いたブルーに対して、

「……ここでは学園の先輩だ。少しくらい敬ってくれても罰はないぞ?」


 苦笑いを向けるライラに、ブルーはプイッと顔をそむけた。

 

「ライラッ!」


 一方で、シトラスは喜色を浮かべて、ライラの名を呼んだ。


「シト。どうしてお前がこんなところに……。魔闘会はどうした? まだ大会途中だろ?」

 腰に手をあてて、なぜここにいるのかと問うライラに、

「大会は負けちゃった。ここは見つけたのは偶然。気晴らしにお散歩していたら、こっちに走っていく人たちを見つけて、それでついてきたんだ」


 シトラスの回答に、なるほど、と頷きつつも苦笑いを浮かべて、

「相変わらず自由な奴だな。みんなッ、こいつは私の友達・・だ。心配しないで続けてくれッ!」

 とライラが高らかに宣言すると、ライラさんが言うのなら、と事の経緯を見守っていた周囲の獣人の生徒も散っていった。


 それを見たブルーがつまらなさそうに鼻を鳴らしている。


 獣人の生徒たちはシトラスが有害でないとわかると、安心した様子で肩を下ろし、どこか緊張していたた場の空気が弛緩した。


 獣人の生徒たちは声を掛け合って、すぐに次の戦いが手製のリングで始めるのであった。


 その邪魔にならないように、三人は歩いて舞台リングから少し離れたところまで移動して、話を続ける。

 

 口火を開いたのはライラ、

「まったく、何か揉めている気配を察してきてみれば……。シトだったんだな」


 肩をすくめて、やれやれと言った様子の彼女に対して、シトラスは先ほどの発言を混ぜ返す。

「ライラがぼくのこと友達って……」

「ばっ、そうでも言わないと周りの奴らが引き下がれないからな。方便ってやつだ」


 吐き捨てるように否定する彼女に対してシトラスは、

「ほんとは?」

「方便ってやつだよ」


 食い下がるシトラス。


「ほんとのほんとは?」

「ほんとのほんとは、方・便・だ」


 なおも食い下がるシトラス。


「ほんとのほんとのほんとは?」

「ほんとのほんとのほんとは……友達だよ」


 照れ臭そうにそっぽを向くライラに、シトラスは、

「かわいいー!!」


 飛びついてきたシトラスを、抱き締めるように受け止めるライラ。

 ライラの方がシトラスより頭一つ分高いので、シトラスは彼女の首に顔をうずめる形になった


 ブルーの眼前で繰り広げられた茶番に、彼女は先ほどより大きく鼻を鳴らした。


 布地に覆われている彼女の首元から顔を離したシトラスは、先ほど気になったことをライラに問いかける。


「そう言えば、なんで対抗魔戦と魔闘会には獣人がいないの? まだブルーしか見てないんだよね。たまたま? でも、観客席にも全くいなかった気がするんだけど、そもそも学園に獣人の生徒があんまりいないのかな?」


 シトラスの問いに少し逡巡した様子を見せるライラ、

「それは……立場がな、違うんだよ。学園では……いや、王国では。人族と獣人族の」


 ライラの言葉に目を見開いたシトラスは、

「それって――」


 驚いた様子のシトラスが事情を悟ってくれたと思い、神妙な顔でそれを肯定するライラ。

「……あぁ」


 シトラスはというと――


「――どういうこと?」


 ――全然理解していなかった。


 ずるっとこけるライラ。

 シトラスのすぐ後ろでは、ブルーもライラ同様にたたらを踏んでいた。


 首を傾げているシトラスに、えー、という表情を彼の前後で浮かべる猫人族の二人。

 気を取り直すように咳払いをした後で、ライラが口を開く。


「ポトム王国では、私たち獣人族の地位は高くない。近年は少しずつ向上してはいるが、それでもまだまだ人族との間には開きがある。それはこの学園でもそうだ。あたしたち獣人族は、魔法試験を除く四大行事には参加しないことが暗黙のルールなんだ」


 暗黙のルール、と言われるも納得のいかない様子のシトラスは、

「でも、なんで?」


 それはね、と前置きして話を続けるライラ、

「シトも見ただろうけど、魔法試験を除く四大行事には王城から賓客が来る。そして、あたしたちが勝つことが、不利益につながる権力者サマがいるっていうことだ。昔はそれを破って参加した獣人族が何人もいたが、どれも碌な結果にならなかった」


 ここでライラは、目の前に立つシトラスに見せつけるように、左手の親指を除く四本を立てた。


「あたしが知る限りで、この暗黙の了解を破った者は四人。一人はシトも知ってのとおりブルー。あとは銀狼族が一人、虎人族が一人、魔人族と獣人族のハーフが一人。銀狼族は故郷の家族を殺され、虎人族は卒業後の軍役で、新人ながら最も過酷な現場に送り込まれてその命を散らし、ハーフの者は学園を実質的に追放されることになった。以来誰もその不文律を破ろうとはしない。今回のブルーですら二十数年ぶりの話だ」


「そう、だったんだ。……ぼく気軽にブルーを対抗魔戦に誘っちゃった。大丈夫? 何もされてない?」


 シトラスは振り返って、ブルーを心配するも、

「大丈夫」

 と短い言葉だが、力強く答えるブルー。


 それに胸を撫で下ろしたシトラスは、

「でもそれっておかしくない? 学園では『学園外の序列を学園に持ち込んではいけない』って入学式でスタンレー先生が言っていたのに」


 それこそがカーヴェア学園における七大規則の一つ。


「シトは素直だな。だが、私たちも四大行事に出ようとすれば出られるんだ。それこそブルーのように。だから、先生方も何も言わない。なぜなら我々が恐れている問題は学園外・・・で起きる可能性が高いということだから」

「これって……差別、だよね」

「彼らに言わせれば区別、だそうだ」


 ライラの"彼ら"と言うのが言外に貴族を指していることは、いくら鈍いシトラスでも気がついた。


「ぼくが言う資格はないのかもしれないけど。種族や血、っていうものにどれほどの価値があるんだろう……」

「あたしの口からは何とも……。少なくとも水よりは濃いことは間違いないだろうな」


 ライラは視線を、手製の舞台で行われている獣人族の生徒同士の模擬戦へ移した。


「いつからか私たち獣人族は、魔闘会の裏でこうして有志で集まるようになっていった、というわけだ。獣人の、獣人による、獣人のための大会だ。いつの日か学園の獣人が日の目を浴びることを願って」


 ライラが舞台を見るその目は、どこか遠くに想いを馳せるように細くなった。

 

 それを隣で見たシトラスは、彼女達のために自分には何ができるだろうか、と考え始めるのであった。



 魔闘会から一週間が過ぎた。


 カーヴェア学園ではいまだ大会の熱が冷めやらず、生徒たちの話題は専ら魔闘会であった。


 女子生徒たちは黄色い声で、

「優勝したベルガモットやばかったよね!」

「でも、準優勝のアブーガヴェルもカッコよかった!」


 大会の結果は、シトラスの姉、ベルガモットが見事優勝を飾った。

 これにより対抗魔戦の三連覇に続き、入学以来魔闘会の三連覇を達成。この偉業にカーヴェア学園創設以来で最高の逸材というものを不動のものとした。


 準優勝には、前年はベルガモットと引き分けて優勝を飾った、四門の北の次期当主であるアブーガヴェル。準決勝でベルガモットに敗れたものの、ヴェレイラもベスト四という成績を残していた。


 また、男子生徒たちは興奮冷めやらぬ声で、

「地味にベスト十六に残った一年生の三人衆ヤバくね?」

「派手にヤバイ定期」


 三人衆とは四門の南の次期当主エステル、西のボルス、そしてメアリー。


 シトラスを除くと、魔闘会に出場している生徒の中で三人しかいない一年生であるが、三人が三人ともベスト十六、という素晴らしい結果を残した。


 ベスト八以上は、七席で独占されていることを考えると、快挙である。


 二年前にベルガモットとヴェレイラがそれぞれ優勝、ベスト四。さらにその一年前にアブーガヴェルが準優勝を飾っていた。そのため、直近の新入生の歴史で見ると、ずば抜けた成績に見えないかもしれない。しかし。それ以前は一年生が出場すること自体が異常事態。


 実際に、四門の東の次期当主であるアンリエッタは、一年生時には魔闘会に出場こそしているものの、初戦を突破するので精一杯であり、上記のベルガモット、ヴェレイラ、アブーガヴェル、アンリエッタ以前にいたっては、約三十年前まで遡らなければ新入生で魔闘会に出場した者はいない。


 伸びしろだらけの一年生で出したこの結果に、教師陣はもちろん来賓客も来年以降に大いに期待ができるものであった。


これで四大行事のうち二つが既に終わったことになる。

季節も厳しい冬の峠を越え、各所で春の兆しを感じることができる。


「魔闘会が終わったことで今年の目ぼしい行事も終わったなー」

「……後期の試験は?」

「……今年の目ぼしい行事も終わりだねー」


 シトラスとライラ。

 学年の違いはあるけれども、どうやら学力のほどは同程度であるらしい。


 おい、とジト目で睨め着けるミュールを横に、ライラとシトラスはメアリーと一緒になって空に浮かぶ雲を眺めはじめた。


「四大行事は魔法試験と舞踊祭が残ってなかったか?」

 とミュールが漏らすと、『舞踏祭』という言葉にライラがものすごい嫌そうな顔を作った。


 それは布地で顔が見えないシトラスとミュールがすぐに気がついたほどである。


「舞踏祭全校生徒が躍るの?」

 というシトラスの問いに、あからさまに嫌そうな声でライラが答える、

「……あぁ、一日授業の代わりに全校生徒でダンスをする日だ。そのために、そろそろダンスの授業もはじまるよ」


 ふとシトラスは気がついた。

「ってことはライラも踊るの?」

「その格好で?」


 シトラスの言葉尻を取るようにミュールが思わず口を挟むと、ライラは一瞬ミュールを睨みつけたが、やがて力なく息を吐いた。


「そんなわけないだろう。あたしもダンスローブを着るよ。だが――」

「じゃあ、ぼくと一緒に踊ろうよ」


 自身に向けられた屈託のない笑顔にたじろいだライラだが、

「……いや、あたしは誰かと踊る気はない。ダンスローブを着るだけだ。それにあたしと踊ることになったら、ベルガモットはいい気にならないだろう」


 ライラの答えに不思議そうに首を傾げたシトラスは、

「なんで姉上が関係あるの? ぼくがライラと踊りたいんだ。いいでしょ? ね?」

 と迫るものだから、ライラは困った様子でシトラスの隣に立つミュールに話をふる。

「う、うーん。お前からも何か言ってやれ」

「いやまぁ、シトが躍りたいって言うのなら……」

「えぇ……」


 ミュールの思わぬ姿勢にうろたえるライラ。

 彼もなんだかんだシトラスの願いには甘いところがあった。


「じゃあ、決まりだね。一生懸命練習しておくよ。じゃあ、また!」


 話は決まったとばかりに、シュタッ、と手を掲げると足早に立ち去るシトラス。


 その後ろをついていくメアリー。


 残ったミュールは少し申し訳なさそうにライラに向き直ると、 

「悪いな先輩。どうしても嫌じゃなかったらよろしく頼む。あの姉には俺から話を通しておくから」

「えぇ……」


 去っていく背中に手を伸ばすライラ。


 視線の先で小さくなっていくその背中。


 獣人に対して、偏見なく接してくれるシトラスのことは、人として憎からず思っているが、彼と出会ってから彼女のペースは乱されっぱなしであった。

 




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