魔法のありふれた世界で

誕生編

零話 誕生

 

 世界は一つではない。


 異なった歴史を辿った世界。男性が強い世界。女性が強い世界。魔法のある世界。科学のある世界。人間が支配する世界。人間以外が支配する世界。人間と亜人が共存する世界。剣戟が響く世界。銃声が木霊する世界。未来の世界。過去の世界。希望に満ちた世界。絶望に蓋をされた世界。


 ――そしてこれらが合わさった世界。


 その世界で、一人の男児が生まれたことから物語は始まる。


 はじまりの場所は大陸中心部に位置するポトム王国。

 多種多様な生物が生きる大地、ヴァールバ大陸の中央に位置しており、王国は物流の要所として発展を遂げてきた。


 王国の北には霊験あらたかな世界が広がる"霊界"アニマの森。


 西は大陸一の国土を誇る"大国"ラピス帝国。


 南西は小国ながら建国以来他国の侵略を許さない"魔人の国"フロス公国。


 南東は人族の人族による人族のための"純人主義国家"ステラ皇国。


 東は"人種の坩堝"チーブス王国。


 ポトム王国は時に盟を組み、時に刃を交え、しのぎを削ってきた。

 とりわけ、チーブス王国とは度々戦争を繰り返し、その歴史の中で多くの悲劇、英雄が生まれた。



 雪解けが終わり、新緑が芽吹く頃にポトム王国の貴族に生まれた新たな命。


 新たな生命の誕生は慶事。

 先に女児が誕生していた貴族夫妻は次子には男児を、と望んでいた為、これは天よりの賜り物と大層喜んだ。


 誕生した男の子は、それはそれは可愛らしい赤子であった。


 男児の誕生した年は王国有史以来の豊作となった。

 また、王国中のサクラの花が満開で、王国中がピンク色で覆われた。それは、まるで世界が男児の誕生を祝っているようであった。


 しかし、この男児はたいそう体が弱く、成長する中で度々床に臥した。


 そのたびに夫婦は高名な医師や薬師を領地に呼び寄せ我が子を見させるが効果はなく、年々床に臥す時間が増えていくことになる。


 努力の甲斐むなしく日に日に弱っていく子の姿に心を痛めた夫婦は、藁にも縋る思いで身分を問わず、賞金を用意し、これを治せる者を広くで呼びかけた。


 野良医者、占星術師、はたまた詐欺師など様々な者が夫婦の下を訪れたが、誰一人として男児を治すことはできなかった。そして遂には、男児は床から起き上がることができないまでに病状は悪化を辿る。


 夫婦は来る日も来る日も、教会で神に祈る他なかった。



 そんなある日、悲嘆にくれる夫婦の下に一人の男が現れた。


 風体はひどく汚れ、網目のほつれが目立つ麻のローブを全身に纏い、ローブからのぞく肌は不気味なほどに蒼白く、落ち窪んだ目と合わさって甚だ不気味である。


 夫婦はただ一つ問うた、我が子を治せるかと?


 男はひどくしわがれたか細い声で答えた。


 ――治せる方法を知っております、と。


 曰く、陽沈む山のその先に大きな河あり、川の上に渡河する船場あり、その河の先に数多の石の塔あり、渡河より先に木々あり。渡河より木々を数えて九つ、そこから北に四つ、その西に十三つ。その左手に大木あり、その間に咲きたる黒き花。これのみが御子をお救いできる、と。


 また、往路帰路ともに必ずこの手順を辿ること、と夫婦に強く念を押して――。


 父親は真偽を確かめる為に男を自宅で歓待し、その間に元は騎士候の身分であった母親が、自ら少数の護衛を引き連れて山に向かった。


 山は霧がかかっており、歩みを進めるほどにその霧はますます深くなる。


 しかし、母は強かった。

 母親は男の言葉を頼りに、歩みを進めていくと奇妙な光景を目にすることとなった。


 黒く濁った大きな河――。


 人のいない船場に用意された船――。


 不作法に積み上げられた数多の石の塔――。


 指示された通りに進んだ先にあった不自然な四本の大木。

 遠目でも目立つ大木でありながら、教わった手順の最後の十三歩目を踏み出すまで、誰一人としてこの大木を認識することができなかった。


 そして、その大木に囲われるように一輪の黒い花。

 花弁は光すら飲み込む黒であり、それを目にした時、騎士である母親は知らず唾を呑み込んだ。


 それをひどく不気味に感じながらも我が子のため黒花を丁寧に摘み取り、急ぎ足で元来た道を忠実に辿り帰路に着く。


 船で河岸を渡るとき、無数の眼が船を見送ったが、幸か不幸か霧がかった世界でそれに気づく者はいなかった。


 母親は持ち帰ったこの花を自らの手で擦り潰し、我が子に飲ませた。


 するとどうだろう、みるみる顔色が良くなり、三日と立たないうちに床から起き上がれるまでに回復したのであった。


 この奇跡に夫婦は大層喜び、男に用意していた褒章を取らせようとするも、男の姿はいつの間にか夫婦の家より姿を消していたのであった。


 そして、屋敷の者はいつの間にかこの男の存在を忘れていくのであった。

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