19.変遷の刻《へんせんのとき》

リリスが鉱山の入り口に到着すると、若いドワーフが中を覗き込んでいた。


「こんにちは! あなたも鉱山へ?」


若いドワーフは突然背後から声を掛けられたので驚いてビクンと背筋を伸ばした。


「ぁ‥こ・こんにちは。オイラ、この奥へ行かなきゃなんだけど‥その‥こ・怖くて‥‥」


若いドワーフは身の丈ほどの巨大なハンマーを背負っており、それなりに屈強そうに見える。


「あなた、この中のことは詳しいの?(あたしの装備は貧弱だし道も解らないから、案内人がいてくれたら助かるわ)」


「う・うん。入ったことは、まだ無いんだけど、奥までの道はわ・分かるよ。多分‥」


「そう。よくわかんないけど、いいわ。それじゃ案内を頼めるかしら?鉱山の奥に居座っているっていうゴーレムのところまで」


「あ! お姉さんもゴーレムに会いにいくの? オイラもなんだ。オイラはグラント。よ・よろしくお願いします!」


「丁度良かった、助かるわ。グラントね。あたしはリリス。よろしくね!」


「ぇ‥リリスって‥あの‥暴風の」「ストーップ! それはただの噂よ。あたしはそんなんじゃないから」

「ぁ・ご・ごめんなさい‥。えと、リリスさん」


こうして、リリスとグラントは二人で、鉱山の最奥を目指した。

途中、ネズミや巨大なサソリに遭遇しながらも、リリスの魔法とグラントのハンマーで難なく蹴散らして奥へ奥へと進んだ。


「やるじゃない、グラント。(正直、道案内以上は期待してなかったけど‥)」


「リリスさんが一緒だと、その、心強いっていうか、勇気が湧いてくるっていうか。強くなった気がするんだ!」


「あたしの装備はもうボロボロだから、ホント助かるわ~」くたびれた短剣を振りながら苦笑いを見せた。


「見たところ、それはもう限界だね‥。良ければ、街に帰ったらオイラの店に寄ってってよ。オイラ、鍛冶屋をやってるんだ」グラントは得意げに力こぶを作る。


「ありがとう~。お安くしてね!」リリスはウィンクを飛ばした。



グラントの道案内もあって、迷う事なく最奥の部屋へと辿り着いた。


鉱山を掘り進めていたら、この部屋にぶち当たったのだそうだ。

部屋の半分は崩れ、本来の出入り口も埋もれている。

残った半分の突き当りに奥へ続く通路があり、その手前にゴーレムが立ち塞がっていた。


リリスには、ゴーレムが纏うぼんやりとした魔力の波動が見えた。


「あれは‥何かを護っているのかしら? どう? グラント‥やれそう?」


「‥ぃぇ」グラントはそう呟くと、無防備な状態でゴーレムに歩み寄る。


「ちょ‥ちょっと! 危ないわよ!」


「‥平気です。オイラには‥わかるんだ」


グラントはゴーレムの前で立ち止まり、穏やかな声で話しかける。


「オイラをここへ呼んだのは‥キミかい?」


『ゴオオ‥ン』ゴーレムは唸り声をあげ、動き出した。


ズシィーン‥ズシィーン‥‥


通路の前を開けて、奥へ進めと言っているように、また唸り声をあげた。

『オオ‥ン』


「この奥に‥何かあるんだね」グラントは自信に満ちた表情で奥へと進んでいった。


「何日か前から、夢を見るようになったんだ。鉱山の奥から誰かがオイラを呼んでいるような‥そんな夢を」


細い通路をしばらく進むと、突き当りは小さな部屋になっていた。

部屋の中央には土が盛られており、大きな植物の芽が輝いている。


グラントが輝く芽に両手をかざすと、その輝きはグラントへと移り、体の中へと溶け込んでいく。


「‥何が起こったの?」部屋の入口でその様子を見ていたリリスは、恐る恐るグラントに問い掛けた。


「オイラ‥‥土の加護を授かったみたい」グラントは体にみなぎる加護の力を感じた。


「ぇえ!? 凄いじゃない! それじゃ、あなたは土の加護に呼ばれたってこと?」リリスはとても貴重な瞬間に居合わせたことに興奮気味だ。


「そう‥なんだと思う。でもなんでオイラが‥‥」グラントは自分の体をまさぐり、表面的な変化がないかを確認する。


「理由なんて、なんだっていいじゃない。愛よ、愛」リリスは上手いことを言おうとしたが、とても軽い言葉になってしまい、頬を紅らめた。


「じ・実はあたしも、風の加護を授かっているの」そういって胸の辺りに意識を集中させると、穏やかな風とともに緑色に光り出した。

同時にグラントは土色に光りだし、お互いの加護が共鳴しているように脈動した。


「風と土かー‥他にも、火と水の加護があるらしいわよ。あたしたちが加護を授かったことに意味があるのかどうかはわからないけど、すごい力を秘めていることだけは確かよ。間違った使い方をすれば、街の一つや二つ、簡単に吹き飛ばしちゃえるんだから‥」


グラントは、暴風の死神デス・テンペストの噂を思い出して苦笑いした。


「さ、これで用事は済んだのよね。ちょっと暴れたりないけど、戻りましょうか」


街に戻ったリリスは、約束どおりグラントの鍛冶屋に立ち寄り、貴重なミスリルを使った短剣と弓をお安く譲ってもらった。


ミスリルの短剣は、風の魔力を込めることで魔法の刃を生み出すことができる優れものだ。

魔法の刃は切り裂くことはもちろん、飛ばすこともできる。


ミスリルの弓から放たれる矢は通常よりも数倍の威力になるし、風の魔力を込めることで魔法の矢を生み出して放つことができる。



数日後、リリスはガドに呼ばれてギルドハウスに顔を出した。


「先日、砂漠のギルマスと遠話えんわしたんだがな、どうにも穏やかじゃねぇ。大陸の様子がおかしいっていうんだ。グラントが土の加護を授かった話といい、何かが起きる前触れなんじゃねーかってよ...」


エイジに関する話じゃなかった‥そういう想いが顔に出ていたのだろう。


「それから、エイジらしい情報は‥残念ながら得られなかった。砂漠の情報網はギルドの中でも随一だが、あいつらが知らないとなると‥よっぽど人に知られないように活動しているか、それとも‥‥」遠くを見つめるガドの表情を見て、胸の奥がズキンと痛むのを感じるリリス。


「それとも、この大陸には、もういないのかもしれんぞ」


大陸の外は『暗黒領域』と呼ばれ、誰もその先を見た者はいない。

正確には、この大陸を出ていった者はいるが、外海から入ってきた者はいない。


「そんな‥‥だとしたら確かめようがない‥‥」リリスの脳裏には、エイジと別れた時の会話がおぼろげに浮かんでいた。

「(『遠くへ行く』と言っていた‥)」


「ガドさん、あたしのために、ありがとうございました。エルドリアに帰ります」


リリスがエルドリアを発ってから1年ほどが過ぎようとしていた。



その後、大陸は混沌の時代へと移り変わっていく...。


各地に出現するダンジョン。次々と湧き出る魔物たち。抗う人々。


冒険者たちは日々戦い続けた。リリスもまた、その一人として数々の戦場を駆け抜けた。


ギルドは生涯、冒険者ギルドのグランドマスターとしてその責務を全うした。


ガストンはギルドの右腕として、冒険者ギルドの発展と安定に大きく貢献した。


二人とも、最後の時はリリスをはじめ、冒険者ギルドの『家族』たちに見守れながら、静かに旅立っていった...。




そして時代の流れは加速していく───

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