17.風の伝説‥の始まり

愛馬のミルキーと共に旅に出たリリスは、一番近い交易都市を目指して南下していた。


「エイジを見つけてくるーって意気込んで出てきたはいいけどさ‥‥正直、手掛かりゼロなのよねぇ~‥」


(パッカ、ポック、パッカ、ポック、‥‥)


「だって、冒険者ギルドは今や大陸全土にまで広がってるっていうのに、エイジっぽい冒険者が登録されたって連絡は受けてないんだもん...」


(パッカ、ポック、パッカ、ポック、‥‥)


「え? エイジっぽい冒険者ってどんなのかって? そりゃー‥まだ子どもなのにとんでもなく強い冒険者よ」ドヤ顔をするリリス。


(パッカ、ポック、パッカ、ポック、‥‥)


「お別れしてから、もう数年が経ってるわよね‥。エイジも大きくなっていたら、もう子どもじゃないのか‥」


(パッカ、ポック、パッカ、ポック、‥‥)


「こうなったら、大陸中の冒険者ギルドをくまなく回るわよ! ミルキー、よろしくね!」


(パッカ、ポック、パッカ、ポック、‥‥)『ヒヒ~ンッ』



エルドリアから南下した平野部、大陸のほぼ中央に位置する交易都市ヴァレンシア。

多くの商人や冒険者が集まり、冒険者ギルドの情報網の中心でもある。


大陸には他にも三つの主要都市がある。


ヴァレンシアを中心として、東に広がる森には自然豊かな都市、フォレストリア。エルフや他の森の種族が多く住み、魔法や薬草の知識が豊富な都市である。


東北の山岳地帯には、豊富な鉱物資源があることから鍛冶職人が集まり、要塞都市ドラコニルを築いている。


ヴァレンシアから西へ行くと広大な砂漠地帯となっている。点在するオアシスの周辺には大小様々な村や町があり、その中で最も大きい都市がミラージュである。冒険者たちの探索や交易の拠点となり賑わっている。



交易都市ヴァレンシアに到着したリリスは、冒険者ギルドに顔を出した。


この時代、女性の‥しかもエルフの冒険者はとても珍しく、いやがおうにも人目を惹く。


『おい、見ろよ。エルフのお客さんだぜ。』

『本当だ。なんて美しい…』

『あの装備‥冒険者なのか?』


リリスはザワつくギルドホールを素通りしてカウンターの後ろに立つギルドマスターに声をかける。

「レオナードさん、お久しぶりです」


「は、あー‥えーっと‥どちら様‥かな?」困惑するギルドマスターのレオナード。


「ですよねぇ~。エルドリアのリリスです」冒険者ギルドのライセンスカードを提示する。


「ぇえ!? リリスって‥あのリリスちゃんだよね? 何ヶ月か前にエルドリアに行った時にも会った‥よね?」より困惑するするギルドマスターのレオナード。


「大人になっちゃいました♪」クルリと回って舌をだすリリス。


ギルドホールからも驚愕する声が聞こえてきた。子どもリリスと面識があった冒険者が居たのだろう。


リリスは手短に事情を説明して、旅の目的を告げた。


「なるほどねぇー‥。ちっこかった頃のリリスちゃんと同い年くらいの男の子と、執事さん、ねぇ...」

「今は、あたしほどじゃないだろうけど、大きくなっていると思うわ」


「手練れの冒険者なら、噂くらいは耳にしそうだけど、そもそも執事の冒険者なんて聞いたことないからなぁ‥。こっちの情報網でも探してみるよ」


「ありがとう。お願いするわ」ヒラヒラと手を振ってカウンターを後にしたリリスは、ギルドの訓練場に顔を出した。


こういう場所に手練れの冒険者が居たりしないかと淡い期待を抱いていたリリスだったが、アテは外れて余計なトラブルを招くことになる。


「エルフの女の子が冒険者だなんて、笑わせるなよ」と、筋骨隆々の戦士が嘲笑してリリスに絡みだした。


男はリリスの細い腕を掴もうと手を伸ばしたが、次の瞬間、関節を決められ天を仰ぐことになる。

何が起こったのか解らなかっただろう。


男がかじりかけていたリンゴが、リリスの足元に転がってくる。


「随分と礼儀がなってない『冒険者様』ねぇ。そういうの、嫌いじゃないけど腕が伴わないんじゃー、ね」


「な・なめやがってー‥」男は完全に抑え込まれていて、身動きが取れずにもがく。


リリスはリンゴを拾い上げると、強引に男の口にねじ込み、凄んで魅せる。

「どこへでも走りなさい。あなたがどこへ行こうとも、そのリンゴを射抜いてみせるわよ?」


解き放たれた男は格の違いを理解したのかブルブルと震えだし、その場を逃げ出した。


リリスは素早く弓を引き、目を鋭く細める‥。

男が訓練場の中ほどを過ぎた辺りで矢を放った。

矢は風を切り、あり得ない角度のカーブを描き、男の口のリンゴを射抜いた。


訓練場にいた冒険者たちはその見事な腕前に驚嘆し歓声が上がる。


「女だのエルフだので人を判断しないことね」


この一件でリリスは、瞬く間に有名人となった。



数日後───



宿のベッドで、次に向かう町の算段を練っていると、けたたましい鐘の音が聞こえてきた。

リリスはただ事ではない雰囲気を察し、急いで身支度を整えて外へ出た。


外に出ると、何人もの冒険者たちが東の門へ向かって走っていた。

リリスは胸の高鳴りを抑えながら、足早に彼らの後を追った。「何が起こってるの!?」


「リリスさん! 獣の襲撃です! 今までに見たことのないくらいの大群が!」


リリスは東門の防壁を駆け上がった。

防壁から見下ろすと、獣の群れが辺りを埋め尽くしていた。赤く光る眼が、まるで絨毯のように広がっている。


火炎瓶を投げつけたり、弓矢や魔法で既に迎撃が始まっているが、さほど効果は見られない。


リリスも何本か矢を打ち込んでみたものの、これでは埒が明かない。


リリスはギルドマスターのレオナードを見つけて駆け寄る。

「ギルマス! レオナードさん! これはいったい何なの!?」


「スタンピードだ。東の森のダンジョンが溢れたんだ‥」レオナードが焦りの表情を見せる。


「このままじゃ防壁が持たないわね‥。ちょっと大き目の魔法を試してみるわ!」

リリスはそう言って両手を空にかざし、意識を集中させた。


『風の精霊たちよ、我が声に応え、災いを吹き飛ばす嵐となれ‥天地を貫く風の怒りを示せ! ストームバースト!!!』


リリスの内に秘められた魔力が爆発的に増大し、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。

三本の強力な風の渦が巻き起こり、獣の大群を蹴散らしていく。


リリスは魔法の制御に全神経を集中して巨大な竜巻を誘導する。

竜巻に巻き込まれた獣は四肢を飛散させて飛び散っていく。


獣の群れをほぼ殲滅させたリリスはその場に膝をつき、倒れそうになる。「ぅぅー‥」


「リリス!」慌てて駆け寄るレオナード。「無茶しやがって‥。けど、お前のお陰で街は救われた」


「良かったー‥でも、城壁、ちょっと壊しちゃったね」朦朧としながら無理矢理笑顔を作るリリス。


「気にするな! そんなのすぐに直せる。それよりも‥」リリスは意識を失っていた。

「‥ありがとうな」



夜が明けてみると、昨夜の惨状は想像を絶するものだったことに気付く。


街の東門から森まで、切り裂かれた獣の死骸が山のように積み上がっており、地面は血とめくれ上がった土で赤黒く染まっていた。


「あちゃー‥これ、全部あたしがやったんだよね‥‥」リリスは呆然とその光景を見つめた。

彼女は以前ガルボが教えてくれた魔力の実を食べて、すっかり回復していた。


「お前が居なかったら、あの屍の山に我々の仲間も含まれていたかもしれんのだ。胸を張れ」レオナードは優しく微笑んだ。


「(昨日は上手く制御できたけど‥一歩間違えれば街がこうなったかもしれないんだ‥)ま、あたしが本気を出せば?このくらいワケないわよ」リリスは無理に明るく振る舞い、力のない笑顔を見せた。



その後、冒険者ギルドの仲間たちと共に街の復興に力を尽くしたリリスは、防壁が修復されたのを見届けてから、東へと旅立っていった。

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