190.恐怖と楽しい

「ただいまぁ〜〜」

「ただいま帰りました」

「「おかえり」」


 家に到着すると、静ばぁと母さんが出迎えてくれた。


 廊下には、僕と羽衣の分の荷物であろうスーツケースが置いてあった。


「黒宮家からの迎えは、15時過ぎ辺りに来る予定」

「分かりました」

「2人とも、それまでに必要な物を準備してね。とりあえず、1週間分の着替えは用意したから」


 昼食は、移動中の車内で食べる事になった。


 とりあえずは、一時避難が優先事項だ。


 ただ、何時までも避難できないので、何処かで、僕側から動きを見せないといけないとは思う。


 14時過ぎには、準備が完了した。


 黒宮の人が軽食は用意してくれるという事で、小腹が空いたので、静ばぁにおにぎりを作ってもらい食べる事にした。


「おいしい」

「詩季、ありがと」


 静ばぁは、「おいしい」と言われる事が、嬉しいようだ。


「しばらくは、娘との生活だねぇ~~」

「孫が居なくて寂しいですか?」

「寂しいよ。半年近く一緒に暮らしていたんだから。でも、何時かは、娘の下に戻らないといけないんだけどね」


 そうだ。


 祖父母の家には、一時的にお世話になっている。


 いつかは、母さんの下に戻らないといけない。


「私らは、もう70も越えているからね。しずかの稼ぎで2人の養育費を出して貰っているからね」


 静ばぁからは、母さんとの関係回復には時間を掛けても良いと言うスタンスだ。


 だが、その奥底には、何時かは母さんとの関係を修復して母さんの下に戻る事が一番大事だと思っている様だ。もちろん、これは、母さんが僕達との関係を回復する姿勢を見せたらという前提条件がある。


 4月のあの対面で、祖父母からの踏絵で母さんは、祖父母の期待を裏切らなかった事で、祖父母は、その道になることを願っている様だ。


「お金以外にもね。しずかとの関係を回復しておかないと、私たちが死んだ後に、君達兄妹にとっての心の拠り所が無くなってしまうからね」

「……静ばぁ。ハグしよ」


 静ばぁは、僕に抱き着いてくれた。


 静ばぁからの発言は、命の重さを思い知らされる。


 考えたくもない。


 静ばぁと健じぃと永遠のお別れが来る事は、考えたくない。


「詩季、来たって」

「うん。2人とも行ってきます」

「行ってきまぁ~~す」


 僕と羽衣は、家から出た。


 家の前には、この前の黒塗りの高級車ではない。高級車なのは、間違いないが。


 母さんたちが、スーツケースを後部座席に乗せてくれた。


「詩季様、羽衣様。どうぞ、お乗りください」


 車のドアを開けてくれた人は、以前、黒宮本堤に行く際に出迎えてくれた人と同じ人だ。声質でわかった。今日は、父親の事も有るのだろう。黒服ではなく、サラリーマンと思えるスーツを着ていた。


「しずか様、報告が遅れましたが、近くに聡様は居ませんでした」

「ありがとうございます」


 僕と羽衣は、車に乗り込んでシートベルトを装着した。


「では、子ども達をよろしくお願いいたします」

「かしこまりました」


 黒服さんが、運転席に乗り込みシートベルトを付けた。


「では、詩季様、羽衣様、出発いたします」

「わかりました」


 黒宮本邸に向かって出発した。


 途中、僕たちが通う学校の前を通過した。丁度、下校時刻と被っていたようで、陽葵と陽翔くんが、校門から出てくる姿が見えた。


「明日からは、ここまでお送りすればよろしいですか?」


 明日からは、黒服さんに車で送って貰うことになっている。学校の何処まで送るかを相談された。


「学校前だと、色々と騒ぎになりそうなので、近くで降ろして貰えると助かります。あすからは、。春乃が一緒に登下校するのでしょう?」

「そうでさね、お二人様が、本邸にいらっしゃる間は、春乃がお二人のお世話係となります」


 春乃さんまで、巻き込んでしまったか。


 春乃さんは黒宮本邸ではなく、両親と共に暮らしている。

 今回、僕と羽衣が黒宮本邸で生活する事になったので、呼ばれたという事だ。僕の従者という扱いなので、仕方が無い部分もある。


「そう言えば、詩季にぃさん」

「何ですか?」

「春乃さんは、詩季にぃさんが、黒宮以外の道に進むことになったらどうなるの?」

「それは、僕にはわかりませんね」


 僕には、わからない。


 恐らく、運転席の黒服さんは知っているかもしれないが、話してくれるかどうか。


「春乃は、詩季様が黒宮にいる間は、従者として仕える事になると思います。もし、詩季様が、黒宮とは別の道に進むとなっても黒宮との関わりは消えません。主従関係は残ります。その強弱は、詩季様がどの職業に就くかでしょう」


 黒服さんは、教えてくれた。


 春乃さんが、今後、どのような道に進むことになるかを。


「でも、春乃も詩季様に仕えるのは嫌ではないみたいですよ。むしろ、楽しんでるように見えます。最初は、怖がっていたのが嘘のように」


 春乃さんが、僕に仕える事を楽しんでいる?


 予想外だったので、目をパチクリさせた。


「春乃は、知らない人と結婚させられる事に恐怖を感じていました。だけど、学校で詩季様と関わるうちに、自然と楽しくなっていたそうですよ。詩季様が、黒宮に戻って正式に、主従関係になっても、今まで通りに接してくれて、沢山の友人にも恵まれて楽しく働けているみたいですよ」


 1番は、春乃さんが僕に仕える事を嫌がっていない事だったので、その線が無くなったのは安心出来ると思う。


「そろそろ、着きます」

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