116.試着

「お父さん、お母さん。子供たちをよろしくお願いします」


 母さんは、日本の自宅に帰って行った。その背中は、何処か寂しそうだ。


 父方の実家への訪問は、また日にちが確定したら報告してくれるそうだ。


 そうか、母さんは日本では1人で生活する事になるのか。

 一応、週末とかに会う事は話したが、基本的には、平日は1人なのか。


「お母さん、寂しそうだね」

「早く、距離を詰められるように努力はします」

「いいよ、無理しなくて。今回の1番の被害者は、詩季にぃさんだから」

「ありがとう」


 僕と羽衣は祖父母と共に、リビングに移動した。


「じゃ、羽衣。制服の試着しちゃおうか。2階の羽衣の部屋に置いてあるから着替えたら降りてきて」

「へぇ〜い、アニキィ!」


 アニキ呼びに戻っていた。今日は、アニキ呼びを通すつもりなのだろう。


 羽衣の部屋は、2階乗った祖父母の寝室の隣で、昔は、母さんが使っていた部屋を使うみたいだ。


 僕は、脚の事があるので1階の祖父母の部屋の後を継続して使う。


 羽衣が、2階に上がって5分もしないうちに降りてきた。いくら何でも、早すぎる。羽衣は、早着替えの技術でも身に付けたのだろうか。


 と思ったら羽衣は、陽葵さんから貸してもらった制服と体操服を入れた紙袋を持って降りて来た。


「羽衣、僕は着替えて降りて来てって言ったよね?」

「アニキ、一緒の部屋で着替えてくれぇい!」

「向こうにいる間に、羞恥心を捨ててバカになりましたか?」

「バカとは、酷いなバカとは!ただ、兄妹のスキンシップをだなぁーーん?ーーあだぁ!」


 とんでもない事を言ってのける羽衣を手招きで呼ぶと素直に近寄って来たので、手刀をお見舞いする。

 そして、羽衣は、手刀をお見舞いされる事は、想定内だったのだろう。避けられるはずなのに避けずに受けていた。


「何処に、兄に着替えを見せる妹が居るんだ?」

「ここに居ますとも!」

「普通の兄妹は、しないと思いますけど?」

「私達は、私達の兄妹像を作れば良いんですよ!」


 羽衣のはちゃめちゃが、始まった。これが、これから続くと思うと先が、思いやられてしまう。


 同じ兄妹でも、陽葵さんなら、陽翔くんに自身の着替えを見せられるかの問いには、即答で「絶対に無理!」と答えるだろう。


「詩季、諦めて、羽衣ちゃんの着替えを手伝う心でいなさい」


 静ばぁからも、諦めるように言われたので、羽衣について行き、僕の部屋に移動した。


 2人で、部屋に入ると羽衣は、早速服を脱ぎ出した。

 僕は、羽衣の着替えを見ておく。まぁ、なんだ、実の妹の着替えで興奮するようなやわな兄ではない。


 目線を逸らしたい事は山々だが、目線を逸らすと羽衣に文句を言われそうだ。


 本当に、何処で教育を間違ったのだろうか。


「へぇ~ん、アニキどうだ!」


 制服に袖を通した羽衣は、一周回って見せて来た。ただここでは、羽衣にしっかりと教えないといけない事がある。


 羽衣は、イギリスの学校には、私服登校だったようだ。羽衣は、スカートは嫌いでは無いが、制服とかでないと着るつもりは起きないらしい。日本とイギリスの学校生活における文化の違いはあるだろう。


「羽衣、学校に行くときには、スカートの中に体操ズボンかスパッツ履いて行きな?」

「えっなんで?体操ズボンって体育の時に履くズボンじゃん」


 やはり、羽衣はそういう感覚だった。


「イギリスでは、体操座りしなかったと思いますけど、日本ではするのですよ。そして、制服はスカート――」

「あぁ~上手い事隠さんとパンツ見えちゃうなぁ~~わかった、ズボン取って~~」


 羽衣は、僕から体操ズボンを受け取って中に履くと、祖父母に自身の制服姿を見せに行った。


 本当に、可愛くなったな。そして、女性らしい身体つきになっている。というか、陽葵さんの中等部時代の制服がジャストサイズみたいだし、陽葵さんと同レベルのプロポーションを持っているのではないか?


 と言うか、陽葵さんは着痩せするタイプだからまだいい。羽衣は、見た所着痩せしないタイプだ。こりゃ、中等部3年で、羽衣は入るクラスはある意味荒れるだろうなぁ~~。


「アニキィ、2人とも似合うってぇ~~」

「それは、よかったな」


 そして、羽衣は体操服も試着して僕に見せて来た。


「うぅ~ん。体育の時間は、ジャージの上着ようかなぁ~~暑いけどぉ~~」


 確かに、身体のラインを消すと言う意味では、ジャージを着るべきだと思う。着痩せしない羽衣は、体操服だけだと、制服以上に身体のラインが出ている。


「ていうか、これ陽葵ちゃんのだよね?」

「そうだけど」

「彼女、私と違って着痩せするタイプでしょ?」

「何で、僕が知っていると?」


 流石、女の子だ。


 1回、制服を着て陽葵さんの普段の服装を見て着瘦せするタイプだと見抜いていた。


 そして、僕にそのことを聞いて来たとして、僕は何と答えたらいいんだ。


「だって、この前お泊りしたんでしょ?陽葵ちゃんの事だから、一緒にお風呂とかでも入ったんじゃないの?」


 これは、一緒にお風呂に入った事を知っているのか知らないのか。もしくは、知っていて、僕の口から話させたいという算段なのか。


「知らないです」

「えっ、陽葵ちゃんから聞いたよ。一緒に、お風呂に入ったって……私のEカップとどっちが大きいぃ――アダァ!困ったら手刀するのやめい!」


 仕方が無いじゃない。羽衣を効果的に止める方法は、これしかないのだから。

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