ep.3 "幻贖のランプ"の育て方
―――幻贖のランプの育て方――――――
1.新月の翌日の太陽が沈むまでの間に"祈捧の雫"を植物に注ぐ
("祈捧の雫"を植物に注ぐことで、次の新月の夜までに幻贖の力を持つ"幻贖のランプ"が育つ)
2.太陽が沈んだ新月の夜に"幻贖のランプ"を探す
3."幻贖のランプ"の周囲(半径約2メートル以内)の植物を採取する
4."祈捧の雫"を作る
5.手順1に戻る
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新しい朝が幕を開けた。穏やかな波が寄せては返し、
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「ニミー、おはよう!」
「おはよう――ニミー」
「エル、ニウス、二人ともおっはよーう!」
「ねぇねぇ、ねぇねぇ、聞いて聞いて!」
「どうしたの?」
「前よりね、もっーと大きくてね、ふわっふわにね、作れるようになったの! ふわっふわの、もっこもこだよ! すっごーく、上手くなったんだから!」
「ほんと? 早くみたいなぁ。楽しみ!」
「ぼくも――たのしみ――」
「いくよー! ちゃーんと、見ててね!」
畑に着くと、ニミーは歩みを止め、掌を空に向けて広げた。指先に意識を集中させると、白い
凝縮しながら次第に形を整え始めると、やがて小さな
「どーだ! すごいでしょ!」
「――ほんとだ!前より大きい! さすが、ニミー!」
「すごい、すごい、すごいよ!」
「でしょー! いっぱい練習したんだもんね!」
「すごいなー!かっこいいなー!――僕もやりたいなぁ」
「ニウスは飛ぶんでしょー。雲は私の専門よ!」
「――ぼく、まだ飛べないもん」
幾多の雲を
エルとニウスはそれぞれの準備を進めていた。エルは雲の前で立ち止まり、目を閉じた。彼の掌から生まれた風が、渦を巻きながら徐々に大きくなり、雲がふわりと浮上した。彼の足元でも渦が巻き起こり、ゆっくりと体を浮かせるが、その動きはまだぎこちない。時に
「――じゃぁ、僕は、――うわっ。真ん中に行ってくるねっ――っちょ、あれっ」
「――わかった。僕は、また端っこかぁ」
「拗ねっないっでよっ――おっとっ。終わったら、一緒に練習しようよっと」
「――また飛べないかもしれない」
「やってみなきゃわかんっ――ないっだろっ。水やり終わったら――れ、練習するよ! じゃ、行ってっくるー」
「――行ってらっしゃい」
「ほんとに、気を付けてね―!」
エルと幾つかの小さな雲が、畑の中心へと徐々に進んでいく。腕を広げ、円を描くように動かすと、導かれるように少しずつ
彼の動きに呼応するように、その雲は畑の上空でゆるやかに停留し、しっとりと雨を降らせ始めた。雨粒は煌めきながら、土に吸い込まれ、まるで砂金を散りばめたかのようだった。
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一方畑の端では、ニウスとニミーは
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"祈捧の雫"が、畑の風景を一変させた。
やがて、雨を降らせ終えた雲が徐々に姿を消すと、エルは風を収めて地上に降り立った。彼は満足げに畑を見渡し、微笑んだ。
「終わったー!」
「エル―! こっちも終わったよー!」
作業が終わり、三人は畑に向かって、
「心を込めて、せーのっ」
「「「元気に育つんだよー!」」」
「「「いつも、ありがとうー!」」」
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「――あ、エル、前より上達したんじゃない? 安定してきた気がする!」
「わかる?僕もそう思うんだー! ニミーもさ、大きな雲作ってたよね!すごいことだよね!」
「でっしょー!」
「――ねぇ、兄ちゃん、練習」
「わかってるって。あ、ニミーはどうする?」
「うん! 私も練習するー!」
エルの教えは、まず風の流れを感知することから始まる。ニウスはその教えに従い、目を閉じ、耳を澄ませた。彼の周囲を通り抜ける動きを、肌で
「――どんな感じ?」
「葉っぱが揺れてる。風はね――さわさわした感じ?」
「どこら辺が一番強く感じる?」
「膝くらいのところかな――たぶん」
「じゃぁ、ちょっとしゃがんで膝あたりに手を当てて」
ニウスは兄の指示に従って身を低くした。風が肌を
「よし、そしたら、手のひらに乗せて、渦巻きのイメージするんだ」
教わった通りに、イメージを何度も反復した。しかし、彼はいつもその先に辿り着けない。『風が渦巻く?それはいったいどんな風に?』その感覚は、今までも、そしてこれからも、掴めない気がする。
「――今日もだめだ。手のひらなんかに乗らないよ。――いつもと同じだ」
ふと気がつくと、ニウスは脚に微かな痺れを感じ、膝裏と掌が汗で湿っていた。数え切れないほどの挑戦が積み重なり、そのたびに不安が心を重くしていく。視界は徐々に曇り、気力も感覚も、絵の具に水を含ませた時のように、色が滲んで消えていくようだった。
「――どう?」
「――今日もだめだ。全然。わかんない」
「ちょっと休憩する?」
「しない――絶対しない」
声が震え、瞳が揺れる。そんなニウスの姿を見ると、エルはいつも胸の奥で言葉が絡まり、何も言えなくなってしまう。
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一方、ニミーは少し離れた場所で、黙々と雲を作る練習を続けていた。腹から聞こえてくる音が、昼時の訪れを告げた。
「――ねぇ、ニウスの調子はどう?」
「頑張ってるんだけどね――なかなか難しいみたい」
「まだ、続けそうだね。どうする? 今日はここでランチ食べる?」
「うん、ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
「おっけー! 今日は何かなー楽しみ!」
ニミーは畑を後にし、駆け足で来た道を遡った。彼女の姿が遠ざかるにつれて、エルは再びニウスに視線を戻した。
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「おーい! お昼だよー!」
太陽が
「――つーかーれーたー」
ニウスは、力を抜いて大の字に倒れ込んだ。背中を冷たい地面に
「頑張ってたねー」
「――へとへとでペコペコだよ」
「今日のランチはパニー作だよー」
「「野菜たっぷりサンドウィッチだ!!」」
「だーいせいかーい!」
ニミーが籠バッグを広げると、中から何とも食欲をそそるサンドウィッチが顔を出した。
「「「虹色だーーーー!」」」
パニーはサンドウィッチが大好きで、毎回テーマに拘りがあり、今回も見事に反映されていた。虹色に彩られたサンドウィッチは、一目見るだけで心が
さらに、ニミーはフルーツジュースの瓶を取り出した。生搾りのリンゴジュースが入っており、陽光を受けて煌めいていた。サンドウィッチを手に取り、一口かじると新鮮な野菜のシャキシャキとした食感が、口の中で絶妙な調和を奏でた。その彩り豊かな具材が口内で
「ありがとう、ニミー」
「――うまっ。ありがと!」
「パニーもありがとうー!」
「帰ったら伝えようね」
ニウスは再びサンドウィッチに夢中になり、エルは喉を鳴らしながらジュースを飲んだ。三人は食事をしながら、
---
「――ニミーは練習どうだった?」
「ちょっとだけ大きい雲ができた気がする!」
「いいなー」
「ニウスは?」
「――僕はぜんぜんだめ。才能ないんだよ。きっと」
「そうかなー?――エルは去年から飛べるようになったんだよね?」
「そう、だからニウスも今年中にはできるよ思うんだよなー」
「でも一度も、風をまーったく動かせられないんだよ? エルが飛べるようになったのは確かに去年だけど――風を動かせるようになったのは、もっと前だったよ」
エルが初めて風を掌に感じたのは、一年半程前のことだった。それまで数年間、彼は日々手を天に向け、挑戦と失敗を繰り返し、失意の日々を過ごしていた。まさに今のニウスのように。
数日前から保護していた海鳥の療養が終わったある日、エルはその海鳥をそっと天に放った。再び大空を翔けることを願い、全身全霊で祈った。
すると、エルの掌に微かな感覚が走った。何度も試みてきたが、今回は確かに違った。彼の掌で風が軽やかに舞い踊っている。海鳥はその風に乗り、エルの手から飛び立ち、天空高く舞い上がった。
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ランチを食べ終え、話題が練習の再開に移ると、ニウスの肩が落ちた。食事中だけ忘れていた
「ニウスはさ、空飛べたら何したい?」
「――え?」
「私は、風使えないから、飛べないじゃない?だから直接的なアドバイスはできないけど――私はね、おっきな雲作って、その上に乗って浮かんでみたいなー! って思いながら作ってるの!」
ニミーは、落胆するニウスの顔を覗き込み問いかけた。彼は一瞬思案を巡らせた後、答えた。
「僕は空に近づきたい。それに――」
その時、サイデンフィルたちが近づいてきた。ニウスは自然と手を伸ばし、一番近くにいたリリーに掌を差し出した。リリーはしなやかにその上に舞い降り、目を細めて満悦の表情を浮かべた。彼はリリーをそっと頭上に持ち上げ、彼の髪の上に軽やかに乗せた。羽は柔らかく、日の光を受けて淡く煌めいていた。彼の頭上で安定すると、他のサイデンフィルたちも安堵したように寄り添い、彼の周囲に親しげに集まってきた。
「――リリーたちと遊びたいんだ」
サイデンフィルは、掌に収まるほどの小鳥で、その羽毛は絹のように柔らかく、
自力では
その時、頭上にいたリリーがぴょんと肩に飛び移り、愛おしげにニウスに寄り添ってきた。リリーのおかげで、ニウスの心はわずかに軽くなった。そんな気がした。
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