ポラリスを探して
@panope
第1話
新月の夜、空には無数の星々が絨毯のように広がり、その
地面を這う苔や、古木に絡みつく藤の
その灯りは生き物の接近を感じると、波紋が広がるようにゆっくりと強まり、生物の動きを追うように光を増していく。歩くたび、広がり、そして収縮を繰り返す。歩くたび、微かに空気が
パニーとエイディは"
彼らの足元には、湿った落ち葉が地面に厚く積もっており、それを掻き分けるたびに土の生い茂る匂いが立ち込めた。パニーは慎重に手を伸ばし、小枝や落ち葉を静かにどかしていく。エイディもまた、目を忙しなく動かした。
突然、エイディが軽く枝を動かした。その瞬間、小さな虫やカエルが飛び出し、周囲に散らばった。エイディは一瞬驚きを見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、再び探し続けた。小さな動きが、彼らが探している幻贖のランプへと一歩近づいていることを示している。落ち葉の下から現れる小さな生物たちに導かれるように進む。
風が木々を揺らし、遠くで時折鳥の鳴き声が響く中、二人は進んでいった。パニーの手がふと止まり、彼女はエイディに目で合図を送った。そこには、他の植物とは異なるかすかに光る植物があった。それはまさに"幻贖のランプ"だった。
「エイディ、見つけた!」
パニーの小さなささやき声が、森の中に響いた。
エイディがその声に導かれて振り向くと、地面の落ち葉の下で静かに煌くものが目に留まった。その花びらは霧のように透明で、内部からは
エイディは慎重にその場所に近づき、パニーの隣にしゃがんだ。幻贖のランプから発せられる光は、神秘的な雰囲気をさらに加え、まるで異世界のポータルであるかのようだった。
「圧倒されるなー」
「ね、景色がね。贅沢だよね」
エイディが小声でつぶやくと、パニーはうっとりとした表情で頷いた。二人は立ち止まり、深く深く息を吸い込んだ。澄んだ空気が肺に満ち、体の隅々まで染み渡る。
幻贖のランプを発見した興奮がまだ冷めやらぬ中、二人は周囲に広がる星灯草の採取を始めることにした。パニーは小さなハサミを取り出し、エイディは布袋を開いて準備を整える。星灯草の根が次も健全に成長できるよう、ゆっくりとハサミで星灯草の根元近くを切断する。すると触れた部分から
「そういや、今日アイガ怒ってたなー」
「あー」
「原因はパニーとみてる」
「うーん、ちょっとね。会話がね、ドッチボールしちゃって」
「会話がドッチボール?......あぁ、ぶつかり合ったってことか」
「私の心は痣だらけよ」
「うぇー。痛そうだな。んで、決着は?」
「んー、たぶんお互い譲らずだから、引き分け?になるのかな」
「ふーん、次の試合あんの?」
「近日開催するしかないかなー。やだなー。また怒られるの」
「俺、観覧しよっかな」
「もちろん非公開ですけど?」
軽快な会話を続けながら作業を進めるにつれて、断続的に光が広がり、森全体が彼らに反応する。星灯草から放たれる
採取を終えたパニーとエイディは、深い森を後にして、足取りも軽やかに海の方向へと進んでいった。彼らが森を抜けるにつれて、木々が徐々にまばらになり、夜空が広がりを見せ始める。木々の間からは、波の音が聞こえ、海の存在を感じさせる塩辛い香りが空気を満たしていた。夜風が、海風が、疲れた体を包み込む。
「なぁ、パニー。......あのさ」
「ん?どした?」
「さっきの話なんだけど......」
「さっきの?」
「村を。この村をさ、......出るんだろ?」
「え?」
「試合の理由、それだろ」
パニーはエイディの予期せぬ発言に、目を丸くして彼を見つめた。エイディも彼女の瞳をじっと見返す。
「......もしかして、聞こえてた?」
「いや、今日のは内容までは聞こえてなかった。けど......。あー、わりぃ。実は前にエムスタと話してんの聞いてた。アイダあそこまで怒らせるとしたら、それだろうなって思って」
「あー、そっかー。ううん、いいよ。大正解だし」
「やっぱり、だよな」
閉ざされた空気から解放され、開放的な海岸線に出ると、パニーは深く息を吸い込んだ。彼らの目の前には、月明かりの届かない暗い海が広がっていた。しかし、遠くの地平線は星彩に照らされ、その輪郭がはっきりとしている。断続的に聞こえる穏やかな波の音が、この場所の静けさを一層際立たせていた。
「サリー」
柔らかな風が彼女の髪を優しく揺らす中、彼女は穏やかにその名を呼びかけた。その声は波音に乗って遠くまで響き渡った。呼び声が海に溶け込むと、一時的に全てが静まり返ったかのように感じられた。数息の間、ただ波音だけが二人の耳に届く。しかし、まもなくその平穏は破られ、波間から巨大な頭部がゆっくりと現れた。
それは彼らを迎えに来たスコットリスのサリーだった。サリーがその巨体を海から持ち上げる様子は、スローテンポの優雅なダンスだった。彼女はゆっくりと近づいてきて、彼らの前で静かに停止する。パニーはゆっくりとサリーの頭に手を伸ばし、その冷たく滑らかな皮膚を撫でた。サリーはそれに応えるように、軽く鼻を鳴らしてみせた。その仕草は、友情の証のようだった。
「.......。なぁ」
「あ、ちょっとまって」
二人が小舟に慎重に乗り込むと、サリーはすでに準備ができており、先頭をゆっくりと泳ぎ始めた。彼女の巨大な体が水を切る様子は、
この空の下、サリーの背中が水面から時折現れるたびに、彼女の体から反射する星の光が、彼女自身が空からこぼれ落ちた星のように見えた。エイディがパドルを静かに動かし、リズムよく水を掻く音が、夜の静けさに溶け込んでいく。パニーは小舟の端に腰掛け、サリーの動きを見守っていた。風が彼女の髪を撫で、なびかせていた。
「ごめん、それでなんだっけ?」
「.......。俺も......一緒に......連れてってくれ」
エイディとパニーの視線が重なり、海の上の時が止まる。
「え?」
「俺も一緒に連れてってくれ」
「へ?」
「だーかーらー、お・れ・も!この村から出たいんだよ!」
エイディの言葉は風に乗り、海へと力強く響き渡る。
「......!!」
「だめか?」
「......!!」
「なぁ?聞こえてるか?」
「......!!」
「おーい。......ペニー?」
彼女は言葉を失い、口をパクパクと動かしながら、困惑した表情でエイディを見つめていた。彼の揺るぎない眼差しに触れ、彼女は言葉を探し続けるしかなかった。
「......!!!!ううん!全然!だめじゃないよ!ただ...そう。ただ驚いたの!一人で行く気だったし....!」
パニーがようやく絞り出した言葉は、ひどくうろたえた響きを帯びていた。
「本当に?いや、でも、あの...外の世界だよ?大丈夫...なの?」
「正直言うと、怖いが8割」
「じゃぁ、なんで」
「でも、パニーさ、エムスタに言ったろ?この村を終わらせたくないって」
「うん...」
「俺も、終わらせたくない。そう、思った。"あの日"のこと、今でも夢に出てくるくらいにはビビってる、けど、このままじゃだめだ」
エイディは感情の赴くままに、手を強く握りしめ、熱を帯びた言葉を紡いだ。エイディの声、その想いがパニーの心を揺さぶる。
「いつか、じいちゃんたち、ばあちゃんたちが死んじまったら......。そしたら、ここには17人しか残らない。たった17人だぞ?もし、もしも、幻贖の力も途絶えちまったら?あいつらもどうなるかわからない。パニーが言ってたのはさ。そういうことだろ?」
エイディの声が、 次第に色を帯びていく。穏やかで淡い色調が、言葉が重なるごとに、濃く、強くなり、その声は情熱を携え、パニーの心を上書きしていく。
「17人じゃ、少なすぎる。近くの未来は見えるけど、もっとずっと先が見えないんだ。そうだろ?ここは、俺にとっても大事な場所だ。俺たちを救ってくれた。絶対、終わらせねぇ!......。って、そう思った」
「エイディ...」
「それだけじゃない。どうなってるかわかんねぇけど、生まれた場所に行ってみたい」
「そっか......」
「あ、勘違いすんなよ?行ってみたいだけだ。誰もいないしな。帰るのはここだ」
「うん」
「それにさ、残りの2割だけどさ、あー、パニーの言ってたケーキに、チョコレートにー、あと何だっけ、遊園地?とか行ってみたいんだ」
「覚えてたの...??」
「あったりまえ!パニー達は俺らに遠慮して外の世界のこと話さなくなったんだろうけどさ、すっげー憧れてた!」
「そっか、うん!うん!そっか、そうだよね」
「じゃぁ...!」
「一緒に行こう!」
パニーの心は今、上書きされた。
「......!!ほんとか!」
「うん、二人で行こう!エイディが来てくれたら心強いよ」
「だろ?パニー結構抜けてっから、しっかり者の俺がついててやるよ」
「急に調子づくじゃん。私も意外としっかり者だよ。エイディよりお姉さんだし」
「年だけな」
「前言撤回するよ」
「二言はなしだぞ」
「柔軟な対応でしょ」
パニーの口元にはわずかながらにやりとした笑みが浮かび、エイディに向けてひやかすように笑いかけた。
「バランとウィノナとのドッチボール頑張れ!怪我、しないようにね?」
彼女の言葉に込められた軽い挑発に、エイディは少し顔をしかめると、やや嫌そうに目を細めた。
夜の風が冷たいながらも心地よく、パニーはエイディの隣で深く息を吸い込んだ。引き寄せられるよう、水上に浮かぶ集落へと近づいていった。
この集落は大小さまざまな
海上の風が彼らの顔を撫で、ゆったりとした波が舟を軽く揺らした。彼らが進むにつれて、水のたたく音に交じってほんのわずかに薬草の香りが漂ってきた。やがて、二人は村の端に設けられた桟橋に舟をつけた。
パニーは小舟からそっと降り、桟橋に足をつけた。エイディも彼女の後に続き、辺りを見回した。薬草室から漏れる灯りが、二人の姿を静かに照らしていた。サリーは、パニーとエイディが桟橋に舟をロープで固定したのを見届けると、その体を静かに海面に浮かべたまま、二人の言葉を待っていた。海が彼女の周囲を暗く、穏やかに包み込んでいる中で、彼女の目は、夜空の星のように煌めいていた。
「サリー、送迎ありがとう」
「ありがとう。おやすみ、サリー。またね」
サリーは彼らの言葉に穏やかに頭を上下に動かし、ゆっくりと海へと身を沈めていった。海面が彼女の体を受け入れると、彼女の姿は徐々に波間に溶け込んでいき、やがて水中に消えていった。
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