田吾作さんと犬

椛猫ススキ

第1話田吾作さん

 田吾作さんの話をしようと思う。

彼は何年も前にお亡くなりになっている。

もちろん仮名だ。

 田吾作さんは大正生まれで、私の嫌いな言葉の貧乏人の子だくさんの家族の七男だった。

 戦争で食うに食えずでがりがりだった田吾作さんはいつしかこう思っていた。

デブは金持ちの証である、と。

あのたるんだ腹がうらやましくてたまらなかった。

当時は太りたくても太れないのだ。

食料が無さ過ぎて、食べたくても食べられないのだ。

彼はつねに飢えていた。

その結果、太っていることは富の象徴である、とまで達していた。

極論である。

 成人した田吾作さんは見合いをし子供が生まれた。

長男、太一郎(仮名)だ。

ここまではいい。

それから数年後、長女が生まれた。

太美子(仮名)と勝手に名付け親戚巻き込んでの大喧嘩となった。

田吾作さんの言い分は太るという言葉は金持ちの証である、よって金があって美しいならいいだろう。

もちろん、嫁もこれには黙っていなかった。

女の子に太るとはひどすぎる。このこは学校に行ったらいじめられる。

揉めに揉めたがもう役場が受付してしまっているので田吾作さんの一人勝ちであった。

 まあ、案の定豚美人というあだ名付けられて泣く娘に太ることの良さを語って嫌われたりもしたが田吾作さんは己の信念を変えなかった。

だって、太ることが出来るのは金持ちなんだから。

 そんな田吾作さんは私のことも大好きだった。

理由は決まっている。

私がデブだからだ。

私は若いころから婦人科系の病気を患っており、その薬をずっと服用しているのだがその副作用が太ることなのだ。

もうダイエットなんて無意味なくらいぶくぶく太り、あっという間にデブ好きにマークされてしまった。

仕方なし…とは言いたくないが副作用なのだ。

とほほ。

「うんうん、ススキちゃん。いいね。太るのはいいことだからもっとぱつんぱつんになってもいいんだよ」

 怖いことを平気でいうんだよ、このひと。

副作用だからね、痩せられないんだよ。

 それから、年月がたち奥さんを病気で亡くした田吾作さんはずっと一人暮らしだった。

長男の太一郎さんも長女の太美子さんも一緒に暮らそうと何度も説得した。

しかし、田吾作さんの応えは決まっていた。

「一緒に住んで嫌われてお荷物になるより、離れて暮らしてじいじ大好きって言われる方がいいさね。俺がどうにかなったら犬だけ頼むよ」

 田吾作さんは家族にとても好かれていたのはこういう思いやりがあったからだろう。

同居となればどちらかの家族に負担をかけてしまう。

それが嫌だったのだろう。

田吾作さんは優しい人だった。

デブ専てことを除けば。


これからは田吾作さんと犬たちのエピソードを語っていきたいと思う。

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