アウトサイダー
推炭修
夢
十五の歳を迎えてから、よく夢を見るようになった。恐ろしい怪物が出てきてこちらを殺しに来るような、そんなうなされるような悪夢ではなく、子供が見るような脈絡が破綻した夢でもない、美術館のような夢。
なにも知らないで居られた頃の、淡い夢。
◇◇◇
「ゆうえん、はやくはやくー!」
「うえぇ……ちょっと休もうよ……へとへとなんだけど……」
「女の子より体力ないって信じらんないんだけどー、なんのために鍛練してるの?」
「ぐっ……いや、もう少ししたら今にだってムキムキに……」
「はいはい、そういうのはいーから。ちょっと休んだら、すぐに出発ね?」
「うへぇ…」
透き通るような青空の下、緑が眩しい草原の上。小高い丘の頂上、木陰の中で少年と少女が身を寄せ合っていた。一人は黒髪赤目の少年、もう一人は紫がかった白髪の少女。二人とも半袖とショートパンツに白のワンピースと、夏の装いに身を包んでいた。
ひんやりとした風が地面の輪郭をなぞっていく。何も言葉を交わさず過ぎる時間を断つようにあ、あのね、と少女は少年に顔を向ける。少女は麦わら帽子を抑えながら、はにかんだ顔と心なしか小さくなった声で続ける。
「いつか大きくなって、大人になったら……結婚しよ?」
「ほんと?」
明るい声でそう少年が聞く。それを聞いて少女もうれしそうに話し始める。
「ほんと!私とゆうえんは素敵なお姫様と王子様になって……あ、そのときにはちゃんと強くなっててよ?私をねらう悪者から、お姫様をまもれるくらいには」
天真爛漫な小さいお姫様がそう言った。少年は目をぱちくりとさせ、その後にうん、と大きく頷いた。
「ましろは僕がまもる。一生、ずっと」
「えっへへ……約束だよ?」
太陽に負けない程の眩しい笑顔を少女が見せる。つられて少年も笑顔を見せる。自然と触れていた指先が交じり合い、絡み合った。
それで、この夢は終わる。
「
「《極夜》のガキも居るぞ!」
少年達に向かって駆けてくる軍服姿の大人が三人。襟元の太陽に似た五芒星の軍章。《
「……にげよう」
「え、でも……」
「いいから、はやく!」
少女の鬼気迫る声に気圧されて転びそうにながらも少年は少女と走り出す。少女と手をつないだままの少年の頭は疑問で埋め尽くされていた。
なぜ彼女は探されているのだろう。
なぜ追われなければいけないのだろう。
なぜ逃げなければいけないのだろう。
なぜ、なぜ。
答えなんてない少年の脳内を問いが駆け巡るより前に後ろから足音が迫り、怪物のように大きな手が少年の華奢な肩を鷲掴みにした。
大人に強い力で後ろに引っ張られ、少年は背中を思い切り強打する。そこにすかさず蹴りが入れられ、彼の視界が白く弾けた。永遠に感じられた一瞬の空白が終わり、じんわりとえぐるように広がる痛みが彼の体をくの字に曲げさせる。地面を掻きむしり痛みを紛らわしている間にも、大人たちは容赦無く背中に蹴りを入れ続ける。蹴りを入れられた箇所から生暖かい血が体内に染み出す。
ごき、と肋骨が折れる音がする。呼吸するのもつらくなり、浅い呼吸を何度も繰り返す。
「お前が連れて行ったんだろ!!」
「
「最初から《
抵抗すらしなくなった少年に、大人たちは罵声と暴力を浴びせ続ける。すぐ近くでやめて、違うの、と少女はかすれた、うめき声にも似た悲鳴をあげるが誰も耳を貸さない。最後に少年の肩を蹴飛ばして仰向けにし、大人は吐き捨てるように言った。
「クズはクズらしく、おとなしく生きてりゃいいんだよ、分かったか」
歪んだレンズのような視界の端で少女が大人たちに連れていかれるのを少年は見た。少女は静かに涙を流しながら少年の方を見やり、大人たちには聞こえない程小さく悲しみに満ちた声で彼女自身を責め立てた。
「………ごめんなさい、ごめんなさい」
「……もっと」
「もっと、私に、私が、強かったら………」
いい、強くならなくていい。僕がまもるってさっき言ったから。だから、だから。
少女のために呟いた彼の言葉を、風だけが聞いていた。
◇◇◇
子どもの頃の夢が大人になって脆い幻想だと知るのはよくある事だ。ただ自分の場合はそれがいささか早かっただけで、いつかは知ることになっただろう。
最初から『なぜ』などという問いすら存在しなかったのだと。
遠い遠い、昔のこと。自分が生まれるよりずっと昔のこと。
六芒星は欠け、五芒星となった。
白夜から極夜が生まれた。
その瞬間から、それぞれの未来は決まっていた。
天使。
《寵愛》。
条約。
《約束》。
神。
《楽園》。
人間。
『
『
様々な要素が絡み合い、交じり、破綻しながら、物語は紡がれていく。だからこの物語は、幸せな結末で終わらない。
これは、破滅の物語。結末が確定された筋書き《うんめい》にどれだけ抗ったかの物語。
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