A・C・H――エンシェント・カラミティ・ヒューマン―― 異世界最強生物人間/怪物黎期アポカリプス
チモ吉
第1話 プロローグ
目が覚めると僕は見覚えのない川のほとりに立っていた。
周りには大勢の顔の見えないチビッ子たち。どうやら石を積んで遊んでいるみたいだ。皆が皆自分の正面に石を高く積もうと頑張っている。
「うーん。賽の河原?」
呟いてみる。仏教系のあの世の入り口に似たこの場所は、仮にそれが正しいのなら僕が死んだということを意味している。
死んだ覚えなんてこれっぽっちもないんだけど。
川沿いを歩いてみる。大勢の人とすれ違った。多くはお年寄りで、何人かは若い大人の人。僕くらいの年齢のは全然というか全くいない。多分十代は僕だけだ。
川には船が沢山浮かんでいて、結構な激流だって言うのにぷかぷかとのん気な様子。その船に人々は楽し気な、というか随分とリラックスした様子で入っていく。
僕は船が嫌いだ。めちゃ酔うからね。車も飛行機も平気だけど船だけめちゃくちゃ酔う。
あんなの人が扱うようなモノじゃない。それどころかこの世に存在してはいけない乗り物だ。僕がもう少しだけファンキーな性格だったら世界中の船という船を燃やして回っていたくらいに僕は船が大嫌いだ。
「これまた随分と穏やかな心象っすね。若者にしては珍しい、けどまぁ出身が出身っすからね、こっちもラクで助かるっすよ」
僕が目の前の船を燃やしてやろうか悩んでいると、背後から声。
振り返るとそこにはちびっこい影法師のような、真っ黒の人がいた。
「やぁ、はじめまして。ところでここってどこ? いやぁ、変な質問だとは思うんだけどこんな所来たのは初めてでさ。それどころか来た覚えもないんだぜ」
「自分見た第一声がそれっすか。割と見た目に言及してくる人が多いんすけどね」
「外見って、その真っ黒な姿のことかい? 嫌だなぁ、最近の世情に疎いって。見た目で人を判断したり差別をしたりって良くないコトなんだぜ。だから僕らはカッコいいイケメンや可愛い女の子と頭がハエにしか見えない化け物を同列に扱う義務があるんだ。気持ち悪くて気味が悪いなんて、ただそれだけで差別するなんて、そいつ自身の程度が知れるよ。ところで、キミ最高に黒いね!」
「一瞬で矛盾するようなことを言うなっす」
小さくて黒いそいつは僕の言葉につれない言葉を返す。
「んっ、んんっ。まぁ自分の外見はどうでもいいっす。質問に答えるっすよ、仕事っすから。ここはあの世っす、百山ミゲル。お前は死んだっすよ」
「へぇ、僕ってやっぱ死んだんだ」
百山ミゲルこと僕はそうのん気な声で呟いた。
「やけに軽いっすね」
「そりゃあ軽いよ、だって死んだ実感がないからね。それとも泣き叫んだ方が良かったりする? 面倒な学校や数年後には顔も合わせなくなるくせに煩わしい人間関係、それにどうなるかも分からない不安定な将来が僕の腕の中から消えてしまったって嘆いた方がいいかな?」
「お前面倒くさいヤツっすね」
「よく言われるよ。いや、よく言われた、と言い換えるべきだね。なにせ僕は死んだんだから」
「どうでもいいっすから説明を続けるっすよ。ここは厳密にはあの世の入り口っす。まだ本格的なあの世じゃないっす。んでもってこの風景は死者のメンタルケアのために本人がイメージするあの世の入り口に近いものに設定されてるっす。この感じからして仏教交じりっすかね、賽の河原にしてはほのぼのっすけど」
「へぇ、ホントに賽の河原なんだ。えっ、イメージ? つまりこの川もこの河原もあの船も、子どもから大人まで僕のイメージ? 実在しないってこと?」
「そういうことっす」
「だったらいいや、早速あの船を燃やしてこよう! 僕は船ってものが存在しているという事実に生前から遺憾に思っていたんだ! あんなものは存在していちゃいけない!」
「……ヤベーヤツに当たっちまったっすかね、これ」
「おいおい、ヤベーヤツってのは誰のことだよ。ここにはキミと僕しかいないじゃないか」
「だったら誰のことか分かるじゃないっすか」
話が進まないっす、と影法師は言うと強引に続けた。
「百山ミゲル。享年十六歳。死因は……あー、本人には言えないことになってるっす。自分の死の記憶ってのはめちゃストレスっすからね、年をとって覚悟が出来た者以外の死の記憶はこれもメンタルケアのために封印されることになってるっす。だから自分に聞かれても答えられないっすよ。自分これ仕事っすから」
「仕事って、あの世の案内人みたいな?」
「そんなところっすね」
「これから僕ってどうなるのさ? 輪廻転生みたいな感じで赤ちゃんからやり直し? もしそうならとびっきり美人で僕のこと甘やかしてくれる姉と妹がいる家がいいなぁ。今世じゃ男ばっかの家だっだし。あっ、今世じゃなくってもう前世か」
「姉はともかく妹がいる家に生まれるのは論理的に不可能っすよ」
「ちぇ」
「それにそのままお前を地球に生まれ変わらせるのは無理っすよ」
「そりゃまたどうして。あれかな、ここって煉獄的なところで罪を清めるキリシタンなあの世な訳? それともヴァルハラみたいな楽園が待ってる? 日本じゃ僕の年齢って一応まだ子どもだし、ここで石を積まなきゃいけない?」
「どれも違うっす」
考えられる限りの死んだ後を言ってみたけど、どうやらどれも不正解だったみたいだ。そりゃそうか、あの世学みたいな授業は受けたことがないからね。
「それじゃあ僕はどうなるのさ、ここがあの世の入り口なのはさっき聞いたけど、ってことは本格的なあの世、本場のあの世みたいな場所があるってことだろ?」
本格的も本場もあの世にはない気もするけれど。
それどころか、僕はあの世という場所を微塵も理解していないのだけれど。
というか、あの世という呼び方は果たして適切なのだろうか。あの、というのは遠方を示す言葉だ。であれば死んだ今現在においてはあの世というのはかつてのこの世、生前であり死後の世界こそこの世なのではないだろうか。
なんて、言葉遊びに過ぎないけれど。あの世とこの世。
「そうっすね。天国的な場所と地獄的な場所、それと輪廻転生コース。あの世の本場、と言っていいのかは分からねえっすけど、そういう場所があるっす。でもお前はどこにも行けねえっす」
「なんでさ。僕がヤベーヤツだから? 差別するなよな、ヤベーヤツにも人権があるんだぜ」
「そういうんじゃねぇっす。……マジで説明が終わんねーっすから端的に言うっすよ。お前は生前に未練がありまくるっす。だから肉体的に死んでいても魂が死にきれていないんす。言うなれば文字通り死んでも死にきれないってやつっす」
「未練、未練かぁ。なんだろ、読んでた漫画ほとんど完結してないしゲームも途中のやつあるしそういうのかな」
「そんなくだらねーことが未練になっていたらあの世は半死半生のゾンビだらけになるっすよ。ともかく未練っす、自覚無自覚問わずお前は生前に未練が強すぎて本格的なあの世に入れないんす。生きている感が強すぎるっすから」
「生きている感って……」
「そういう結界みたいなのがあるんすよ。なかったら生きている人間が迷い込んだ時に本当に死ぬっすから必要なセーフティなんす」
「あの世に迷い込む人なんていないでしょ……」
とはいえ、だったら僕はどうなるのだろうか。
この入り口で一生――死んでいるのに一生なんて表現も不思議だけれど――このまま、なんてことは困る。暇すぎてもう一回くらい死ぬかもしれない。
「船を燃やすくらいしかすることがないしなぁ」
「どうしてそこまで船を燃やしたがるんすか……」
呆れたという声でため息を吐かれてしまった。
「地球の日本なんて恵まれた環境で若くに死ぬようなアンタをまた赤ちゃんからなんて、ちゃんと生き残れるか信用できねーっす。アンタはもっとずっと人間が生き残りやすい世界に送ってやるっすよ。それが自分の仕事っすから」
「……ん? つまりそれって」
「俗に言う異世界転生ってヤツっす。流行ってるんすよね確か」
どこから取り出したのか、影法師はドデカいハンマーを振りかぶると。
おいおい、おいおいおい……ちょっと待ってくれよ。
「アンタが死にきれるように転生サポートするのが自分の仕事っす。近い年齢の体、記憶の引継ぎ、そんでもってこれは特別っすけど現地の言語なんかはサービスしとくっす。人間に有利な世界っすからこの世界でそれだけあればアンタでも十分やっていけるっすよきっと。生まれ変わったらあとは自分で頑張るっすよ」
ぐしゃり。
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