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 頭の中で機械音声が発する言葉が回る。この感覚は久しぶりだ。期間を具体的に言うと、異世界から戻った数日後なので2、3年前と言ったところだろうか。


 自分の体が自分の体でなくなるようで、毎度のこの感覚は気持ち悪い。それもあり、できるだけ吸血鬼の力には頼りたくなかった。この力は世界を不幸にする。


『根源への接続、安定。行動に支障の出る恐れがある傷、完治。器としての完成、失敗。障害の排除の為、不完全体のまま真祖として自動執行を開始します』


 自分の意思とは関係なく、自分を囲んでいた紅い光がアハトの周りに立っていた3人の中の1人を覆う。同時に自身の力がどんどん膨れ上がっていくのを感じる。


 数秒後、力の源は限界まで吸い取ったと判断したのか、取り込んでいた1人を吐き出す。吐き出された後の姿は血色が悪く、痩せ細っているがまだ生きており命令に従うため立ちあがろうとしていた。


 残りの仲間2人はそれを見ても驚きを見せず、それどころか最初の位置から微動だにしていない。見張るという命令しか下されていないが故に、こちら側からの攻撃に対しての反抗はしてこないのだろう。


 既に体はこの戦いが始まった時よりも調子は良い。それどころか今なら数人がかりで襲ってきたとしても、逆に押し勝てる自信まである。自分の意思で体を動かす事はできないのだが。


「おい、何も起こっていないが一体……って何やってんだお前ら!」


 当然、今その場にいる者は返事ができる状況にないので誰も答えない。代わりに答えは紅い光が示す。紅い光は現れた迷惑客に向けて勢い良く伸びる。


「なんだなんだこの光は。おいクズ野郎!火の玉でこの怪しげな光打ち消して俺を守れ」


「うるせぇな、お前の言霊それで命令されなくてもやってるよ」


 路地を挟む片方の家の上から火の玉が降り注ぐ。降り注いだ火の玉は迷惑客や操られている一般人を除いて、器用に伸びている紅い光とクロ本人の元へとだけ狙われている。


 伸ばされていた光は火の玉が当たる事で、それ以上伸びずに音もなく火の玉と打ち消し合う。しかし、地面が少し焦げる程度の威力では今のクロ本体を殺すどころか、傷を与える事すらできはしない。


 紅い光渦巻く本体に当たった火の玉は、花火が弾けるような音と共に小規模な爆発を起こす。当たったところから白い煙は立っているが、紅い光そのものには目立った外傷はない。


 それを見て、自分の異能が容易く打ち破られた事への苛立ちの声が上から響き渡る。


「再生の光なんじゃなかったのかあの赤い光は!クロあいつの異能はただの再生だから女さえ抑えればなんとかなる。そういう話だっただろ!」


「黙れ!お前は黙って上から火の玉を撃ち続けておけ!」


 これも命令の内だったのだろう。迷惑客がそう言うと上からの怒声はなくなり、代わりに火の玉が雨のように絶えず降り注ぎ始める。


『人型を保つ事で力の安定化を確認。形成を優先。敵の分析、完了。根源からの支援なしでの対応可。人型を保ちつつ、最低限の力の行使で早期決着を執行します』


 クロを取り巻く紅い光の形は球から人型へと変化する。人型とは言っても顔や服を着ていたりする訳ではなく、ただ紅い光がのっぺらぼうを作り出したと表現した方が正しい。


 どちらが前で、どちらが後ろかもわからないが腕を迷惑客の方に向けたのでそちらが前だと言うことが辛うじてわかる。


 腕から指へ、真っ直ぐ伸ばした指先に力が集まる。人型になった事で精密操作が可能になった力の本流、その一部を指先へ。


「お前達、何をボーッとしてる!早くそいつを止めろ」


 視認できるほど大きな玉になった所で、火を受け無傷だった事で、放心状態になっていた迷惑客が残っていた一般人に命令を下す。


 止めろと言う大雑把な命令で、まともに動いてくるとは思わなかったが意外にも全員の動きは俊敏だ。一瞬の内に武器を構え直し、囲む形で武器を振り下ろす。


 それを許したところで傷つくはずもないが、執行人はそれすらも許さないらしい。指先に溜められていた力の塊は、一度指先と同じ大きさまで凝縮されたかと思うと、次の瞬間には一気に破裂を起こす。


 破裂して飛び散った紅い塊は、上下左右の壁や地面にあらゆるところをヘコませる。そのまま武器を振り下ろす為に飛び上がっていた一般人の腕を全員撃ち抜く。


 そのまま迷惑客も撃ち抜いて欲しかったところだが、火の玉が邪魔をする事で躱したので、迷惑客の情けない声を聞く事ができただけだった。


「なんだって一体こんな事に。そうだ、お、俺はあの方にこの事を報告しなければ。お前らそこから全員動くなよ」


 元々、体の自由が効かない状況なので感覚としてはわからないが、追撃しようとしないので言霊に引っかかっているらしい。自動で執行するとかなんとか言っていたが、自分自身の事でありながら他人事のようにそれが恥ずかしく思えてくる。


 『それが力を貸してもらっている者の態度?本当に君はどうしようもなく終わっているわね』


 頭の中に響く女性の声。力を使いたくなかった理由のひとつ。異世界から帰ってきたのに、もう思い出したくもなかった過去。


「エリザベス・トゥーリー……」

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