和解したら終わりのラブコメ

筆名

【プロローグ】「最初のピース」

 「ピッ ピピッ ピピッ ピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピ……」

 いつも通りの朝、いつも通りの電子音が、いつも通り俺たちを起こす。

 昨日開けっぱなしで寝たカーテンからの光は、しかしどうやら今日は俺に届かなかったらしい。ふっ、雑魚め。

 学生諸君とは違い、高校入学と共に俺は両親から「別居令」を言い渡された。そうは言っても別に家庭環境が複雑だとかそういうのではなく、曰く「親心と家事の面倒臭さを学べ、あと一人で生き抜く術もな」とのこと。何の事か分からずに撫子のことちゃんと見ながらした生返事で、まさかこんなことになるとは。げに同意というのは恐ろしい。

 だが、今となっては、仕送りが思いのほか多くて驚いたのも、親の顔が恋しくなったのも、家事スキルを少し身につけたのも結果的に良かったと思っている。くそう、泣かせやがって。長生きしろよなまったく。

 しかしまあ、考えてみりゃ、こんだけ日が照ってるのによく寝られてたよな。そうか! 俺が強過ぎるだけで、お前は弱くはねぇんだわ。雑魚って言ってごめんな、日光。

 ともかく、六月という梅雨のシーズンに加えて昨晩は今年うん十回目だかの熱帯夜で、快適な睡眠にとっての最悪のコラボが実現しちまった。四倍弱点、効果は抜群だ! 俺は寝汗をかいた。

 昨今世間で騒いでいる地球温暖化は、どうやら俺の寝巻きをグッショリにするくらいにまで進行していたらしい。各国首脳には、是非なるべくできるだけ可及的実現可能な範囲で早く対応策を講じてほしいものだ。例えば、俺の部屋に税金でクーラーをあと五台くらい設置するとか。各家庭に一本ずつメロンバーを配るとか……って、スイカバーじゃねえのかよ!

 一人でボケて自分でツッコむ。関西人の魂と陰キャの得意技が融合した、もの悲しくされど愉快な俺の日常だ。

 まあ、スイカバー=メロンバー戦争(漢字で書くと西甜戦争。棒は気分で付けとけ)なんざどうでもいい。さっさと朝飯食って学校行かねば。はぁ〜あ、学校か。鬱。

 中間試験が終わってすぐの月曜だというのに学校に行かねばならない我が身を憂いつつ、横に手を伸ばして目覚まし時計を止めようとした。

 批判に先んじて弁明をさせてほしい。この俺、鏑木強かぶらぎ つよしは、天地神明に誓ってセクハラ犯でもないし、見てくれだけはいい性悪女の寝顔に欲情してもいない。

 あえて、結果だけを端的に誤解を恐れずに言おう。俺の右手は目覚まし時計に到達せずに、その手前に寝ていた腹黒女の下腹部をさすっただけだった。

 何度でも言おう、わざとでは無い。俺は寝ぼけていたんだ。新学期が始まる二日前から俺ん家に転がり込んできた、俺のルームメイトを自称する女(補足しておくが、俺が住んでいるのは学校からほど近いだけ単身向けアパートだ。断じて複数人が棲むことを想定した、手広なシェアハウスなどでは無い)のことなど、綺麗さっぱり忘れられる程度には。

 「んっ……んんっ……いま……なんじぃ…………………………って、ふぇぇえええええ! あ、あんた、どこ触ってんのよッ‼︎」

 目覚まし時計のアラームでは起きなかった癖に身体に軽く触られただけで目を覚ます自称「(流行に)敏感な女」は、なんと野蛮なことに俺を殴った。まごうことなきグーで、こいつを仮住まいさせてやってる俺の顔面を。しかし、バーバリアンのこいつとは違って紳士な俺は「いってぇなこのアマ!」と怒鳴る事もせずに笑顔で一言。

 「ナイスおっぱい!」

 なぜかこいつ、寝るときにナイトブラ(というのが正しいのかは知らないが)着けてねーんだよな。まー、なに、だからそのつまり、こいつの人格とは裏腹に豊かに育った(と思う)胸が揺れる揺れる。いやむしろ、これはこいつが見せつけているのだと解釈すれば、俺は一人の男として正しいことをした。したはず、なんて言って保険を掛けないあたり、俺の男らしさが垣間見える。カッコ良い俺ちょうカッコ良い。

 「ピピピピピピピピピピピピ――ガンッ」

 ほら、その証拠にこいつも、さっきからうるさかった時計を止めてくれたぜ。拳でだけど。いやー、やっぱどんだけ馬鹿で愚かだったとしても、こいつだって人の子なんだな。やば、なんかうるってしてきた。やっぱ、これが人の持つ「温かさ」ってやつなんだなあ(しみじみ)。じゃあ、俺も誠意を持って返さなくちゃな。おっと、まずは布団から出なければ(しぶしぶ)。

 「よっと。やー、お前ってもしかして、前世ではいい奴だったのかもな。え、ちょま。何でこっち向くんだよ 照れ臭――ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお」

そうして、結局俺の股間を蹴り上げたアマゾネス――水無月牡丹みなづき ぼたんの勝利で今日という日は始まった。

 六月十一日(月曜日)ののどかな朝の事である。

 最後に、もう一度だけ言わせてもらおう。俺俺俺俺(つまりは全俺)に誓って、これは恋ではない。これは、この物語は、俺たちの愛にまつわる物語だから。

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