第11話 生活の救世主
マルが嘘をついている様には思えない。少なくとも魔族側ではそういう認識なのだろう。
「なら、魔族は何のために? 別にそれを教える為にというわけではないのだろう?」
「教えるつもりがない訳じゃない。メリットは色々あるからな……だが、本来の目的は違う。なぜならヒューマンより五年も前にミサキ様はこの世界に来て文字や文化を学びはじめている」
だから安暮は普通に就職していたのか?
「それだと魔族も?」
「マル達は公にしない方がいいと判断していたのだ。こちらの世界にも均衡はあり、それらを壊す事は良しとしない。あくまで知識を持ち帰る事で、ヒューマンに対抗する事を考えていたのだ」
「だから安暮が?」
「他にも来てはいたのだが、持ち帰った情報からミサキ様は自身で見て学ぶ必要があるのだと考えたのだ」
魔族は比較的保守的な考え方なのだろうか?
「なら今は? ヒューマンが来てしまって大々的に動いている状況でどうするつもりなんだよ?」
「今は幸いにも魔族が来ていた事はバレていない。現状身元不明な存在などを国家機関に頼み探している様子だが、彼等より先に来ていたミサキ様はバレる事はない」
「ならマルは?」
「だからミサキ様に怒られて田中の家に来ている」
つまりは、工作する事は可能だがバレない様にマルを置く為には時間が必要という事なのか……。
「心配するな、ミサキ様にに任せておけは問題はない」
「そうなのか?」
「歴代最高の天才だからな?」
そうは見えなかったのだが、マルが信頼しているという事だけは理解した。
「田中、風呂が沸いたぞ?」
「マルが先に入れよ」
「従者が先に入る訳ないだろう。なんならマルは流し終えた後に掃除ついでに汗を流す」
「普通に風呂にはいれよ!」
頑なに先に入る事を拒んだので、仕方なく俺は先に入る事にする。ほとんど知らない男の後に入るのは嫌かと思ったがそんなレベルの話では無いらしい。
「……で、なんでお前は掃除の格好で入ってくるんだよ」
「主人を洗うのは従者の勤めだぞ?」
「それで服は着ているわけね……ってそんなのいいから、俺裸だよ? 恥ずかしいだろ!」
「全く、田中は分かっておらんな」
断っても出る様子はなく、何故かドヤ顔だ。薄いTシャツとカボチャパンツみたいなものは履いている事もあり、そこまで言うなら背中位は流してもらう事にする。
だが……思っていた以上に彼女のレベルは高かった。絶妙な手加減でマッサージしながらふわふわの泡で頭から順に洗って行く。顔を撫でられた位にしか感じないのに、生えかけの髭も剃られている。
「頭もスッキリして気持ちいい……」
「主人の体調管理も従者の仕事だからな」
そのまま、肩、腕、背中と整体師顔負けの技術で指圧とストレッチを加えていき、彼女に身を任せるだけでみるみるうちに身体が軽くなって行くのがわかった。
「マル、凄いな!」
「これが一番の従者の実力なのだよ……だがマルは男の対応はした事がない、コレはどうすればいいのだ?」
そこまで言うと俺のイチモツを持ち上げ動きが止まる。
「いやいや、それはいいから!」
「とりあえず汚れを落としておくから、何かあれば言ってくれれば対応する」
少し大きくなりながらも、小さな女の子にケツの穴まで洗われてしまうという辱めを受けてしまった。安暮は毎回コレを受けているのか?
そう思いながらも俺は、クオリティーの高い彼女の仕事ぶりの虜になっていく。そして、口は悪いが意外と彼女は物凄く優しいのだ。
「タオルを準備しておくから、しっかりあたたまるのだぞ?」
風呂から上がり、もちろん脱水から乾燥までしっかりと行われていく。寝巻きを着た時の爽快感が今まで感じた事がないほどにあった。
「マル〜」
「何だ田中、この程度で心を掴まれてしまったか?」
「色々とすごすぎるのだけど……」
「マルを連れて帰って良かっただろう?」
「それはもう……本当に」
だが、俺はマルにも普通に生活してもらいたい。
「マルも、そのまま風呂にはいれよ」
「それなのだが、そのまま来てしまった為着替えがないのだ……」
「明日買いに行くとして、今日は風呂場で洗って魔法で乾かせばいいだろ?」
「そんな高難易度の魔法がマルに使える訳ないだろ?」
「あれって高難易度なのか?」
「ものを乾かすには風、火、水と幾つかの魔法を複合的に使う必要があるのだ。そんな魔法、ミサキ様くらいしか使える代物じゃない」
「そんな高レベルなんだな……」
ふと俺は、伸縮性の高いボクサーブリーフを持っている事を思い出す。
「嫌じゃなければこれとTシャツを貸してやるよ?」
「田中のサイズでは……おお、不思議な生地だな」
「コレならマルでもフィットするだろ?」
「なら使わせてもらう」
彼女が風呂に入っている間に、俺は寝る場所をどうするか考えていた。ベッドを使えと言った所で絶対に使うタイプではない。かと言って一緒に寝る事もないだろう。
「さて……どうするか」
悩んだ末に結局何も思い浮かばず、あっという間にマルは上がってきてしまった。
「田中……」
そう呟くマルの手には彼女が着ていた服が畳まれている。
「洗面台でコレを洗わせてはくれないか? 従者が臭いというのは主人の品位を落としかねない」
「普通に洗濯機つかえよ? マルの事だから気にしているのは逆なんだろ?」
「逆……とは?」
「普通はパパの洗濯物と一緒に洗わないで! というのがマルくらいの女の子がよく言うセリフだ。俺は別にお前の洗濯物が汚いとか品位を落とすとか思ってないから文明の力を活用してくれ! 水道代も浮くしな!」
「そう、言うのなら……」
すると、彼女はまるで慣れているかの様に洗濯機を回して浴室乾燥の準備をした。
「絶対コイツの方が安暮より仕事出来るだろ……」
部屋でくつろぎながら寝室問題を考えているうちに、さすがと言うか、気がつくと彼女は洗濯物まで干し終えており意外にもあっさりと布団に入っていた。
そこは物分かりがいいのかと考えた矢先、予想の斜め上の言葉が飛んできた。
「今日はそこまで寒くはないからこのくらいでいいのではないか?」
「布団を温めてたのか?」
「そうだ。後はマルで調整するといい」
「ん?」
「体温の調節が可能だ。暑ければ言ってくれ」
まさか抱き枕的な立ち位置に来るとは全く予想をしていなかった。それ以前にマルはそれでいいのだろうか?
「なんだ? マルの事は別に嫌では無いのだろう?」
そういう問題じゃねぇんだよっ!
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