3.共生

 それから、イカゲソくんとの奇妙な共同生活が始まった。侵略しに来たわりに、イカゲソくん自体はゆるキャラ的な無害さだ。それに数日経った頃から、オレが仕事中に洗濯や掃除をしてくれるようになった。


 先日はフライパンに自らの触手を入れて焼くふりをしながら


「『ごんぎつね』からインスパイアを受けました」


 などと食欲がすっかり失せる不謹慎ギャグを飛ばすので料理はやめさせた。そもそもオレは外食好きで、このフライパンを置いて行ったのは元カノだ。


 それにしても入浴剤といい、バケツといい、フライパンといいどうやってオレの部屋から欲しいものをピンポイントで探し出せるんだろう。エイリアン怖い。


 


「ただいま〜」


 部屋が暗い。返事がないので、イカゲソくんはまた水風呂にでも浸かっているのだろう。オレは片手を下駄箱について靴を脱ぐ。そして、前傾姿勢から顔をあげた瞬間……。


 ドンッ! 顔に何かが落ちてきた。衝撃で後ろに倒れ込む。玄関扉に背中と後頭部をいささか打ちつけた。


「フゴッ……!?」


 ヌメヌメした物体に顔を覆われて、息苦しくてパニックになる。オレは生命の危機に、無我夢中で顔から引き剥がし、床に投げ捨てた。


「はぁはぁ……死ぬかと思った……マジで……何」


 乱れた呼吸を落ち着けてから、床の物体Xを確認した。


 …………。


 オレを襲ったのは、イカゲソくんだった。陽気に片腕ならぬ一本の触手をうねうねさせている。


「『エイリアン』からインスパイアを受け、帰宅時の余興を考えてみました。いやはや、リドリー・スコット氏の想像力は素晴らしい。我々宇宙人としても見習うべきものがあります」


 なぜか得意げである。オレは問答無用で「フェイスハガーごっこ禁止」を言い渡した。すると、イカゲソくんは不服そうにオレから大きな黒目をそらし、ボソリとつぶやいた。


「……クックック……すでに卵は……なんてね」


 うねうね。ヌメっと光る。やっぱり、危険な生物な気がしてきた。オレの身体、エイリアンの卵、産みつけられちゃったのかもしれない。



 風呂からあがると、イカゲソくんは勝手に本棚から漫画を取り出して読んでいた。ちゃんとコミックが濡れないようにゴム手袋を触手にハメているので、怒るに怒れない。


 しかも読んでるのは『寄生獣』だった。やはり、オレの身体を乗っ取ろうとしてるんじゃないか。怖い。


「おい、寄生獣ごっこは禁止だからな」


 先に釘をさす。前屈みに身体を折って三角形を模しつつ、一本の触手をあげて、すでにミギーの真似をする気満々だったイカゲソくんは渋々と態勢を戻した。


「私のボディもキャラクターボイスを平野綾さんにすればよかったです。そしたら、ミギーのように愛すべきエイリアンになれたのに……残念無念。そして、あなたの声を杉田智和氏に変更すれば……ッ!!」


 原作コミックだけでなく、『寄生獣』のアニメ版まで履修済なようだ。しかも、床には『涼宮ハルヒの憂鬱』も転がっていた。むしろ実家から持ってきていた自分に驚く。


「地球を満喫しすぎだろう……。あと、オレはできれば、中村悠一さんがいい」


 イカゲソくんは大きな黒目でオレをじっと見つめた。


「……最強には見えませんね」


 やだもう、このエイリアン!


「今日も『三体』の続きでよろしいですか? 実はお仕事中に一人で先に続きを観てしまいたい欲求と必死で戦っていたので、我慢したことを褒めていただきたいですね。ワラ」


 テレビのリモコンを弄って、イカゲソくんはNetflixをつける。慣れた手つきで「続きから再生」一覧から『三体』を選んだ。


「侵略型宇宙人の所作として、三体星人には感服いたします」


 並んでテレビ画面を見つめる。


「イカゲソくんの星も三体星人たちみたく過酷で移住地を探してるわけ?」


「考えたこともありませんでしたね。そういう設定いいですね。今度、上司に提案してみます」


「本当に地球に何しに来たんだよ……」


 金曜日なのをいいことに、その日は朝まで『三体』を一気見したのだった。


(続く)

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