第11話 today
『今日はとても素晴らしい日
心臓を引き裂いてやりたい
終わってしまう前に』
二月十七日土曜日。革命十三日目。苦手な朝日が少年を睨む。キッチンからパンと牛乳をとって、自室でゆっくりと咀嚼する。朝の支度を終わらせて、服を着替える。革命は順調である。自分が革命者であることを自覚してから、自分の中に固い軸のようなものができたように感じる。鏡で見る自分の眼は誰よりもまっすぐな自信がある。
今日は楽しみな一日だ。この前の約束通り、朋美ちゃんと中古CDショップに行く。予定はそれだけしか決めていないが、あとは自由に散策しようとLINEで話していた。この前と違って、朝に美鷹北公園に集合することにしている。
準備を終えて、家を出る。散歩のときと同じ道をたどる。景色はだいぶ違って見える。松の木は生き生きとして、空の色は少年の求めているものである。この澄んだ空気をむさぼって、歩くためのエネルギーに変換する。
歩きながら先の公園をみると、人影があった。小柄のショートカットの女の子。近づくにつれて、少年の心拍数は上がる。ああ、また会えるんだ。向こうが少年に気づいて、手を振った。少年は精一杯の笑顔で答え、駆け足になる。
「ごめん、待たせた。」
「いいよ。全然待ってない。」
二人は、バス停へと歩き始める。この時間だけでも既に楽しい。革命のおかげであると少年は感じた。
バスを待ち、乗り、街へと向かった。繫華街の中心地のバス停で降りる。土曜日だからか多くの人で混雑している。もしかしたら、同級生がいるかもしれない。でも、そんなことはもうどうでもよい。楽しさの方がはるかに上回っている。
今日目指すCDショップは、Sunriseというショップである。古い店で、掘り出し物がきっとあるはずだ。
「この前みたいに、お互いのオススメの一枚を買おうよ。この前のめちゃくちゃよかったよ!」
店内は、本当にごちゃついていた。店頭では少し汚く見えるレコードが格安で売られていた。入ってすぐの棚には邦楽の中古CDが並べられている。80年代のものが多いように感じる。店主は奥のレジに座って新聞を読んでいる。その前には、分類分けされたレコードたちが眠っている。
少年たちはCDの棚をじっと眺める。知らないアーティストばかりである。Woodpeckerと違って、マイナーなアーティストが多くあるように思える。それでも少年たちは古びた棚をなぞるように見る。
二十分くらい経った頃合いだろうか。
「私、きまったよ。」
朋美ちゃんがそう言った。少年はまだ見つけられていないことを伝える。
「無理に決めなくていいよ。今度でいいから。」
そういって、少年はアルバムを受け取った。Chris Cornellのsongbookであった。そして、一枚だけのCDを店主に渡して会計をした。今回は530円だったが、30円まけてくれた。
二人は、繁華街に戻り、ぶらつく。いろんなお店が店頭に出している看板商品を見て回り、二人でふざけあいながら歩いていた。少年はこの時間がとても楽しかった。お昼になり、お腹が空いてきたからモスバーガーに入って、食事をした。そして、またお店を回っては、はしゃいでいた。
気づけば四時になろうとしている。「帰ろうか。」と結論づけて、バスに乗った。バスに揺られて、少年は「もう終わりか」と思いにふけっていた。気づけば、
「公園行かない?」
と誘っていた。もちろん「いいね。」という返事があった。
公園には誰もいなかった。二人で、丘に登り、海を眺めた。
「よいしょ。」
と、朋美ちゃんは芝生の上に座った。彼女の目線はまっすぐ海に向かっていた。
「ねえ。なんで人は生きるのかな。」
急に哲学的問いを聞かれて、少年は驚いた。
「わからない。でも生きている中で大事なものを見いだせたら、それが答えなんじゃないかな。」
「なるほどねー。
勉くんって、生きてて辛いと感じたことないの?」
「あるさ、めちゃくちゃ。ほんの数週間までマジでつらかったよ。」
「ほんとに?」
「ほんと。」
少年は大きく息を吸って、こう続けた。
「あのさ、驚かないで聞いてほしい。」
「なに?」
朋美ちゃんは立ち上がる。
「僕、一ヶ月くらい前に自殺未遂したんだ。」
朋美ちゃんは少年を見つめる。
「辛かったんだね。」
その優しさは、少年を包みこんだ。しばらく、少年の苦労話をした。朋美ちゃんはしっかりと聞いていてくれた。
「でもさ、今はもう変わったんだよ。自分的革命を起こすんだって自分に誓った。」
「自分的革命?」
「そう。自分の心の中の化け物を逆に支配してやるんだ。僕は革命家になるって決めた。」
「素敵。私も革命起こしたい。」
「一緒になろう。革命家。」
「うん。誓おう。この海の前で。」
海の方に体を向けると、少年の小指が朋美ちゃんの手に触れた。その指は、ゆっくりと絡み合う。小指、薬指、中指…。彼の左手と彼女の右手が繋がった。二人はそのまま海を眺めた。
暗くなってきた。朋美ちゃんは「帰らなきゃ。」といって、少年の手を離した。
「私、門限あるから。」
「じゃあね。」
二人は手を振りあってその場で別れをした。少年の左手には、まだ違う体温が残っていた。それがなくなるまで、少年は海を見ながら丘の上で立っていた。
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