第16話 交差する想い
冴月が詩葉と初めて戦った日から1週間後。
授業の合間の休憩時間となった際、
彼女は学校の屋上に来ると1人で格子状のフェンスに片手を置いた状態で佇んでいた。
いつの間にか夏の陽気に近い天候へ変化し、彼女が学校で着ている制服も夏仕様になっている。
この学校では女子の制服だけスカートが2種類存在し、夏から秋に掛けては灰色でそれ以外の春と冬では紺色。それに加えて白いワイシャツを着た彼女の胸元にはチェック柄の赤い蝶ネクタイが付けられていた。艶の有る黒く長い髪が風により靡くと共に街の方を見つめている。不意にステュクスが彼女へ話し始めた。
[サツキ。]
「…解ってる、この間の事でしょう?」
[信徒の数は計り知れん…故に油断すれば幾ら焼却者でもどうなるかは解らぬ。あの時会った信徒の娘も余程の手練と見える。]
「合成型の傀儡、そして大規模な遮断法術に加えて多彩な攻撃用の法術…でも、幾ら何でも信徒にしては強過ぎる。」
[…それともう1つ、気掛かりなのは信徒共が闇鴉という者達と共に動いている可能性が捨て切れないという事。魔術師と名乗った信徒もまた隠世と現世の隔たりである門をこじ開けようと目論んだ。これも奴等が信仰する者達により指示された事柄だとすれば……。]
「……何れにせよ殲滅する。どんな理由だろうと現世に住む人間達を危ない目に合わせる奴等を野放しには出来ない。」
[うむ、御主の言う通りだ。]
冴月が小さく頷いた時、人の気配を感じて背後を振り返る。そこに居たのは青い髪を持つ男子生徒で
何も言わずに彼女の左側へ立つと街の景色を見始めた。
「…キミもこの街の景色が好きなのですか?」
「…誰?」
「僕は
「倉本…光織。」
冴月がそう名乗ると俊は納得したのか頷いた。
「光織さんか…良い名前ですね。それにしても此処から眺める街の景色はいつ見ても心が落ち着く……此処に来れば忙しい生徒会の仕事や日常生活での些細な悩み事も忘れさせてくれる。」
「……私も同じ。澄んだ青空と此処から見える景色は私も好き…考え事をしたり、1人になりたい時は此処に来る。」
「そう言えば最近、街の人が突如消えたり…化け物が現れたとか可笑しな噂話が生徒達の間でも増えて来ている事……光織さんは知っていますか?」
冴月の方を振り向いた彼は彼女を見ながら話し掛けた。一方の冴月は景色を見たまま、彼の話を聞いている。
「…私も少しだけならその話を聞いた事が有る。あまり詳しくは解らないけど。」
「そういったモノは存在しないと強く断言し言い切れないのもまた……我々の良くない処ですが。光織さんも充分気を付けて下さいね?」
「…忠告ありがとう、気を付ける。」
彼女が視線を向けた時にチャイムが鳴り、先に戻ろうと歩いていた時。冴月は俊に呼び止められると足を止めて彼の方を振り返った。
「最後に1つだけ…貴女は自分自身という存在に対し疑問や違和感を感じた事は有りますか?」
「そういった哲学的な小難しい話には興味なんてない…それに私は私、それ以外に何の代わりもない。もう行っても良い?次、移動教室なんだけど。」
「あ、あぁ……。」
冴月はそう言い返すと屋上に俊1人を残して立ち去って行く。残された彼は立ち去って行く彼女の背を見て少しだけ笑っていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そして迎えた放課後。
各々が帰り始めたり部活へ向かって行く中で先に教室を出た冴月が部室棟の有る方向へと歩いていると和歌奈と廊下で遭遇し足を止める。どうやら和歌奈は日直だったらしく、日誌を手にしていた。
「…ねぇ倉本さん。」
「何?平井さん。」
「えっと……葉山君は?」
「竜弘なら掃除当番、先に行ってて欲しいって言われたから向かっているだけ。」
「そっか……少しだけ時間貰えないかな?この間の話…まだ途中だったから。」
和歌奈が冴月を見つめると冴月は少し戸惑うが
「解った。」と呟く。和歌奈が鞄を取りに戻ってそれから少しした後に2人は校舎にある中庭へと訪れてると噴水の近くで立ち止まり、お互い向かい合う形で見つめ合っていた。
「…倉本さんは葉山君の事、どう思ってるの?」
「竜弘の事?大切に思ってる…言葉では上手く言えないけど、私はアイツの事を大切だと思ってる。」
「大切…そう思ってるのは私も同じだよ。倉本さんが思っているよりも私は葉山君の事を大切に思ってるつもり。」
「何それ?どういう──」
冴月が何かを言い返そうとした時、それを和歌奈が遮る。
「ずっと話してなかったけど…私の事を同好会に誘ってくれたのが葉山君だった。人付き合いとかコミニュケーションが苦手で…そのせいで友達が全然出来なくて…1人でずっと悩んでた時、私に声を掛けてくれたのが葉山君なの。」
和歌奈は冴月を見ながら自分の中の思いの丈を話し、伝える。その一方で冴月は彼女の話を聞いている反面で何処か複雑な想いを同時に感じていた。
「わ、私だって竜弘の事を大切だって思ってる!無くしたらダメ、消えたらダメな存在だってずっとずっと思ってる…だって私と竜弘は友達だから!!」
「……友達でも、倉本さんは葉山君の事をあまり知らない。いつも一緒に居て…いつも2人だけで話しているのは私も知ってる。なのにズルいよ、何も知らないのに…そうやってただずっと一緒に居るだけだなんて。」
「アンタに私の何が解るのよ…さっきからずっと偉そうにベラベラ喋って!!」
冴月が詰め寄り、和歌奈を睨み付けるが
それでも彼女は引き下がらずに冴月を見つめている。
「今までずっと怖くて…言えなくて…苦しかった……でも今ならハッキリと言える。私は葉山君の事が好き!!これだけは…この気持ちだけは絶対倉本さんには負けない…私、ちゃんと伝えるよ……自分から葉山君に!!」
「ッ──!?」
冴月の心臓が一瞬、強く脈打つと同時に身体から血の気が引いていく様な感覚がした。
もし仮にその言葉を言われたら…伝えられたら…終わりな気がしたから。冴月は汗ばむ両手を握り締め、歯を食い縛る。そんなのは絶対認めない、認めたくない…もし認めたら竜弘は離れて行ってしまう、そんな気がしたからだ。彼女が頭を左右に振ると意を決したのか和歌奈へ強く訴え掛ける。
「そんなの…ダメ……ッ、そんなの絶対ダメ!!私は認めない…絶対に認めないんだから!!」
「葉山君は倉本さんの物じゃないんだよ!!私は別に倉本さんに認めて貰おうとか応援して貰おうとかそんな事思ってない…この気持ちは絶対に私から伝える……そう決めたから。だから私、倉本さんには絶対負けないッ!!」
和歌奈はそう話すと冴月を強く睨み付ける。
突如、吹いた風が2人の髪を攫うと靡かせていた。
普段から和歌奈は感情を表にしたりするタイプではないのだが今回は違って自分の気持ちを強く押し出している様にも見えた。そして冴月は唇を噛み締めた末に再びゆっくりと口を開いた。
「私だって!竜弘に自分の気持ちを必ず伝えてやるんだから!!アンタなんかに絶対、絶対に負けるもんか!!」
右手の人差し指を向けて冴月がそう強く叫ぶと彼女は和歌奈の前から走り去って行った。
その足で向かったのは部室棟の有る方ではなく、校舎裏の人気がない所。靴を履き替えずに上履きのままそこへ来ると彼女は両足を抱える様にその場へ座り込んでしまった。
「アイツに…平井和歌奈にだけは…絶対負けたくない…ッ……!!」
[…運動面でも、戦闘面でも御主が圧倒的にその小娘よりも勝っている。他に何が足りぬというのだ?そこまで思い詰め…悩む事なのか?]
「違う、そうじゃない!!そうじゃなくて…ッ……。」
冴月は髪を振り乱し、ステュクスの言葉を否定し俯いてしまった。
あの時、和歌奈が自分を見つめていた目。
それは真剣そのもので絶対に譲れないという覚悟が彼女から伺えた。一方の冴月は強がって言い返しただけで本当は竜弘の事を、彼の気持ちや内面を深くは知らない。常に一緒に居るのは竜弘を狙って来る者達から守る為、そして死徒から守る為。
それ以外の事は特に何も思い当たらない。
「竜弘と居ると変な感じがする……温かくて、気持ちが楽になる…それに安心出来る……。でも、この気持ちだけは誰にも渡したくなんかない!!なのにッ…なのにどうすれば良いか……自分でも解らない……ッ…。」
俯いたまま彼女は叫ぶ。
それ以上は何も言う事なく冴月は暫くの間、
そのままの姿勢で黙り込んでしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
竜弘が部室に着いた時には冴月の姿がなく、
居たのは浩介と有紀と優一のみ。
彼は珍しいと思いながらも自分の席へと座った。
「笠井さん、そういえば倉本さんと平井さんは?」
「え?倉本さんって確か先に行ったんじゃなかったっけ。それか何処か寄り道でもしてるんじゃないの?サボり…なぁーんて事はないだろうけどさ?
けど和歌奈も来ないなんて珍しいなぁ。」
有紀からそう返って来ると竜弘は少し考えながらも受け入れて頷いていた。冴月の事だから何かしらの出来事が起きたのだろうという推測はつくのだが、竜弘は何処か心配していた。カラカラと引き戸が開いて振り返ると和歌奈が入って来ると彼女は「遅れてごめんなさい」と伝えて謝って竜弘へ来た。
その流れで彼は和歌奈へ話し掛ける。
「ねぇ平井さん、倉本さん知らないかな?まだ来てないみたいなんだけどさ。」
「え?…会ってないけど?」
「そっか……解った、ありがとう。」
竜弘はそう返すと頷く。反面、和歌奈は本来なら冴月が座っている席の方を見て少しばかり溜め息をついてしまった。悪い事をしてしまったかもしれない…でも竜弘と一緒に居たいのは自分も同じ、
だから譲れない部分もある。
「そういえば葉山君、活動日誌の方は書けそう?」
「大丈夫…とは言い難いかな。また図書室でカンヅメにならないと書けないかもしれない。中々難しいんだよね……色々と文章考えたりするのってさ。」
竜弘が苦笑いしていると和歌奈は小さく頷きながらその話を聞いていた。
「なぁ竜弘、そんなのテキトーにチャチャっと書いちまえば済む話だろ?」
それに対して浩介が口を挟んで来ると竜弘は「それが出来たら苦労なんてしないよ。」と彼へ返す。
すると有紀が突然椅子を引いて立ち上がると3人を残して1人で廊下へと出て行こうとする。
「…少し出て来るね。大丈夫、ちゃーんと戻るから♪」
そう言い残して4人へ手を振ると彼女は部室を後にして1人で夕陽の差し込む廊下を歩いて行く。
その足で向かったのは自分や浩介、竜弘の居るクラス。その中に1人で背を向けて佇んでいる黒髪の小柄な少女が居た。そして有紀は聞こえる位の声量で彼女へと話し掛ける。
「なーにしてんの、みんな部室に揃ってるけど?」
「笠井…さん……。」
そこに居たのは冴月、振り返ると何処となく元気が無さそうにも見える。有紀は悟ったのか冴月の方へ近寄って行くと彼女の肩へ両手で触れた。
「…何か悩み事?クラスに馴染めないとか、部活に居られないとか?それとも家の事?」
「そんなんじゃない……。」
「…じゃあ、当ててあげようか?ズバリ恋の悩み!!」
ニィッと有紀が微笑むも、冴月は何故か首を傾げていた。
「……コイって?池のコイの事?」
「違う違う、恋愛の方に決まってんじゃん。こうやって書く方!」
有紀は彼女から離れ、黒板に白いチョークで恋という字を書いて見せて来た。
「…恋なら図書室にある辞書で調べた。男に女が惹かれる事だって…違う?」
「そうなんだけどさ、こう…あの人が好き!とかあの人が気になってるのー!とか言う感じ。倉本さんは居ないの?好きな人とか気になる人とかさ。」
「ッ……!?」
冴月は有紀からそう言われると目を逸らし、黙って俯いてしまった。その様子を見た有紀は再び彼女の元へ近寄ると付近の机の上へ腰掛けた。
「へぇ、居るんだ?好きな人が。」
「そッ、そこまではまだ解らない。でも…[[rb:アイツ > 竜弘]]と一緒に居ると何故か…気持ちが楽になる。それに何かずっと胸がドキドキして…変な感じがする……それに、他の女の子とアイツが話してるのを見ると……凄く嫌だって思う…。」
有紀は黙って彼女の話を聞いていると、
幾度か頷いた末に口を開いた。
「……それが恋だよ、倉本さん。」
「これが……恋?」
冴月が聞き返すと有紀は小さく頷いた。
「とは言え、倉本さんの言うアイツが誰なのかは何となく察しが付くけど…敢えて言わないよ。」
「……でも、私はアイツの事を何も詳しく知らない。普段から一緒に居るのに、話したりするのに…それ以上の事は何も知らない。私が知ってるのはアイツがどんな人間で、どんな性格で…妹が居るって事位。それだけしか知らない。」
「そっか…でも、今はそれだけで良いんじゃない?」
「……どうして?」
「確かに、今の倉本さんは未だそれしか知らない…でも関わって行く内に色々見えて来る事も有ると思うよ?例えば…相手の好みとか癖とか色々ね。だから、最初からいきなり全部知ろうだなんてしなくて良い……少しずつ時間を掛けてゆっくり知って行けば良いと思うよ?」
有紀は冴月を左手で指差して話し掛けると歯を出して笑っていた。
「少しずつ…ゆっくり……。」
「…だから焦らなくて良い。まぁ、そう言う私も恋なんてした事無いんだけどさ。」
「じゃあ、何で色々知ってるの?」
「そういう類の物を見過ぎてるからかな?ドラマとか漫画もそうだし…アニメとか。それに、倉本さん以外のライバルも居そうな雰囲気有るしね。」
右手の人差し指をクルクル回し、有紀が冴月を指差してみると彼女は少し唇を噛んで小さく頷いた。
「…でも負けたくないの、そいつだけには。絶対に……!」
「じゃあ…特別なの教えといてあげる。完全に相手を落とすにはキスが良いかも。」
「きす……?」
「うん。但し、自分が絶対に此処だって思う時に使う事。闇雲にキスしたらダメだぞ?この人が自分の最大限に思う本当に好きな人だって相手にする……それがキス。だから──」
有紀は立ち上がって冴月を向かい合わせる。
そして彼女を真っ直ぐな目で見つめて来た。
「その目でしっかり見定めて、そして自分の想いをぶつける事。それが解決策かな?」
「うん……解った。ありがとう、笠井さん。」
「あはは、別に笠井さんじゃなくて呼び捨ての有紀で良いよ?私も光織って呼ぶから。」
有紀が微笑んで冴月の頭を軽く撫でた。
それから彼女と少しばかり色々と話し合うと
共に部室の方へと向かって歩いて行った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
帰る頃にはすっかり日も落ちて真っ暗。
冴月と竜弘もそれぞれ同じ通りを歩いていると
左側に居た彼女が不意に前へ出て立ち止まると口を開いた。
「……ねぇ、竜弘。」
「ん?どうかした?」
「私は…未だお前の事をちゃんと知らない。解っているつもりでも、寧ろ知らない事の方が多いと思う。けど!ちゃんと向き合うから!!向き合うから…その……何か有れば遠慮なく話して欲しい。竜弘が私の事を大切に思っている様に、私も竜弘の事が大切だと思っているから。」
「冴月……。」
彼女は黄金色の瞳で真っ直ぐ竜弘を見つめていた。
彼もまた冴月の方を無言で見つめると「解った」と一言呟いて頷いた。
「…帰るわよ。あまり遅くなると紗衣と朱音が心配するから。」
「あ、うん。そうだね…。」
冴月は背を向けて再び歩き出す。
自分の抱いているこの想いは恋なのだと知った。
そしてそれと同時に今、自分が抱えているこの想いをいつか必ず竜弘へ全て伝える事を冴月は誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます