4.走り幅跳び
体育の授業、今週は体力テストが行われている。体育の授業は全部嫌いだけど、
体力テストは特に嫌いだ。握力、持久走、反復横跳び、ボール投げ、走り幅跳等々。あらゆる競技であらゆる能力が数値化されていく。その数値を見た時、『お前は
これっぽっちの人間だ!』と改めて言われているみたいで、なんとなく嫌悪感を
抱いている。
今日は最後の体力テストの授業、走り幅跳び。普通は1時限中に2,3種目やるものだけど、他の種目が予定より早く終わったので、走り幅跳びだけ1時限の中で何回も
挑戦して、その中で最も良いスコアを記載してもいいということになった。
体育教師って普段は厳格で怖い感じだけど、こういう時の時間配分とかは割と
テキトーに決めてる気がする、教師がそれでいいのか。
運動神経が悪く背も高くない僕は何度やっても平均以下の記録しか出ない。
やる前から分かっていたことだ。
何回挑戦してもこの短時間で記録が伸びるはずもなく、むしろ体力を消耗することで段々と記録が下がっていく。30分経過したあたりから飽きてきてやる気もなくなってくるので、記録の低下に拍車がかかる。
それはみんなも同じようで、体育の授業だけはやる気満々な一部の運動部以外は
ダラダラと歩いている。先生もそれを察したのか、
「休憩は各自で取るように!」
とだけ言って、どこかへ行ってしまった、普通に職務放棄だ。
先生がいなくなったのをいいことに、クラスの半分くらいはグラウンドの隅に
座り込んで休憩と言う名の雑談タイムに入っている。
僕も例に漏れず、エビと一緒に休憩に入る。
「あれ? アポロはまだ幅跳びやってる?」
「いや、アポロはアフロちゃんの近くで休憩するって」
ドスケベ野郎は相変わらずだ、気持ちは分からなくないけど。遠目から見ても
分かる、体操着から溢れんばかりのあの体躯。クラスの男子全員を魅了している。
意識してなくても視界に入ってしまう。近くで見たくもなる。
「ゼンチも行ってくる?」
僕の考えてることを見透かしたようにニヤニヤしたエビが訪ねてくる。
「俺はアフロさんに気持ち悪いと思われたくないから、遠慮しておく」
言い訳にもなってないことを言いながら、僕はなんとなくアフロちゃんのいる方向
から目線を逸らす。いや、ほんとに、見てたわけじゃないし。
逸らした目線の先ではやる気ある者たちが走って、跳んでいる。走って、跳んで、
走って、跳んで、何回も同じことを繰り返している。「何回もやって、記録変わったりすんのかな」そんなことを思いながらボーっと見つめていると、彼女が目に留まる。
ゼンノウちゃんだ、ゼンノウちゃんもやる気ある者たちと一緒に走って跳んでいる。僕はなんとなく眺めてしまう。遠目でも分かるほど、彼女は一回一回の跳躍に全力
だった。全力で走って、全力で跳んで、記録を確認してまた走る。そんな彼女を自然と目で追っていた。
アフロさんみたいな魅力があるわけじゃないけど、彼女は僕の目線を惹きつけて
いた。助走や跳躍のフォームが特別美しいわけではないけど、彼女の一挙手一投足に、僕は釘付けだ。
5分か、10分か、もしくはそれ以上、僕は彼女を目で追っていた。その間、エビから話しかけられ、返答した記憶はあるけど何を返答したかは覚えていない。
彼女を見るのに夢中だった。
彼女の今の最高記録は3.1m、平均より少し上くらいだ。運動神経が特別良くも悪くもない彼女にしては上出来の結果だと思うが、彼女自身がそれに満足していないようだ。少しでも記録を伸ばしたい、今頑張れば来年はもっと跳べるようになってるかもしれない、と彼女は思っている。実に彼女らしい。
彼女は全能だから本当はもっと跳べる。彼女自身がそれを知らないだけだ。
何にでも思い込みというものはある。自身が全能であるということを彼女は
知らない。だから、常識的な距離しか跳べないのだろう。無意識に「自分は
これくらいしか跳べない」と思ってしまっているわけだ。
「お前は空が飛べるよ」と言われても、実際に自分が空を飛んでいる姿なんて普通は中々イメージできない。そんな感じだと思う。
その思い込みがあったとしても頑張る彼女は、輝いている。
体力テストは自身の記録と点数表を照らし合わせて、合計点数を評価される。
たとえ1cm記録が伸びても点数が上がるわけではなく、走り幅跳びで1点上げる
には10cm以上記録を伸ばす必要がある。だから、少し記録が伸びたとしても評価
が上がるわけではない。やるだけ無駄なのだ。
と、僕なら考えてしまう。彼女にはこんな腰抜けの考えは微塵も無い。そこが素敵
だと思う。憧れるし、惹かれる。
僕は腰抜けの日陰者だ、ここで頑張っても何も変わらない。しかし、今跳んでいる
彼女は、何も変わらないとしても頑張り続けるだろう。頑張って頑張って、いつか
何かを変えるかもしれない。
そんな彼女を見ていると、段々とやる気がこみ上げてくる、気がする。なんとなく、僕もちょっとやってみようかな、彼女も頑張ってるし、僕も。
そんな気持ちが芽生える。我ながら不思議だ。
少しでも彼女に近づきたい、彼女の考えを、気持ちを、知るだけじゃなくて感じて
みたい。僕はふと、そんなことを思う。
「ちょっと、俺も幅跳びやってくるわ」
「え? 急にどうしたの、めんどくない?」
「まぁ、めんどいけど、サボってるのバレて怒られるの嫌だし」
僕はテキトーな理由をつけ、エビを置いて彼女の下へ向かう。
5回ほど跳んでみた。が、結果は全然振るわない。1回は自身の最高記録とほぼ同じ記録が出たが、4回はそれ以下だ。
体力的にもキツくなってきた、やはり自分には運動は向いていない。彼女とは
違うんだ。そんなことを思いながらトボトボ歩いていると、目の前に彼女がいた。
「ゼンチくん、意外と体育頑張るんだね」
「サボって先生に怒られたくはないから」
今日も急に話しかけられたが、今日は冷静に話せている。走り幅跳びでヘトヘト
だったから、緊張する体力もなかったのかもしれない
「確かに、体育の先生って怒ると怖いもんね。記録はどう?」
「全然伸びない、運動全般苦手なんだ」
「私もー、さっきからずっとやってるんだけど、記録伸びなくてもう疲れて
きちゃった」
彼女も伸び悩んでいるらしい、やはり何回もやれば記録が伸びるようなものでは
ないっぽい。
「疲れたし記録も伸びないし、もうやめようかなぁ。やっぱ運動神経 ある人
じゃないと上手くいかないね」
やめるのか、もうやめてしまうのか。そりゃ彼女だって普通の中学生だ、運動すれば疲れる。でも、やめないでほしい。だって、彼女はできるのだ。今の記録より絶対に長く跳べる。世界記録だって更新できるかもしれないし、きっと空だって飛べる。
僕は知ってるんだ。
彼女には諦めないでほしい、挑戦をやめないでほしい。勝手にそんなことを思って
しまう。これを彼女に伝えたい。彼女ともっと話したいっていう思いもあるけど、
それ以上に彼女に何かを諦めるきっかけを作ってほしくない。自分の可能性を信じていてほしい。そんな思いがこみ上げる。
彼女と話さなくては。僕は勇気を振り絞る。挑戦だ。彼女が大事にしてる、挑戦。
「もうちょっとやれば記録伸びるんじゃないかな」
「えぇ~? そうかなぁ、でも、もうだいぶやったからなぁ」
「今までのはウォーミングアップだと思って、気持ちを切り替えてやって
みてもいいんじゃないかな」
「気持ちの問題!? 確かに一理あるかも」
「ゼンノウちゃんならできるよ、きっと」
段々と僕の言葉に熱が入る、彼女は、少し戸惑ってるようにも見える。
「なんか、私のことなのにゼンチくんの方が自信持ってるみたい、変なの」
「なんかゼンノウちゃんならできる気がするんだ。走り幅跳びで長く跳ぶのも、
もしかしたら、そのまま空も飛べるかも」
「えぇ? なにそれ、ゼンチくんって意外とふざけるんだね」
彼女はそう言って、笑いながら僕の目を見る。僕も彼女の目を見て、
今度は逸らさない。
「じゃあ、あとちょっとやってみようかな! ゼンチくんの言葉を信じて!」
「頑張って、僕は疲れたから休憩するよ」
「え!? 自分はやらないの!!?」
僕は彼女のツッコミを背に受けながらエビの下へと戻る。
「授業中に口説きに言ってたのか」
エビがニヤニヤしながらからかってくる。全部見られてたらしい。
「そんなんじゃねぇよ、たまたま話しただけ」
そう、たまたまだ。僕は走り幅跳びをしに行って、たまたま彼女と話した。彼女が
幅跳びを頑張る姿を見てからは、なぜだか走り幅跳びへのやる気も彼女と話す勇気も湧いてきた。
今も彼女と目を合わせて会話することができたし、伝えたいことを伝えることが
出来た。小さなことだけどいつもの僕には出来なかったことだ。彼女を見ると自分も頑張ろうと思えるし、実際頑張れる。不思議な感覚だ。この不思議な感覚も”好き”と言えるのだろうか。
その後、ゼンノウちゃんは6m跳んだ。全国の女子中学生の中でも最高記録らしい。
これには周りのクラスメイトも先生もゼンノウちゃん本人も驚いていたが、『とてつもない追い風が吹いたりしたのだろう』ということになり彼女もそれで納得して
いた。流石に異常なのでこの記録は記載せず、ゼンノウちゃんの中での2番目の記録を提出することになったらしい。
「ゼンチくん! ゼンチくん!」
グラウンドから帰ろうとしていた僕を、ゼンノウちゃんが追いかけて来る。
「ゼンチくん、凄いよ。私、6mも跳んじゃった!」
とても興奮した、まるで初めて観覧車に乗った子供みたいにキラキラした顔で
話しかけてくる。可愛い。
「そうみたいだね、世界記録も狙えるんじゃない?」
「いやぁ~そうかなぁ、才能あるかも! まぁ、絶対偶然に偶然が重なっただけ
だけどね」
そんなことはない、君の力だ。と思ったが、そんなことは口が裂けても言えない。
「でも、ゼンチくんが応援してくれなかったら跳べなかったよ。 ありがとうね!」
「応援したつもりはないけど、お役に立てたなら良かった」
そのうち本当に空を飛んじゃうんじゃないか、と思って僕は少しだけ不安になる。
僕はその後少しだけゼンノウちゃんと会話してから教室に戻った。
体操着から制服に着替えている間、僕はゼンノウちゃんとの会話を一人で反芻して、少しだけニヤニヤしていた。
ゼンノウちゃんとたくさん喋れた。嬉しすぎる。
ゼンノウちゃんは僕のことを勇気をくれたクラスメイトだと思っている。
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