3.猥談と恋バナ

「ゼンチよ、恋バナをしよう」


僕の目の前に座る男子、安保諭(アポロン)は僕の目を真っ直ぐ見て

そう言い放つ。


「どうしたんだ急に」


日陰者男子の恋バナなんて誰が聞きたいんだ。


「今日、アポロと一緒に登校してる時にそういう話になったんだ」


僕の隣に座る恵美須(エビス)が補足説明をしてくれる。


こいつら、朝からそんな話をして学校に来ていたのか。

『朝から』といっても恋バナをする時間帯がいつなのか分からないけど、

何となく夜のイメージがある、修学旅行の寝る前とか。


「そういうことだ、俺はアフロちゃんが好きだ」


アポロが聞いてもないのにカミングアウトをしてくる。


アポロンとエビスとは1年の頃から同じクラスで3人とも陰キャということで

何となく教室の隅っこで集まり、何となくいつも行動を共にしている。部活も

一緒だ。アポロンのことは『アポロ』、エビスのことは『エビ』と、あだ名で

呼んでいる。僕だけあだ名がない。


「そんなの前から知ってるよ、いつも自分から言ってるじゃん」


「アポロはいつもアフロちゃんのこと見てるしなぁ」


『アポロはアフロさんが好き』というのはこの3人の間だと周知の事実だ。

アポロに限らずこのクラスのほとんどの男子はアフロさんが好きだとは思うけど。


「でも、最近思うんだ。アフロちゃんが好きっていうのは万人共通なんじゃないか

 って。だから、今からする恋バナは『アフロちゃん殿堂入り恋バナ』にしよう」


アポロが訳の分からないことを言い始めた。『アフロちゃん殿堂入り恋バナ』って

なんだ。


「この話も今日の朝2人でしたんだけど、みんなアフロちゃんが好きってことは

 常識だから、普通に恋バナすると『みんなアフロちゃんが好き』っていう結論

 にしかならないんだよ。だから、アフロちゃんは一旦 『殿堂入り』として、

 アフロちゃん以外だったら誰が好きかを話そうってことになったんだ」


なるほど、そういうことか。確かにアフロさんは万人から好意を向けられてるし、

普通に恋バナしたらただアフロさんの魅力を語る会になってしまう。


でも、僕が一番好きなのはゼンノウちゃんだ。これだけは譲れない。


「なるほど、でもちょっと待ってくれよ。みんながみんなアフロさんを好き

 だとは限らないだろう」


僕の発言とほぼ同時にアポロの眼光が鋭くなる。


「は? アフロちゃんが好きじゃない奴なんてこの世にいるの??いたらそいつ、

 性欲ないだろ」


とんでもない暴論だ、お前が性欲でしか物を考えてないだけだろうこんな

アフロさん過激派がいる前で「アフロさんは一番じゃない」なんて言ったら

どうなることやら。


「まぁ……、そうだな、2人はもう決まってる?」


まずは2人にジャブを打ってみる。自分が一番最初に言うのは少し恥ずかしいから。周りに聞かれたくない話題なので少し声を抑えめで。今は給食後の昼休みで

ほとんどのクラスメイトは教室以外のどこかで遊んでるから教室内に数人しか

いないけど、一応情報漏洩がないように気を付ける。


「じゃあ、まずはエビから話そうか」


何故かアポロが場を仕切り始める。こいつ、ズルいな。自分が最初に言うのが

嫌だからMCに回るなんて。


「俺かぁ、まぁねぇ、みんなどう思ってるか分からないけど、」


エビが少し赤面しつつモゴモゴしながら話している。みんな恥ずかしいんかい。


「俺は、ヘラちゃんが良いと思うな」


同じクラスの辺羅ヘラさんか、やっぱり。


「えぇ~? お前、意外だな。ああいう女子が好きなんだ」


アポロにとっては予想外の答えらしい、そりゃそうか。


ヘラさんは正直言ってちょっと怖い、ヤンキー気質な女子だ。教室内で暴れるとか

ではないけど、スカートを短くしたりたまにズル休みしたりするような、真面目

とは言えない女子だ。僕は前から知っていたが、気弱で優しいタイプのエビが不良

生徒に片足を突っ込んでるようなヘラさんを好きなのは、確かに意外かもしれない。


「どこが好きなの?」


「うーん、なんだろう。確かに真面目じゃない子だとは思うんだけど、 でも、

 悪いことしてるわけじゃないっていうか、別に人が傷つくようなことをしてる

 わけじゃないじゃん? そこが良いっていうか」


エビは少し照れながら語りだした、だいぶ好きみたいだ。


「本当は優しい人だと思うんだよね、ヘラちゃんは。ただ自我が強いというか、

 自分の考えを曲げないタイプだと思うんだ」


『自分の考えを持ってる人が好き』という点では僕も同意だ。ゼンノウちゃんも

しっかりと自分の考えを持っていて、決して曲げないタイプだから。


「へぇ~俺はちょっと怖くて苦手だなぁ、普通じゃない感じするっていうかさ、

 まぁ、あの短いスカートから見える太ももは良いと思うけど」


アポロが口を挟む。こいつはアホだ。何にもわかっちゃいない。


「じゃあ、次はゼンチだな、ゼンチは誰が好き??」


またアポロが場を仕切り始める。こいつはアホでズルい。


「えぇー、えーっと、俺はなぁ……」


いざ自分が言うとなると恥ずかしくて言いづらい。正直、ゼンノウちゃんはモテる

タイプではないと思う。可愛くないとか魅力が無いとかそういうことは決してない

けど、性格はよくいる明るい子って感じで普通に見てたら特筆すべき点はないし、

外見もアフロちゃんを除いたとしてもクラスで一番ってわけでもない。ヘラさんの

方が男子受けは良い顔をしている。


そんなこんなで言いよどんでいると、


「ちょっとー俺は言ったんだから早く言ってくれよー 

 俺だけ言うとか無しだからね」


「恥ずかしがることないぞ? 誰にも言わないから、な??」


エビとアポロが催促してくる。エビは自分から言ってくれたからいいけど、アポロはまだ言ってないし、さっきから人にばっか言わせようとしてるズル野郎なのに催促

してくるんじゃないよ。スケベでズルなのに。スケベズルがよぉ。


心の中でアポロに対する悪態をつきながら、僕は覚悟を決める。なんでこんな

ところで覚悟を決めなければいけないんだ。


「僕は……ゼn……ッ!!」


僕が一世一代のカミングアウトをしようとした瞬間、今まさに名前を口にしようと

した彼女が教室に入ってくる。僕は咄嗟に目をそらし、慌てて口をつぐむ。

我ながらなんて分かりやすいリアクションをしてしまったんだと思う。


アポロとエビは少し不思議そうな顔をした後、僕の視線を追い、ゼンノウちゃんを

見て、僕を見て、もう一度彼女を見て、僕を見た。段々と二人の口角が上がって

いく。


「なるほどねぇ、ゼンチはああいうのが好きなのか」


「へぇ~俺の好きな人が意外だったみたいだけど、 ゼンチも意外じゃん。

 全然想像してなかった」


2人がニヤニヤしながら感想を述べてくる、最悪だ。せっかく覚悟を決めたのに

不本意な形でバレてしまった。自分から言うよりも恥ずかしい、最悪だ。本当に

最悪。


「どこが好きなの?? 正直俺は魅力が分からんけど、どこ? あ、意外と

 おっぱい大きいとか??」


デリカシーゼロのスケベズルが最悪の予想を立ててくる。


「いやっ、そんなんじゃねぇよ。なんというか、元気だし、 

 話しかけてくれるし……」


恥ずかしさと焦りで本心なのかなんなのかよく分からない返答をしてしまう。


「話しかけてくれる?? お前、童貞かよ」


お前もだろ、ここにいる全員童貞だろ、俺は知ってるんだぞ。


「まぁまぁ、いいじゃん。良い子だと思うよ、俺も」


エビがふわっとしたフォローをしてくれる。その優しさが今は痛い。


その後はずっと二人から僕へのいじりが続いた。のらりくらりと躱すことが

できればよかったのだが、僕は羞恥心と焦りで正常な思考が働いていなかった

ので、黙り込んだり少し否定したりすることしかできなかった。話してる最中、

一度だけゼンノウちゃんと目が合ってしまい、更に恥ずかしくなった。


昼休み終了5分前の予鈴が鳴り、僕はようやく2人の攻撃から解放される。

それとほぼ同時に、


「なんの話してたの?」


まさかの人物からの攻撃が始まった。目の前にいるのは先ほどの会話で主人公級の

注目を浴びていたゼンノウちゃんだ。一旦落ち着いた僕の心拍数はまたもや急激に

跳ね上がる。


「何って言われても、えと、えーっと……」


「なんか私のこと見てなかった? それにすごい盛り上がってたし、 

 何の話してたの?」


僕が彼女と目が合ったのは1回だけだと思うが、無意識に見てしまっていたのか。

それとも、あの2人がチラチラ見てたりしていたのだろうか。どちらにしても

大ピンチだ。正直に言うわけにはいかない。


「えーっと、世間話というか、普通の話だよ」


「そうなの? なんか私が来た途端みんな声抑えてたと 思ったんだけど、

 なんか悪口でも言ってた?」


「違うよ! 違う違う、悪口じゃなくて褒めてたんだよ」


しまった。


「やっぱ私の話してたんじゃん! 褒めてたってなに?? なんか褒められるような

ことしたっけ」


「いや、うーんと、普段のことというか、みんなのことを 褒める話をしてて、

えっと、そんな感じ……」


「ふーーーーーん、そうなんだ。普通そんな話する?」


「いや、自分にとっての普通が、他人の普通とは限りませんので……」


僕は精一杯の抵抗をしてみる。気分は口論がクソザコのひろゆきだ。


「まぁそれはそうだけど、まぁいっか、悪口じゃないなら」


そう言いながら彼女はニコッとして自分の席へと戻った。まだ鼓動があり得ない

くらい早い。寿命が3年くらい縮んだ気がする。


放課後、科学部の部室として使われてる空き教室に僕、アポロ、エビの3人は

集まる。科学部の部員はこの3人しかいない。『部活動』という名のおしゃべり

タイムだ。


「さっきゼンノウちゃんと話してたよね」


空き教室に入るや否や、エビがからかってくる。


「話してたけど、別にいいじゃん」


「一目で分かるぐらいキョドってたよ」


少し強がってみたけど、全て見られてたらしい。


「でもさ、本当に意外だよな、ゼンノウが好きなんて」


アポロが鞄を置きながら喋りだす。


「正直、全然魅力が分からん。確かに明るくていい子だとは思うけど、それだけ

 っていうか、めちゃめちゃ優しいとかじゃないし、 身体がエッチってわけでも

 ないし」


「お前は『身体がエッチかどうか』の部分しか見てないだろ」


アポロが好意を寄せている女子はみんなもれなく発育が良い。別に人の価値基準を否定するわけじゃないけど、そこしか見てないのもいかがなものかと思う。


「でも、外見って一番分かりやすいじゃん。エッチかどうかで判断するのは悪い事

 じゃない、むしろ最も本能的で最も 自然なのである!!」


アポロが謎の持論を展開し始めた。


「まぁ、そこまで重要視してるわけじゃないけど、確かに見た目は重要だよね。

 俺もヘラさんの見た目、好きだし」


エビもアポロに賛同する、スケベコンビだ。


「だよなぁ! ちなみに、エビはどこが好きなの? やっぱ太もも? あ、もしかして 

 おっぱい? 貧乳派?」


アポロのテンションが上がり始める。こいつは男子だけになると必ず

こういう話、いわゆる猥談をし始める。そして、ヘラさんは確かに胸が大きくない。


「えぇ~俺はやっぱり太ももかな、ヘラさんの短いスカートとあの太ももは

 たまらないよ」


スケベコンビめ、本当にどうしようもない奴らだ。ちなみに、僕もヘラさんの

太ももにドキッとする瞬間がたまにある。


「でも、エロさで言ったらなんてったってアフロちゃんだろうよ。あのおっぱい、

 お尻、太もも! 全てが完璧な大きさだ」


アポロの言葉に熱が入り始める。


「確かに、体操着の時とかちょっとやばいな」


僕も賛同する。訂正しよう、ここにいるのはスケベトリオだ。

猥談、嫌いじゃない。


「やっぱゼンチもわかるよなぁ! ゼンノウが好きとかいうから性欲ないのかと

 思ったけど安心したわ」


あらぬ疑いをかけられていたようだ、失礼な。僕だって普通の中学生並みに性欲は

あるし、猥談も好きだぞ。


「もう中学生だから女子のスク水が見れないのが残念だ~」

「でも、制服の良さってのもあるよ、スカートが良い」

「制服なら夏服だろう、あの薄さは目のやり場に困る」


この後は各々が思い思いのスケベを全開にして、クラスの女子の話から好きな

女優さんの話まで、語り合った。中学生になってから、なんだかんだこういう話

が一番楽しい。


その日の夜、布団の中で一人で考えた。


僕はゼンノウちゃんのことが好きだ。でも、ゼンノウちゃんの外見に関してはあまり考えたことがない。発育が良いタイプでもなければ顔が好みにドストライクなわけでもないけど、僕はゼンノウちゃんが好きだ。これは本当に好きなのだろうか。

アポロの言う通り外見で判断するのは間違ってないし、むしろ一番自然なことなの

かもしれない。外見も内面も好きになった相手が真の”好きな人”なのか? じゃあ、僕のゼンノウちゃんへの気持ちは?? ただ、ほとんど唯一話す異性だからそう

思ってるだけなのか……?


その日の夜は少し悶々としながら、眠りについた。決してエッチな意味じゃなくて、悶々としながら。


ゼンノウちゃんは僕のことをだと思っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る