第3話 莫大な借金


「ここが菊川さんのお家みたいです。……この家、大丈夫ですか?」


 ワックなる店から、身分証を頼りに家までやってきた。

 辿り着いたのは、木造の二階建てアパート『川口コーポ』。

 築百年以上のボロい建物で、この建物だけ俺がいた世界からそのままやってきたような感じだ。


「俺の家はこれなのか。星野も一緒に泊まるのか?」

「絶対に泊まらない! 私はダンジョン近くのマンションに住んでるからね! とりあえず明日から早速ダンジョンに潜るけど大丈夫?」

「もちろん大丈夫だ」

「良かった! なら、明日の朝にまた迎えに来るから準備しておいて!」

「分かった。準備をして待っている」


 一から十まで星野に任せきりだが、慣れるまではサポートしてほしい。

 未だになんで星野みたいな若くて可愛い子が、俺なんかのサポートをしてくれているのか分からないままではあるが。


 笑顔の星野と別れ、とりあえず俺の家である二階の一番端の部屋に入った。

 鍵はかかっておらず、中はとんでもなく汚いゴミ屋敷。


 俺も整理整頓が得意な方ではないが、これは流石に汚すぎる。

 ゴミを大きな袋の中に入れて部屋を綺麗にしつつ、部屋の中に置かれている大きな機械に目をやる。


 掃除なんかよりもずっと気になっているのだが、無暗やたらに触れることはできない。

 とりあえず……星野に聞きたいことをメモを取ることにしよう。


 部屋の中を探索し、気になることを紙に書いていく。

 正直分からないことだらけだが、調べる手段もないため今日はもう明日に備えて寝るとしようか。




 カッピカピの布団に潜って寝ていたのだが、扉が叩く音が聞こえて目を覚ました。

 隣の部屋かとも思ったが、どうやら俺の部屋。


 ………………星野か?

 思い当たる人物が星野くらいしかなく、星野ならば出なくてはいけない。


 前の体だったら人の気配を読めたため、目視しなくとも誰だが分かったのだ……この体では何も感じ取ることができない。

 それだけでなく、やけに重いし腹もめちゃくちゃ空く。


 不便な体を鬱陶しく思いながら扉を開けると、そこには三人組の男が立っていた。

 ギラギラとした服装をしており、非常に好戦的な目だが……強そうには見えないな。


「……あんた達、誰だ?」

「はぁ? 俺達の顔見て、そんな冗談が言えるとは偉くなったな菊川ァ!」


 その怒鳴り声を聞いてすぐに思い出した。

 ふわふわと俺の周りを浮遊していた変な物体から聞こえていた声は、この男の声だったのか。


「兄貴、一発ぶん殴ってやりましょうよ!」

「ああ、分からせねぇと駄目みたいだな! ――おらァ!」


 間髪入れずに真ん中の偉そうな男が放ったのは、素人丸出しのパンチ。

 避けるまでもない威力のパンチだが、今の体は菊川という男の体。


 こんなパンチでも、どれくらいのダメージを負うのか分からない。

 冷静に見極めて、大振りの拳を避けてみせた。


「――チッ、当たらねぇ。お前達も手伝え!」


 そんな合図と同時に一斉に殴られたが、動きが全然なっていないため簡単に避けることができる。

 ただ……体力がないからか、俺自身の息切れも半端ではない。


「はぁ……はぁ……あ、あたらないっす! ダンジョンでも魔法を使っていたし、一体何なんすか?」

「…………確かに変だな。お前、自分が今どんな状況に置かれているのか分かっているのか?」

「いや、本当に分からない。記憶を失くしていて、気づいたらダンジョンにいた」

「兄貴、これはどういうことでしょうか?」

「…………フリでもなさそうだし、ショックで倒れたときに記憶が飛んだんだろ。そんで――力に目覚めたってところか?」


 兄貴と呼ばれていた男はそんなことを語り始めた。


「じゃあ菊川から、金を回収しないってことっすか?」

「んな訳ねぇだろ。記憶がなかろうがしっかり金は返してもらう。……おい、菊川。記憶がねぇのか知らないが、お前は俺達に100万の借金をしてる」


 粗暴な奴らだが、多分嘘ではないだろう。

 家を片付けていたときに、それらしき借用書があった。

 100万円という額がいまいち分からないが、わざわざ家まで来るということは大金なのだろう。


「俺はお前達に大金を借りているってことか?」

「ああ、そういうことだ。利息は10日で1割。借りたのが約一年前で現在の借金は――約3000万」


 正直どれくらいの大金なのか分からないが、100万から3000万だと借金がぶっ飛んで膨れ上がっているということだけは分かる。

 借りたのが100万で、返さないといけない額が3000万。


 無茶苦茶な奴らだが、そんな無茶苦茶な奴らと約束を交わして借りたのは俺の前の菊川。

 借用書があったのも事実だし、こいつらは間違いなくあくどい人間だろうが……約束をした以上はそれを反故にしたら俺が悪者になるだろう。


「それ、俺が返せる額なのか?」

「無理だな。というか無理だと思ったから、俺らはダンジョンに放置したんだわ。生命保険をかけて、盛大に死んでもらおうと思ったんだが……」

「俺は生還した――と」

「そういうことだ。記憶を失う前の菊川よりも物分かりがいいな」


 ニタニタと笑っている三人組。

 いちいちムカつくが、悪いのはこんな奴らから金を借りた俺の前の菊川雅紀。


「……分かった。借りた金は絶対に返す」

「簡単に言ってるけどな……返す算段はあるのか?」

「ダンジョンは金を稼げるんだろ? さっき知り合った人にそう教えてもらった」

「まぁ稼げるな。トップ層の探索者ともなれば、年間で1億円以上は余裕で稼いでいるって言われている」

「なら、俺は1年で3000万円を全額返済する。だから、お前達には1年間待ってほしい。飛ばずに3000万をしっかり返すから、利息はこれ以上増やさないでくれ」

「上からなのが気に食わねぇっす! というか、菊川。どこからその自信が来てるっすか?」

「本当ですね。その体型、今日が初めてのダンジョン。1年で3000万を稼ぐなんてあまりに無謀です」

「お前達は黙ってろ。――分かった。その提案を受けて入れてやる。1年後に3000万。無理だったらどうする?」

「お前達の言うことをなんでも聞く。ダンジョンで死ぬ――でもな」

「よし、決まりだな! 書面に残すぞ」


 兄貴と呼ばれていた男は鞄から一枚の書類を取り出すと、空白に先ほどの条件を書き込んだ。

 そして俺はその紙にサインと拇印を押し、この男と新たな契約を行った。


「この契約書の写しはまた改めて送らせてもらう。くっく、一年間楽しみに待たせてもらう」

「……兄貴、本当にいいんすか?」

「一年で逃げられる可能性ありますよ」

「うるせぇ! 俺がいいって言ったならいいんだよ。おら、行くぞ」


 満足気な兄貴とやらに連れられ、三人の男達は帰っていった。

 自分でもリスクの大きい契約をしたと思うが、今の俺にはあの選択しかなかった。


 単純な力で何とかできた可能性もあったが……この体では限界があるだろう。

 何はともあれ俺は全力でダンジョン攻略——もとい、金稼ぎをしなくてはいけなくなった。


 菊川雅紀。

 今更だけど考えうる最低最悪に近い人間の中に入ってしまった気がするが、魔王討伐に比べたら楽……だよな?

 とりあえず今は深く考えないようにし、俺は明日に備えて寝直すことに決めた。



―――――――――

菊川 雅紀(45)

レベル11

スキル なし

所持金 912円

借金 3000万円

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