魔王を倒し世界を救った勇者、異世界(日本)のおっさんに転生する

岡本剛也

第1話 転生


 ここは……どこだ? 俺は魔王と戦っていたはずだよな?

 記憶が曖昧だが、俺は最後の記憶を必死に思い出す。


 確か……聖剣で魔王を斬ったはず。

 そして魔王は血を吐きながらニヤリと笑っていて――俺に向かって見たことも聞いたこともない魔法を唱えてきたんだ。


 殺したと確信したことで油断してしまい、最後っ屁のようなその未知の魔法を受けてしまった俺は……次の瞬間にはこの場所に飛ばされていた。

 見た限りではダンジョンっぽいが、ダンジョンと明確に違うのは俺の周りを変な物体がフワフワと浮遊していること。


「はーい!これから菊川雅紀が十階層のボスをソロ攻略しまーす!レベルは1。で、す、が――菊川雅紀は最強なのでボスをぶっ倒しまーす!皆さん、ぜひ見てくださーい!」


 フワフワと浮遊している何かから、馬鹿っぽい声が聞こえてきた。

 言葉は理解できるが、言っている内容についてはちんぷんかんぷん。


 首を傾げて、俺は浮遊している何かを見つめていると――地面から這い出るように魔物が頭を覗かせた。

 この魔物は……ミノタウロスか?


 牛の顔をした人型の魔物で、全長3メートルほどの魔物。

 ルーキー冒険者の鬼門と言われている魔物で、多くの冒険者がこのミノタウロスに殺されてはいるが――所詮はルーキー冒険者にしか通用しない魔物。


 魔物の王である魔王を倒した俺にとっては朝飯前だ。

 俺は実力差も分からずに殺気を放っているミノタウロスを鼻で笑ってから、魔法で消し飛ばすために魔力を練ろうと片手を突き出した――のだが……魔力が練れない。


 理解ができずに手のひらを見たのだが、手が俺のものではない。

 何というか全体的にまん丸であり、見るからにムチッとした可愛らしい手。


 そこで自分の体の異変に気付いた俺は、手だけでなく体全体を見てみたのだが――完全なる別人へと変貌していた。

 自分の足が見えないほどお腹が出ており、服装もおかしければ武器を何も持っていない。


 魔王を倒すべく鍛え抜いた体はどこへやら、走るのもやっとな肉体に変わっていた。

 …………これはまずい。


 先ほどまでの余裕は消えてなくなり、焦りで頭が真っ白になったが――勇者として魔王を倒した俺はこのくらいの危機なら何度も乗り越えてきた。

 完全に姿を現し、迫ってきているミノタウロスを視界に捉えながらも、俺は冷静に大きく深呼吸した。


 魔力はゼロで、筋力もなければ武器もない。

 逃げる敏捷性もミノタウロスの攻撃を耐える耐久力もない。


 一見詰んでいるように見えるこの状況でも、何かしらの策はあるはずだ。

 冷静にこの場を見渡し、そしてこの場所の空気に大量の魔素が含まれていることに気がつく。


 自身の魔力がないのであれば、空気中の魔素を使って魔法を使えばいい。

 かなりの技術を要求されるのだが、俺なら絶対にできる。

 再び片手を突き出し、空気中の魔素を魔力に変えて――魔法を発動。


「【炎槍フレイムランス】」


 かなり頼りない中級魔法だが、火属性が弱点のミノタウロスになら通用するはず。

 俺の手のひらから飛んだ【炎槍フレイムランス】は、突っ込んできているミノタウロスの顔面を捉えた。


 一瞬宙を浮き、ミノタウロスの顔面は一気に燃え盛る。

 ミノタウロスは何とか火を消そうと地面をのたうち回っているが、一向に消える気配がない。


 この隙に逃げてもいいのだが――俺を殺そうとしたのだから殺されて然るべき。

 俺は転がっているミノタウロスに対し、今度は両手を突き出して魔法を唱えた。


「複合魔法【稲妻ライトニング】」


 突如として現れた稲妻が倒れているミノタウロスを貫くように降り注ぎ、暴れ回っていたミノタウロスは一瞬にして絶命。

 ミノタウロスの死体は灰となり、ドロップアイテムだけがその場に残った。


【キクカワマサキのレベルが10上昇】


 そんな無機質な声が脳内に響き渡る。

 レベル? なんだそれは……。

 

 訳の分からない状況すぎて理解が追い付いていないが、ひとまずドロップアイテムだけ拾ってここから出てみよう。

 フワフワと浮遊している変な物体も、念のため【稲妻ライトニング】でぶっ壊してから俺はダンジョンの外を目指して歩みを進めた。




※     ※     ※     ※





「ぎゃっはっは! 見てみろ! 菊川の野郎、顔面蒼白で倒れやがった!」

「兄貴、ヤバすぎますね! 置いていかれたショックで死んだんじゃないんすか!?」

「ありえるわァ! こりゃショック死してるっすよ!」


 三人の男達はドローンが映し出しているダンジョン内の映像を見て、腹を抱えて笑っていた。

 映像には顔面蒼白で倒れている太ったおっさんが映っている。


 この菊川という男は闇金に金を借りている債務者であり、この三人の男達はこの菊川に金を貸している債権者。

 膨らんだ利子を返せなくなった菊川を引きずり出し、こうしてダンジョンへと潜らせた。


 配信には投げ銭というシステムがあり、配信者にお金を直接渡すことができる。

 この投げ銭システムを利用して菊川に借金の利子を集めると同時に、金を返さないとどうなるかを思い知らせる一石二鳥の策。

 そしてバズらせるため、ダンジョンに潜ったことのない菊川を十階層のフロアに一人置き去りにして、その映像をドローンで配信するという鬼畜の所業を行っており、現時点で同接2000人を集めることに成功している。


「『レベル1の冒険者が十階層のボスであるミノタウロスをソロ攻略してみた』。タイトルが良かったのか、もう同接2000人を超えたぞ!」

「ただ……菊川の奴が倒れたせいで、同接が減り始めてますっすよ! 釣りタイトルだと思われてるっぽいっす!」

「ぎゃははは! まぁ釣りタイトルなんですけどね! でも、せっかく2000人も集まったんですから、もう少し頑張らせましょうよ! じゃなきゃ金を投げてくれませんから!」



287 名無しの配信警備員

なんか面白そうな配信やってる→http://~~


293 名無しの配信警備員

レベル1でミノタウロスは無理だろw 釣りじゃね?


298 名無しの配信警備員

チラッと見たけど男が倒れてた。体型的にも絶対に無理www


300 名無しの配信警備員

体型がダンジョン攻略者って感じがしないし、なんか事件性ありそうじゃね? 通報する?


301 名無しの配信警備員

まだ分からないだろ。とりあえず様子見



 三人の男達は倒れている雅紀を何とか起こそうと、ドローンを近くまで寄せてモーター音で目覚めさせる作戦を取った。

 ただ、完全に気絶しているようで一向に起きる気配はなく、同接はあっという間に1000人を切ってしまった。


「あぁーマジかよ。菊川の野郎、本当に起きねぇ!」

「九階層に待機するべきだったっすかね。とりあえず今日は失敗で終わりっすか?」

「ただでさえ社会のカスなのに、ネタにもならないなんて本当にゴミですね!」


 これ以上の進展はないと判断した三人は好き放題言い、呆れながら配信を切って、ドローンの回収を行おうと動こうとしたのだが……。

 配信を切る寸前で、画面に映し出された菊川はムクッと立ち上がった。


「菊川が立ったぞ! 配信を切るな!」

「声、声入れるっす!」

「ちょっと待て。――んんッ、“はーい!これから菊川雅紀が十階層のボスをソロ攻略しまーす!レベルは1。で、す、が――菊川雅紀は最強なのでボスをぶっ倒しまーす!皆さん、ぜひ見てくださーい!”。ぎゃはは、これでどうよ!」

「おお! 同接がまた伸びてきました!」

「あとは菊川が面白い死に方すれば一気にバズるぜ!! バズりゃ投げ銭もしてくれんだろ! 一気に盛り上がってきた!」



354 名無しの配信警備員

あっ、さっきの配信に映ってた男が起きたぞ


357 名無しの配信警備員

マジ? どんな感じ?


359 名無しの配信警備員

起きたけど……なんか釣りくせぇ


362 名無しの配信警備員

いや、これ普通にヤバそうじゃね? なんか配信に乗ってた声が不快


365 名無しの配信警備員

あっ、ミノタウロスきたああああああ!


366 名無しの配信警備員

ミノタウロスきたぞ


367 名無しの配信警備員

ミノタウロスきちゃああああ


369 名無しの配信警備員

今北、何で盛り上がってんの?


373 名無しの配信警備員

>>369 これ→http://~~



「おおお! 同接4000人超えました!」

「ミノタウロスが現れたからだろ! ドローンの操縦ミスんなよ? 絶対に菊川のダセェ死に際を撮れ!」

「任せとていてほしいっす! 俺がこの日のためにどれだけ練習したと思ってんすか!」


 フロアにゆっくりと現れたミノタウロスは、立ち上がった菊川に向かって進み始めた。

 十階層まではこの三人がキャリーし、そこから一気に撒いて置き去りにしたため、菊川は正真正銘の初めての戦闘がミノタウロスという状態。

 

 ミノタウロスのソロ攻略なんてこの三人でも無理であり、達成できたら中級者と呼べるくらいの難易度がある。

 それだけにレベル1の冒険者が倒すなんていうのは不可能であり、それ故に配信には多くの人間が押し寄せた。



401 名無しの配信警備員

ミノタウロスが迫ってる!


402 名無しの配信警備員

ヤバくね? これ、絶対に倒せないだろ


405 名無しの配信警備員

でも、なんか風格ある感じする!


408 名無しの配信警備員

>>405 横にデカいからだろwww


411 名無しの配信警備員

菊川雅紀でダンジョンデータ見たけど、ガチでレベル1

倒したらマジで伝説だけど、虐殺されんだろ!


413 名無しの配信警備員

うわー、マジじゃん

普通にいじめかなんかなのか。胸糞わりぃ


414 名無しの配信警備員

やっぱ通報案件。配信してる奴だれ?



「きたきたきた! ぎゃはは! 菊川の奴、片手突き出して、いっちょ前にかっこつけてるぞ!」

「いいっすねぇ! 魔法も使えないのにそれっぽいっす!」

「魔力ゼロなのも確認済みですから! どう死ぬのかワクワクしますね!」


 菊川を一瞬で標的としたミノタウロスは、あっという間に間合いに入った。

 無駄に大きな斧を持っており、その斧を振りかぶって――菊川に向かって振り下ろす。


 ここに来て菊川の表情に焦りの色が見えたように思え、全員が両断されると配信を見ていたのだが……そこから起こったのはまさかの出来事。

 差し出した手の平から現れたのは、中級魔法【炎槍フレイムランス】。


「…………はぁ? なんで……魔法が出たんだよッ!」

「画面外に誰かいるんじゃないんですか? ドローンでフロア全体を映そう!」


 そんな指示に従い、フロア全体を映したが――この十階層には菊川しかいない。

 実際に菊川の手の平から【炎槍フレイムランス】が出ており、ミノタウロスを襲ったのは間違いなく菊川の魔法。



431 名無しの配信警備員

ファッ!?


432 名無しの配信警備員

ふぁっ!?


433 名無しの配信警備員

なに?


434 名無しの配信警備員

何が起こった?


435 名無しの配信警備員

いやいや【炎槍フレイムランス】やんwww ……えっ? 本当にレベル1なの?


436 名無しの配信警備員

中級魔法で草 訳分かんね


442 名無しの配信警備員

マジでレベル1だぞ! 魚拓→http://img~~


445 名無しの配信警備員

>>442 マジやん どういうこと?


447 名無しの配信警備員

魔法職とか? ……いや、魔法職でもレベル1で中級魔法は無理だろ


450 名無しの配信警備員

釣りじゃなくてガチの伝説で草




 ミノタウロスは菊川の放った魔法で虫の息となっており、地面を転げ回っている。

 さっきまで馬鹿笑いしていた三人は完全に意気消沈しており、何が起こっているのか理解できていない様子。


「何? 今何が起こったんだ?」

「菊川が魔法を使ったってことっすか? 何? あいつ戦えないフリしてたっすか?」

「フリなんてできねぇだろ! 実際にレベル1なのは確かめたし、現に少し前まで倒れていただろ!」


 改めて見ても何が起こったのか分からず、三人はただ黙って映像を見るしかない。

 魔法を使えるのに、もし黙っていたのだとしたら許さない。


 そんな思考が三人の頭を過っていたが――この三人にはソロでミノタウロスを倒すことなんて不可能。

 それなのにも関わらず、“許さない”という思考が出来ている違和感にまだ気づいていない。



453 名無しの配信警備員

レベル1で中級魔法ってどういうこと? 何かのバグ?


454 名無しの配信警備員

何か凄いもの見た気がするわ


456 名無しの配信警備員

>>453 バグってゲームじゃないんだからないだろ


460 名無しの配信警備員

でも、バグじゃないんだとしたら理解不能すぎるだろ。

誰か切り抜いてないの?


466 名無しの配信警備員

>>460 切り抜き動画がD-Tubeに上がってる



 全員がレベル1の謎の少年が放った魔法についての議論が進んでいる中、映像ではまだ辛うじて動いているミノタウロスが映し出されていた。

 弱点である火属性の攻撃が直撃し、このまま放置していても死ぬため、もう動きはないと誰しもが思っていたのだが……。


 先ほどのおっさんはその瀕死のミノタウロスに両手を突き出した。

 また何かが起こる――全員が再び映像に注視したところで、菊川の手から凄まじい雷撃が倒れていたミノタウロスに直撃。

 一瞬して灰と化し、ドロップアイテムである金の欠片だけが映し出されている。



512 名無しの配信警備員

ファーーーーーーwwwwwww


513 名無しの配信警備員

ファッ!?


514 名無しの配信警備員

また変なの起こったwwwww


517 名無しの配信警備員

今の雷魔法? 見えなかったんだけどwww


520 名無しの配信警備員

レベル偽装だろ!


524 名無しの配信警備員

この配信タイトルで釣りじゃないどころか、期待値超えてくるとか伝説すぎwwwwww



 配信サイト以外でも既に話題になり始めたらしく、同接は5000人を超えた。

 バズったことは嬉しくもあったが、思っていたのと違うバズり方に三人は不満の色を隠せていない。


「……マジでムカつきますね。俺らを騙してたってことですよね?」

「菊川の野郎、戻ってきたら絶対にボコすっすよ!」

「投げ銭もほとんどねぇし……はぁ、マジで萎えた。とっとと配信切って、ドローンの回収をしようぜ」


 これ以上話題になる前に配信を切ろうとした三人だったが、当の菊川はまだ満足している様子ではなく、今度は配信ドローンに向かって手を突き出した。

 一瞬にして嫌な予感を察知した三人だったが、時既に遅し。


 菊川の放った【稲妻ライトニング】は配信ドローンに直撃し、確実に壊れた音を残してから映像は完全に途絶えた。

 あまりの出来事に呆然とすることしかできない三人。


 それもそのはずで、このドローンは20万円はする特注のもの。

 ダンジョン内でも問題なく配信することができ、ダンジョン外からでも操縦可能な特別仕様。


 今回の配信のために購入したドローンであり、今後も使う予定だったもの。

 それを易々と破壊されたことに絶望しかなく、三人は何も映っていない真っ暗な画面をただ見つめることしかできなかった。




531 名無しの配信警備員

びびった


532 名無しの配信警備員

なに?


533 名無しの配信警備員

こわ


534 名無しの配信警備員

マジでびびった


537 名無しの配信警備員

ドローンを壊した?


539 名無しの配信警備員

そんなことある? 映像綺麗だったし高いだろ?


541 名無しの配信警備員

行動全部が意味分かんねぇ! 本気で伝説の配信だろ!


545 名無しの配信警備員

キクカワマサキ。これはとんでもない逸材が現れたな





―――――――――――――――

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