異世界魔王のゲーム攻略
月夜アカツキ
第1界 イニシアルト
第1話
魔王アリーザは人類に対して宣戦布告をした。
『これ以上戦いを続けるというのなら、私自らあなたたちの相手をしてあげるわ』
それは凛と響く可憐な少女のような声。だが、その声は底知れぬ恐怖を人類に与えた。
紛れもない魔王自身の言葉だと。
人類は魔王討伐のために異世界から勇者を召喚した。
しかしその勇者もアリーザの前に敗北し、人類は滅ぼされてしまった。
かくして、争いのない魔族の平和な時代が訪れたのであった。
「はぁ、暇を消し去るすべはないのかしら」
アリーザは天蓋付きのベッドにあおむけになりながら何度目かわからない言葉をつぶやく。
絹よりも滑らかな赤みがかった黒髪。ルビーのような赤く大きな瞳。血の気を感じさせないほどに白く透き通った肌。艶やかに赤みがかった唇。
しなやかな身体に細かなレースがあしらわれた黒いドレス姿をまとっている。
存在そのものが一つの芸術作品のようなであるその者こそ、人類を滅ぼした魔族の王、魔王アリーザその人であった。
が、その髪は無造作に広がり、ドレスに皺がつくこともいとわず四肢を広げてベッドに横になる。整った顔でため息をつくその姿を何も知らない者が見たら魔王だとは思わないだろう。
だがこれが、魔王アリーザの日常である。
魔王は決して不死ではないが、その寿命は永遠に等しい。
アリーザ自身、見た目こそ若い少女のようだがその年齢はゆうに1000を超える。
だがその間、アリーザ自らが何かをすることはめったになかった。
魔王は魔族にとって神にも等しい存在。そのような存在の手を煩わせることなどあってはならないのである。
衣食住にも困らず、欲しいものは何でも手に入る。
だが、何もすることがない暇な状況というのはかえって苦痛であり、それは魔王であるアリーザにとっても同じことであった。
暇をつぶすためにアリーザは様々なことに挑戦し、様々な知識を得てきた。
今も目線を壁に向けると、その名残が残っている。
山積みになった世界中の本、自ら作った細かな装飾が施された家具、ピース数が億にもなるジグゾーパズル、一人でオーケストラを演奏した楽器類、現存するすべての料理を作った料理道具・・・
魔法で収納しているものも含めたらそれだけでこの部屋の中がいっぱいになってしまうだろう。
これらはすべてアリーザが暇つぶしに行ったものである。
なにもアリーザが飽き性だというわけではない。ただすぐに極めてしまうのだ。
勇者が召喚されたという知らせを受けた際、城の者たちには緊張が走り、それに伴って対抗策が話し合われた。
それにはさすがのアリーザ自らも参加し、勝算や万が一にも自らが負けた際の配下たちの動きについて議論を重ねた。
だがそのようなせわしない日々も終わってしまえば待っているのはいつも通りの日々。
それどころか、自分たちの信仰の対象ともいえる魔王が自ら動いたということが民たちにさらなる活力を与え、かえってアリーザのやることはなくなってしまった。
(私のためだというのは分かるのだけどね・・・)
小さくため息をこぼす。
かといってこのまま寝転んでいるわけにはいかないと、ベッドから体を起こす。
そうして最初に見えるのは黒と赤を基調とした部屋。ちょっとしたパーティーが開けそうなほどに広く、壁には黒のレースカーテンがかけられた窓がいくつか並ぶ。テーブルとソファが置かれ、壁には大きな本棚やドレッサーなどが並ぶ。天井からは大きなシャンデリアが下げられたその部屋が今のアリーザの自室である。もっとも、この城そのものがアリーザの所有物であるため正確には数ある部屋の一つに過ぎないのだが。
アリーザはベッドの右側につけられた窓枠に手をかけ、城下の様子に目を向ける。
眼下に広がるのは平和そのものの光景。老人から子どもまで、行き交う人々はみな活気に満ち溢れている。アリーザの力によって日の光が差し込むことはないが、照明の魔法具によって照らされた町はかえって幻想的に見える。耳をすませば大通りを走る子どもたちの無邪気な笑い声が聞こえてくる。これまで執拗に攻めてきた人類がいなくなった今、彼らが戦場に立つようなことはもう起きないだろう。それを思い、アリーザは小さく、どこか懐かしむように微笑んだ。
(結果としてまた暇な日常が戻ってきたけど、これでよかったのかもしれない)
そのまましばらく城下の様子を眺めていたアリーザだったが、「そういえば」とつぶやき、窓から離れる。ベッドの横に置かれた黒と金のドレッサーに向かい、一番下の大きな引き出しを開けた。
中に入っているのは入れたものの時間を止める魔法が施された豪華な木箱。一見すると模様に見えるその装飾は、その一つ一つが意味を持った魔法陣のような役割を果たしている。
アリーザは勇者を倒した際、異様な魔力を放っていたものをひとまずこの箱の中に入れておいたのだ。
中に入っているのは銀色の被り物ようなもの。
一見すると頭につける防具のようにも見えるが、4cmほどある厚さと肝心な頭部に穴が開いたその形状はとても防具として役立ちそうではない。
なによりアリーザは、勇者が戦っている間にこれを使っているのを見ていない。
しかし、アリーザはそれ以上にこの謎の物体の表面、さらにその中から感じる妙な気配が気になった。それはこの物体を入れていた箱に施されたように、何かの魔法だが、それもただの魔法ではない。
「この魔法、やっぱり神の魔法だ」
異世界から召喚される勇者は、召喚の過程で神に出会い、そこで神から何か一つ好きなものを授けてもらえる。
そして、神の魔法とは基本的には神のみが扱える創世にも似た力であり、それを扱える人間などいたはずがない。
つまりこの物体こそ、勇者が神から授けられたものなのだろう。
だがどのような魔法なのかは見ただけではわからない。
「『アナライズ』」
アリーザの目に水色の小さな魔法陣が出現し神の魔法を一つ一つ読み解かれる。
神の魔法は神にしか扱えないもの。
しかし、魔王となり神にも等しい存在となったアリーザにとって、神の魔法を解析するくらいであれば容易なことだった。
(これは・・・意識をどこか別の場所に飛ばす魔法みたいね。だけど飛ばす先がわからない。まるでこの世界の外に向けて意識を飛ばしているような)
それ以上のことがわからないでいるアリーザだったが、その思考は打ち切られることとなった。
突如として世界から色が、音がきえる。世界はその動きを止め、アリーザただ一人がこの場において思考することも、動くこともできた。
アリーザを除くこの世界の時間が停止したのである。
突然のことに驚きながらも、アリーザは以前にも似たような状況に陥ったことを思い出した。
(これは魔王になったあの日と同じ・・・まさか)
「ユグネルさまですか?」
「あったり~~!!!」
アリーザの呼びかけに答えるように、まばゆい光とともに何者かが姿を現した。
柔らかな灰色の髪。ヘリオドールのような輝きをはらんだ黄色の大きな瞳が細かな睫毛から顔をのぞかせる。艶やかなルージュをはらんだ唇につんと上を向いた鼻。白いドーリス式キトンのような服を身にまとったその姿は彫刻のような美しさをはらんでいるが、その背から見える白と黒の4対の羽がその者に異様な存在感を与えている。
人類とも魔族ともそのほかどのような種族とも取れない、恐ろしさの神々しさが両立したその姿はこの世のものとは思えないその者こそ、この世界の創造神、ユグネルだった。
「本日は一体どんな御用でいらっしゃったのですか?」
いつ振りかもわからない創造神との邂逅に緊張が走るアリーザは思わず敬語になるが、それとは対照的にユグネルは気さくな口調で返す。
「いや~、アリーザちゃんがあたしの魔法を解析している気配を感じ取ってね。そういえばしばらく会っていないな~って思って会いに来たんだ!」
えへへとただただ明るくはなすユグネル。
人類は、『神は人類の味方であり、魔族を滅ぼすために力を貸してくださる』と説いていたが、ユグネルにとって人類も魔族も等しく自分の被造物である。そこに優劣など存在しない。
だがユグネルはアリーザのことを気に入っており、今もアリーザの頭をなでながら話を続ける。
「それ、あたしがあの勇者くんにあげたものだよね」
「は、はい」
そう答えながらさりげなくユグネルの拘束から離れてアリーザは答える。
そのことにユグネルは少し不満げな顔をしながらも、同意を示すように何度か頷く。
「で、それが何かわかった?」
「意識を別の場所に飛ばすものだと言うことまでは」
アリーザのことばにうんうんと満足そうに頷くユグネル。
「それは勇者くんの世界で流行しているゲームをするための道具でね。それをかぶって意識をゲームの世界に飛ばして遊ぶんだよ。いやーそれをつくるには苦労したよ。なにせ勇者くんのいた世界はあたしが管理する世界じゃないからね。そっちの神に事情を説明して何とか実現したんだ」
ユグネルの話に「なるほど」と感心しているアリーザに対して、ユグネルは「そうだ!」と何かを平めたように口を開いた。
「せっかくだしそれで遊んでみない?」
思いも寄らない提案にアリーザは思わず「はい?」と驚くが、ユグネルは気にしないで話を続ける
「あたしも前に試したんだけど、結構楽しめたからさ。きっとアリーザちゃんも楽しめると思うよ!」
「し、しかし・・・。そもそもこれがゲームなのですか?」
アリーザの言葉を待たずしてユグネルは「じゃ~ね~」と言いながら再び光となって姿を消した。
ユグネルが去ったことで再び世界は色を取り戻して動き始める。
創造神の唐突な来訪に驚きながらアリーザは手に持つ道具を見る。
「これが・・・ゲーム?いや、元になったものがそうなだけでこれはユグネル様がおつくりになった神器と言った方が正しいのかしら」
いづれにせよユグネルがゲームと言えばそれはゲームなのだろう。
そして、そのユグネルがアリーザに勧めたものならばアリーザにためらう理由はなかった。
意識を別のところに飛ばす以上、今のこの身体は意識を失った状態になると考えたアリーザは念のためベッドで横になる。
装着するとそれはアリーザの頭に合わせて大きさが変化する。
だが、正面には真っ暗な内側しか見えない。
何か間違えたのかとアリーザが思い始めた時、どこからか声がする。
『異なるプレイヤーによる使用が確認されました。新しいデータで開始しますか?』
人間とも魔族とも異なる感情のこもらない無機質な音声。
テレパシーとも異なる何かでアリーザの頭に直接語り掛けてきているその声は、どうやら何かの許可を求めてきているようだ。
ほかにできることもないため、アリーザはその声に同意する。
『了解しました。新しいデータの作成を開始します』
声がそう言うと同時に、その道具に仕掛けられた魔法が作動するのを感じる。
ユグネルによってかけられた魔法陣が多重構造となり、アリーザですら解読が困難なほどに複雑な魔法が起動する。
次の瞬間アリーザの意識はどこか別の世界へと飲まれていった。
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