異世界魔王のゲーム攻略

月夜アカツキ

第1界 イニシアルト

第1話

 とある異世界で、魔王アリーザは人類に対して宣戦布告をした。

『いい加減にあなたたちの行いにはうんざりした。これ以上続けるつもりなら、あなたたちに明日はない』

 それまで比較的穏やかだった魔王からの突然のそのような言葉。

 当然人類は魔王討伐のために対策を講じた。

 そんな中、人類が魔王討伐の切り札として異世界から召喚された勇者である龍弦雄一は仲間と共に着実に力をつけ、ついにアリーザと相対し・・・

 敗北した。

 それはもはや戦いとすら呼べるものではなく、アリーザは全力を出すまでもなく勇者を倒してしまった。

 別に勇者がろくな修行を行わなかったというわけではない。むしろ物語の存在だと思っていた異世界に彼は喜び、勇者としての使命を全うしようとしていた。しかしそれでもかなわなかった。要するにアリーザが強すぎたのだ。

 このようにして無事世界を支配したアリーザは今何をしているかというと


 自室のベッドで仰向けになっていた。

「暇だな」

 アリーザはごろごろとベッドを転がる。

 魔王は不滅というわけではないが、寿命というものが存在しない。

 その上アリーザの配下はみな優秀なものであるためアリーザは魔王として何かするという必要性がなかった。

 なにより魔王は魔族にとって神にも等しい存在である。そんな魔王に対して気軽に話しかけようとする魔族など存在しない。

 衣食住にも困らず、欲しいものは何でも手に入る。

 だからといって何もしないでいられるかというとそういうこともなく、アリーザはたびたび何か時間をつぶせるものを探していた。

 そんな中、人類がアリーザの領地への大規模侵攻を開始した。

 人類は以前から魔物の領地を狙っていたが、たびたびアリーザがけん制していたからかそこまで大きなものは起きなかった。

 だが今回の信仰でアリーザの配下が多数怪我をした。

 それに怒ったアリーザは長らく続いた人類と魔族の争いに終止符を打つことにしたのだ。

 そんな中召喚されたのが勇者だ。

 だが、勇者は単純に異世界からとてつもない力を手にしてやってくるといわれている、ただの人類に過ぎない。

 実際、龍弦雄一はすさまじいセンスをもってはいたが、それでもアリーザを倒すことなど枯れ葉で隕石を粉粉に砕こうとするほどに難しいことだった。

 そもそもろくに剣を握ったことのない青年が、突然魔王と戦うだけの実力を持っているわけがない。

 鍛え、剣をまともに振ることができるようになるまで半年、実戦で戦うことができるようになるまでさらに半年かかった。

 だがその結果として、その足は大地を風のようにかけ、その剣は岩をも砕き、その体は鋼をもはじく、まさに人類の英雄と言える存在へとなっていた。

 彼は仲間とともに旅をはじめ、魔王のもとを目指した。これから待ち受けるであろう様々な冒険を目指して。

 だが、彼らを最初に、そして最後に待ち受けていたのはこれから打倒さんとしていた魔王アリーザ本人だった。

 魔王とは各地で魔王軍の幹部を打ち倒し、最後に魔王城で戦うことになる存在だと思っていた雄一にとってこの邂逅は想定外なものだった。

 だが、自身が勇者である以上、必ず魔王を打ち倒すことができるはずだと、彼は仲間とともに魔王と戦う決意を固めた。

 だが魔王は光のように移動し、大地を消滅させ、いかなる攻撃も通さない。

 勇者たちはなすすべなく魔王に負けてしまった。

 そのまま宣言通り人類は滅ぼされ、アリーザを待っていたのはいつもの何もすることがない日々。

「はぁ~」

 アリーザは大きなため息をこぼすが、だからといってこのまま寝転んでいるわけにはいかないと、ベッドから体を起こす。

 そして見たのはちょっとしたパーティーが開けそうなほどの黒と赤を基調とした自分の部屋。もっとも、この城そのものがアリーザの所有物であるため正確には数ある部屋の筆に過ぎないのだが。

 そこには所狭しと様々なものが置かれている。

 山積みになった世界中の本、自ら作った細かな装飾が施された家具、ピース数が億にもなるジグゾーパズル、一人でオーケストラを演奏した楽器、現存するすべての料理を作った料理道具・・・

 どれもアリーザが暇つぶしとして始めたものである。

 しかし初めは暇つぶしになるが、長く続くと飽きてくるものである。なにもアリーザが飽き性というわけではない。むしろ一度始めたら極めるまで続けようとする。

 なのにこうして暇をしてしまうほど、アリーザにとって時間とは有り余っているものなのである。

 アリーザは部屋にある大きな窓ガラスから外を見る。

 魔物の中には太陽の光が苦手なものもいるため、常に月明かりが照らす街は今日も多種多様な魔族で活気に満ちている。

「かつては、私もあそこで」

 自分が思わず口にしかけたことを引っ込めて、「そういえば」とドレッサーに向かい、一番下の大きな引き出しを開けた。

 中に入っているのは中に入れたものの時間を止める魔法が施された豪華な木箱。

 アリーザは勇者を倒した際、異様な魔力を放っていたものをひとまずこの箱の中に入れておいたのである。

 中に入っているのは銀色の被り物ようなもの。

 一見すると頭につける防具のようにも見えるが、防具にしては分厚い上に、守れるところはそれほど多くない。

 なによりもアリーザは、勇者が戦っている間にこれを使っているのを見ていない。

 しかし、アリーザが注目したのはそこではない。

「この魔法、やっぱり神の魔法だ」

 異世界から召喚される勇者は、途中で神に出会い、そこで神から何か一つ好きなものを授けてもらえる。

 アリーザはこれがその授けられたものだと考え、そこに仕込まれた魔法を解析する。

「『アナライズ』」

 アリーザの目に水色の小さな魔法陣が出現しこの物体の情報が記される。

 神の魔法を一つ一つ読み解かれ、その詳細がアリーザの脳裏に刻まれる。

 本来神の魔法はその世界のものにとっては理解しえないものである。

 しかし、魔王となり神にも等しい存在となったアリーザは、とうの昔に神の魔法を解読してしまっている。

(これは・・・意識をどこか別の場所に飛ばす魔法みたいだな。だけど飛ばす先がわからない。まるでこの世界の外に向けて意識を飛ばしているような)

 その時、魔法を解析しているアリーザは突如として世界が停止したのを感じとる。

 色を失った世界。月の光すら停止した暗闇の中、ただ一人アリーザのみが動くことができる。

 突然のことに驚くが、アリーザはかつて同じ現象に遭遇したことがある。

(これは魔王になったあの日と同じ・・・まさか)

「ユグネルさまですか?」

「あったり~~!!!」

 アリーザの呼びかけに答えるように、まばゆい光とともに黒と白の翼をもつ灰色の髪をした女性のような人物が姿を現した。

 人類とも魔族ともそのほかどのような種族とも取れない異様な存在感。

 この世界の創造神、ユグネルだった。

「本日は一体どんな御用でいらっしゃったのですか?」

 アリーザの丁寧な言葉と対照的に、ユグネルは気さくな口調で返す。

「いや~、アリーザちゃんがあたしの魔法を解析している気配を感じ取ってね。そういえばしばらく会っていないな~って思って会いに来たんだ!」

 えへへとただただ明るくはなすユグネル。

 人類は、『神は人類の味方であり、魔族を滅ぼすために力を貸してくださる』と説いていたが、ユグネルにとって人類も魔族も等しく自分の被造物である。そこに優劣など存在しない。

 だがユグネルはアリーザのことを気に入っており、今もアリーザのことをなでながら話を続ける。

「それ、あたしがあの勇者くんにあげたものだよね」

「は、はい。どんなものなのか解析しようと思いまして」

 ユグネルの拘束から離れてアリーザは答える。

 にユグネルは少し不満げな顔をしながら「わかるよ~」としきりに頷く。

「長生きしすぎるのも困りものだよね。あたしも毎日暇でさ~。で、それが何かわかった?」

「意識を別の場所に飛ばすものだと」

 アリーザのことばにうんうんと満足そうに頷くユグネル。

「それは勇者くんの世界で流行しているゲームをするための道具でね。それをかぶって意識をゲームの世界に飛ばして遊ぶんだよ。いやーそれをつくるには苦労したよ。なにせ勇者くんのいた世界はあたしが管理する世界じゃないからね。そっちの神に事情を説明して何とか実現したんだ」

 ユグネルの話に「なるほど」と感心しているアリーザに対して、ユグネルは「そうだ!」と何かを平めたように口を開いた。

「せっかくだしそれで遊んでみない?」

「え⁉し、しかしこれは勇者が」

「いいって、いいって。あたしも前に試したんだけど、結構楽しめたからさ。きっとアリーザちゃんも楽しめると思うよ!」

 そこまでいってユグネルは「じゃ~ね~」と姿を消す。

 再び世界は色を取り戻して動き始める。

 嵐のように突然きて突然去っていったユグネルに驚きながら、アリーザは手に持つ道具を見る。

「これがゲーム?」

 うーむとアリーザは考え込む。

 しばらくそうしていたアリーザだったが、意を決したように顔をあげた。

「よし、使ってみよう。たしかこれを頭にかぶるんだったよね」

 意識を別のところに飛ばす以上、今のこの身体は意識を失った状態になると考えたアリーザは念のためベッドで横になる。

 さっそくかぶってみると、さすがは神の道具というべきかアリーザの頭の大きさに合わせてサイズが変化する。

 その時、どこからか声がした。

『異なるプレイヤーによる使用が確認されました。新しいデータで開始しますか?』

 人間とも魔族とも異なる無機質な音声。

(これは私の頭に直接語り掛けてきている?どうやら許可を求めているようだけど)

「そ、それでおねがい」

『了解しました。新しいデータの作成を開始します』

 その言葉とともに、その道具にかけられた魔法が発動するのを感じる。

 アリーザの意識はどこか別の世界へと飲まれていった。

 

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