異世界魔王のゲーム攻略

月夜アカツキ

第1話

 地球とは異なる世界。

 そこでは世界の支配を目論む魔物の女王、魔王アリーザとそれを阻止しようとする人類が争いを続けていた。

 人類の魔王討伐の切り札として異世界から召喚された勇者である龍弦雄一は仲間と共に着実に力をつけ、ついに魔王と相対し・・・

 敗北した。

 それはもはや戦いとすら呼べるものではなく、魔王は全力を出すまでもなく勇者を倒してしまった。

 別に勇者がろくな修行を行わなかったというわけではない。むしろ念願の異世界に彼は喜び、勇者としての使命を全うしようとしていた。要するに魔王が強すぎたのだ。

 このようにして世界を支配した魔王は今何をしているかというと


「暇だ」

 自室のベッドで仰向けになっていた。

「はぁ~、勇者が攻め込んでくるまではその対策のためにいろいろとやることがあったけど、まさか勇者があんなにも弱いだなんて」

 悠久の時を生きる魔王にとって暇つぶしというのは何よりも代えがたいものである。

 人類を滅ぼすというのもアリーザが暇つぶしに始めたことに過ぎない。

 当然滅ぼされると知ってなにも抵抗しないものがいるはずもなく、人類は異世界から勇者を召喚した。

 勇者は必ず魔王を倒すと思うかもしれないが、現実はそうではない。勇者は単純に異世界からとてつもない力を手にしてやってくる人類に過ぎない。

 現に龍弦雄一もとてつもない力を持っていた。

 しかしながら考えてほしい、どれほど異世界漫画が好きだろうと、ファンタジーゲームが好きだろうと、いきなり異世界に召喚されて武器を持ち、死地に赴けと言われて「はい、わかりました」といって軽々と戦うことができるだろうか。

 実際、体を鍛え剣をまともに振ることができるようになるまで半年、実戦で戦うことができるようになるまでさらに半年かかった。

 だがその結果として、その足は大地を風のようにかけ、その剣は岩をも砕き、その体は鋼をもはじく、まさに人類の英雄と言える存在へとなっていた。

 彼は仲間とともに旅をはじめ、魔王のもとを目指した。

 しかし、魔王にとって人類との戦争は暇つぶしにすぎない。彼女は勇者が鍛えている間ずっと暇をしていたのだ。

 そんな彼女がこれ以上待ってはいられないと旅立ったばかりの勇者のもとへと自ら赴いた。

 勇者は驚いた。彼にとって魔王とは各地で魔王軍の幹部を打ち倒し、最後に魔王城で戦うことになる存在だったからである。

 だが、自身が勇者である以上、必ず魔王を打ち倒すことができるはずだと、彼は仲間とともに魔王と戦う決意を固めた。

 繰り返しになるが、実際の勇者は必ず魔王を討伐することができるような存在ではない。

 そもそも強くなったとはいってもたかだか数年の修業で幾千年も修行してきた魔王に追いつくことなどできないのである。

 魔王は光のように移動し、大地を消滅させ、いかなる攻撃も通さない。

 勇者たちはなすすべなく魔王に負けてしまった。

 あまりの弱さに落胆した魔王は勢いそのままに人類を滅ぼしてしまった。

「はぁ~」

 魔王は大きなため息をこぼしながら、かつてのことを思い出す。

(先代の魔王を打ち倒し、歴代最強の魔王と呼ばれるようになって数千年。かつての仲間はもはや生きておらず、私だけがこうして生きている)

 魔王は魔族にとって神にも等しい存在である。そんな魔王に対して気軽に話しかけようとする魔族など存在しない。

 衣食住にも困らず、欲しいものは何でも手に入る。仕事も基本城に努める部下がこなすため、魔王はやることがない。

 だからといってこのまま寝転んでいるわけにはいかないと、魔王はベッドから体を起こした。

 ちょっとしたパーティーが開けそうなほどの黒と赤を基調とした部屋には、所狭しと様々なものが置かれている。

 山積みの本、自ら作った家具、ピース数が億にもなるジグゾーパズル、楽器、料理道具・・・

 どれもアリーザが暇つぶしとして始めたものである。

 どれも初めは暇つぶしになるが、長く続くと飽きてくるものである。なにもアリーザが飽き性というわけではない。それほどまでにアリーザにとって時間とは有り余っているものなのである。

 アリーザは部屋にある大きな窓ガラスから外を見る。

 そこから見える月明かりが照らす街には様々な魔族で活気に満ちている。

「かつては、私もあそこで」

 自分が思わず口にしかけたことを引っ込めて、「そういえば」とアリーザはドレッサーに向かい、一番下の大きな引き出しを開けた。

 中に入っているのは中に入れたものの時間を止める魔法が施された木箱。

 アリーザは勇者を倒した際、異様な魔力を放っていたものをひとまずこの箱の中に入れておいたのである。

 いい暇つぶしになるかもしれないとウキウキしながらアリーザは木箱を開ける。

「うーん。最初見た時もそうだけど、やっぱりこれが何なのかちっとも見当がつかない」

 木箱に入っているのは黒い被り物ようなもの。

 一見すると頭につける防具のようにも見えるが、防具にしては分厚い。

 なによりもアリーザは、勇者が戦っている間にこれを使っているのを見ていない。

 しかし、アリーザが注目したのはそこではない。

「この魔法、やっぱり神の魔法だ」

 この謎のものには神によって魔法がかけられていた。

 異世界から召喚される勇者は、途中で神に出会い、そこで神から何か一つ好きなものを授けてもらえる。

「これはあの勇者が神から授けられたものだと思うのだけれど、これは一体・・・。調べてみるか」

 アリーザはその未知の道具に対して解析魔法を使用する。

 本来神の魔法はその世界のものにとっては理解しえないものである。

 しかし、魔王となり神にも等しい存在となったアリーザは、とうの昔に神の魔法を解読してしまっている。

「『アナライズ』」

 アリーザの発動させた魔法は神の魔法を一つ一つ読み解いていく。

(これは・・・意識をどこか別の場所に飛ばす魔法みたいだな。だけど飛ばす先がわからない。まるでこの世界の外に向けて意識を飛ばしているような)

 その時、魔法を解析しているアリーザは突如として世界が停止したのを感じとる。

 色を失った世界で、ただ一人アリーザのみが動くことができる。

 突然のことに驚くが、アリーザはかつて同じ現象に遭遇したことがある。

(これは魔王になったあの日と同じ・・・まさか)

「ユグネルさまですか?」

「あったり~~!!!」

 アリーザの呼びかけに答えるように、まばゆい光とともに黒と白の翼をもつ灰色の髪をした女性のような人物が姿を現した。

 人類とも魔族とも取れない異様な存在感。

 この世界の創造主、神ユグネルだった。

「本日は一体どんな御用でいらっしゃったのですか?」

 アリーザは久方ぶりに丁寧な口調でそう話しかける。

 それもそのはず、魔族の頂点と言えど、アリーザもユグネルの創造物の一つに過ぎないのである。

 ユグネルがその気になればこの世界から消滅させられかねない。

 そんな緊張をもって話しかけるアリーザとは対照的にユグネルは明るい口調で訳を話す。

「いや~、アリーザちゃんがあたしの魔法を解析している気配を感じ取ってね。そういえばしばらく会っていないな~って思って会いに来たんだ!」

 ただただ明るくはなすユグネル。

 人類は、『神は人類の味方であり、魔族を滅ぼすために力を貸してくださる』と説いていたが、ユグネルにとって人類も魔族も等しく自分の被造物である。そこに優劣など存在しない。

「なにかご無礼を働いたでしょうか?」

「も~、そんなに固くならないでよ。アリーザちゃんだってあたしと同じ、神の領域に入っているんだから」

「しかし」

 否定しようとするアリーザだったが、その言葉を待たずにユグネルはアリーザが手に持つものを指さしながら口を開く。

「それよりもそれ、あたしがあの勇者くんにあげたものだよね」

「は、はい。どんなものなのか解析しようと思いまして」

「わかるよ~。長生きしすぎるのも困りものだよね。あたしも毎日暇でさ~。で、それが何かわかった?」

「意識を別の場所に飛ばすものだということはわかったのですが」

 アリーザのことばにうんうんと満足そうに頷くユグネル。

「それは勇者くんの世界で流行しているゲームをするための道具でね。意識をゲームの世界に飛ばして遊ぶんだよ。いやーそれをつくるには苦労したよ。なにせ勇者くんのいた世界はあたしが管理する世界じゃないからね。そっちの神に事情を説明して何とか実現したんだ」

 ユグネルの話に「なるほど」と感心しているアリーザに対して、ユグネルは「そうだ!」と何かを平めたように口を開いた。

「せっかくだしそれで遊んでみない?」

「え⁉し、しかしこれは勇者が」

「いいって、いいって。あたしも前にテストプレイしたんだけど、結構楽しめたからさ。きっとアリーザちゃんも楽しめると思うよ!」

 そこまでいってユグネルは「じゃ~ね~」と姿を消す。

 再び世界は色を取り戻して動き始める。

「久しぶりにお会いしたと思ったらあっという間にいなくなってしまったな」

 アリーザは手に持つ道具を見る。

「これがゲーム?いや、ユグネルさまがおっしゃるのならばそうなのだろう」

 うーむとアリーザは考え込む。

 しばらくそうしていたアリーザだったが、意を決したように顔をあげた。

「よし、使ってみよう」

 意識を別のところに飛ばす以上、今のこの身体は意識を失った状態になると考えたアリーザは念のためベッドで横になる。

「おそらくこれはかぶって使用するんだろうな」

 さっそくかぶってみると、さすがは神の道具というべきかアリーザの頭の大きさに合わせてサイズが変化する。

 その時、どこからか声がした。

『異なるプレイヤーによる使用が確認されました。新しいデータで開始しますか?』

 人間とも魔族とも異なる無機質な音声。

(これは私の頭に直接語り掛けてきている?どうやら許可を求めているようだけど)

「そ、それでおねがい」

 驚くアリーザを他所に声はさらに話を続ける

『了解しました。新しいデータの作成を開始します』

 その言葉とともに、その道具にかけられた魔法が発動するのを感じる。

 アリーザの意識はどこか別の世界へと飲まれていった。

 

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