駅伝バカ
父は駅伝とマラソンには目がない人だった。ここだけを切り取って読むと、走ることが好きな健康意識の高い人なのだろうと思う人もいるだろう。残念なことに、見る方専門なのです。
箱根駅伝は、父の生きがいとも言える毎年のイベントでした。この言い方だと語弊がありますね。父の生きがいは、「毎年の箱根駅伝での中央大学の順位を確認する」のが生きがいでした。
父が卒業した中央大学は、箱根駅伝の出場回数は、ダントツの一位だそうです。最多総合優勝は一四回、最多出場回数は九五回、順位の幅は一~一三位の間を行ったり来たりしています。しかし、概ね一〇位以下で推移していて、比較的上位の方にランキングされていると思います。
中央大学に入学をした理由は、一つは法学部として有名だったというところで、もしかしたら弁護士になりたかったのかもしれません。しかし、本人からは外交官になりたかったからだ、と伝え聞きました。しかし、入学後、外交官になる上でキャリア組に入るには、私立大学では無理だと聞かされたと言います。
はれて卒業し、ジャーナリストとは似ても似つかない外航専門海運会社に入社することになります。外交になる夢は叶わなかったものの、世界を飛び回るような夢は、諦めていなかったようです。最終的に転職をすることもなく、全企業人生をこの会社で過ごすことになります。
スポーツと言えば野球は見ていたものの、ゴルフ、テニス、駅伝、マラソンというソロで活躍するスポーツを見ることに情熱を燃やしていましたが、それを実践するという情熱が微塵も起きなかったことには全米が涙しました。
その分、他人が自分の大学の看板を背負って知名度を高めてくれるのを見ることに誇りを持ち、明けても暮れても中央大学と、私も時には夢に見そうでした。
そんな私も若気の至りで、中央大学を受験します。実は、小学校、中学校時代に長距離が得意だった私は、中央大学が受かれば駅伝を始めようと密かに画策していました。そんな夢も儚く瞬殺。アメリカへ行くことになります。
国際マラソンが行われると、ごくたまに実家の目の前を走ることがありました。父は、とにかくマラソンをしている人を見るのが大好き。マンションの自室から見える時もあったし、外に出てみることもありました。「親父も本当飽きないなあ」と一緒にくっついていきましたが、私が興奮を覚えたことを記憶しています。マラソンがあんなに速いとはテレビでは伝わらない事実に驚きを覚えました。
後に母から聞きましたが、会員制のホテルネットワークを使って、ちょうど箱根駅伝の時期に箱根に泊まった時のことです。そのホテルの目の前の公道は、箱根駅伝のコースになっている場所で、父も初めて箱根駅伝の雄姿を生で見られたことで、かなり興奮をしていました。父は、基本的に色々と冷めていますが、父との思い出は忘れても、この時の父の興奮が今でも忘れられない、と母は言います。
今までゴルフもテニスも父は実践してきました。野球も実践してきたかは分かりませんが、キャッチボールが普通にできたことを考えると、経験者であることは伺えました。しかしながら、マラソンや駅伝に関しては、全く実践しているのを見たことがありません。家庭を忘れても酒を買うことだけは忘れない下りも説明しましたが、マラソンや駅伝のテレビ中継も決して忘れませんでした。
私は、学生の頃から音楽を始め、アメリカでは、自分のバンドのライブと見に行くコンサートにはまり、決して情熱が冷めることはありませんでした。ドラムも受験時代に多少止めていた時期はあるものの、渡米して再開し長いこと続けました。そんな私でも、営業を始めるようになってから、一切のバンド活動を離れ、帰国してからコンサートに足を運ぶことすらなくなるほど、情熱がなくなったものです。
しかし、父はこれでもかというくらいに駅伝熱を燃焼させ、そのうち家が火の車に陥りました。それこそが、自動車や運転に全く興味のない父が手に入れた唯一の車でした。
父への手紙
親父の箱根駅伝熱は、まるで熱病に侵されている程の高熱でしたね。同時にあれだけ母校を誇りに思えるというのは、中央大学冥利に尽きると思いますよ。中央大学の学長は、この熱の事は全く存じ上げていないのが悔やまれます。
ゴルフやテニスは、比較的に長めに定期的に実践していたのは覚えていますが、なぜ長距離走だけは実践しなかったんですか?それを未だに聞いていなかった気がします。
ただ、勤めていた会社、中央大学に対する誇り、箱根駅伝に対する情熱、読書熱と小説家への夢、生涯学習に関しては、かなりの持久力を誇っていたと思います。トライアンスロン以上の長距離鉄人レースを続けたと思います。
自分が勤める会社においては経営者というところまで上り詰め、これは社会的には成功者になれましたね。テニス、ゴルフでは伸び悩んだものの、定年後の通信の大学でも、いい成績で修了できましたし、執筆の受講に関しても、いい票を受け始めていたと思います。
私も親父の弛まぬ努力を見習い、何度会社都合で退職を余儀なくされようとも、諦めず目指せ応募一〇〇〇社が今の私のどうでもいい目標になっています。
でも、皆まで言わずとも親父の言いたかったことは分かりますよ。努力は必ず報われるわけではない、ということを言いたかったわけですよね。
努力が実るという言葉が、逆に人々をがっかりさせたり妬ませたりしている原因になっているという現実に何度も直面しています。努力が必ず実れば、皆マイケル・ジョーダンになれると思ってしまいますが、それだけの成功者であふれていたら、マイケル・ジョーダンもあれだけ目立つこともなかったですし、夢破れる人がいるから、優れた人がより優れて見えるわけで、一人が諦めたお陰で戦いに一人分の不戦勝ができ、それが勝者が勝者となる支援をしたともうけとれるから、叶わずともくよくよするなという人生論を箱根駅伝で教えてくれたんだということは、言わずとも分かっております。
書籍一〇ページ程の言葉足らずでしたが、全て理解しています。
こう考えると、かなりの教育を施してくれたなと感謝せずにはいられません。どうもありがとう。
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