第68話 『異階種』

 俺達は十一階層に到着した。辺りを見回し周囲の状況を確認する。辺り一面木が密集しているのが特徴の「密林地帯」の様だな。

 視界不良、獣道の様な細い通路、この様な場所で『異階種いかいしゅ』と遭遇したら、いかに高ランクでも危険だろう。

「それじゃ、行くよー。はぐれない様にしっかり付いてきてね♪」

「ああ、駆け抜けるぞ。それと、戦闘中は使う魔法に気を配れ。火属性は慎重に使うんだ」

 当たり前の事だが、こんな森の中で炎を放てば、あっという間に火に包まれ俺達が焼け死ぬだろう。

 俺の言葉と共に全員でジャングルの中へと進撃していく! 頼むぞ、無事でいてくれ。

 道中は罠も無く、魔物との遭遇も少ない。恐らく桔梗がそういうルートを選んでいるのだろう。見事と言う他あるまい。

 あっという間に十五層に到着。さて、何か痕跡があればいいのだが……。

「ここからは速度を落として捜索するぞ。小さな痕跡も見逃すな」

 嫁達が力強く頷きを返す。そうして暫く探索した後、少し開けた広場の様な場所に出た。

「あっ、だーりん! あれ見て!」

 桔梗が指した先にあったのは、金属の破片が幾つも散乱している場所だった。

「これは……形状を見るに、恐らく鎧か盾の一部だと思います」

 ローリエが破片を見てそう評した。

「つまり、ここに人が居たのは確実だな」

 目的のパーティかは分からないが……手掛かりはこれしかないのか?

「他に……手掛かりは無いのですか?」

 プリムラが悲壮感を滲ませながら、そう呟いた。情けない話だが、俺にはその問いに答える事が出来なかった。だが、俺には頼りになる嫁達が居る。特にこういった事の専門家がね。

「うん……だーりん! こっちの方に人の足跡が続いてるよ」

 桔梗が痕跡を発見した。これが行方不明者の足跡である事を祈るしかないか。

「この足跡を追うとしよう。桔梗、足跡を辿ってくれ」

「おっけー。付いて来て♪」

 足跡を辿って進んでいたその時、桔梗が突然足を止め己の得物である刀を眼前に構えた。それを見て俺も武器を構え、他の嫁もそれに倣う。

「……何か居るね。それもけっこーヤバそうなヤツが」

 ああ、前方に大きな威圧感を放つ存在が居るな。これはもしや……。

 直後に音も無く俺達の前に、真っ白な「豹」の様な魔物が現れた。鋭い爪に大きな氷柱状の牙、木々が鬱蒼とした森には似つかわしくない容姿。こいつが『異階種』で間違いなさそうだ。

「! 回避っ」

 魔物が大きな口を開けたその瞬間、咄嗟に回避の指示を出した。直後、口から勢いよく吹雪のブレスが放たれる!

 何とか全員無事に回避出来たな。回避した場所が一面、白銀世界に様変わりしていた。直撃していたらと思うとゾッとするな。

 攻撃をかわされた豹の魔物は、こちらをじっと見つめていた。

 ちっ……安易に襲い掛かって来ないか。随分と知恵が回るようだ。何と面倒な……。

 しかし、わざわざお前のペースに付き合う道理は無い!

「ふっ‼」

 俺は素早く魔物に接近し、槍を突き出す……但し手加減をしてな。

 奴は俺の目論見通り後方に跳躍して攻撃を回避した。

「残念だが、そこには……」

「えへへ~、忍法・先回りの術~……なーんてね♪」

 奴の背後に素早く回り込んだ桔梗が、着地際の硬直を狙いその四肢を高速で切りつける!

「グギャァァッ⁉」

 たまらずバランスを崩し、豹はその場で完全に動きを止めた。勝機!

「……隙……あり」

「食らいなさいっ!」

「これで……トドメですわっ!」

 初めにリラが、続いてローリエ、最後はプリムラが奴を切り裂き、魔物が地面に倒れ伏す。だがそれでも止めを刺すには至らなかった。思った以上にタフだな。

「なら、アタイが美味しい所を頂くさねっ!」

 ここまで様子を見ていたセフィラが、大跳躍から戦追を振り下ろし魔物へ叩きつけた!

 今度こそ魔物は絶命し、魔石を残して消え去った。

「ふう……何とか倒せたか」

 事前に四十階層までに出現する魔物は調べたのだが、こいつの記述は無かった。つまりこいつが『異階種』である事は確定し、結構な深層の魔物だということだ。今は単体での戦闘だったが、もしも複数と相対していたら、苦戦は免れなかっただろう。

 ちなみに、アリスとソニアは不測の事態に備える為に後方で待機していた。

「急ぐぞ。桔梗、頼んだ」

「うん、足跡も段々くっきりしてきたし、そろそろ見つかるんじゃないかな?」

 その後も駆け足で森の中を探索していく。すると、

「だーりん! この先で戦闘音がするよ!」

「ああ! 俺にも聞こえた。間に合った様だな」

 どうやら最悪の事態は避けられたか。後は全員の生存を祈るばかりだ。

 音の聞こえた場所へ急行すると、戦士風の男が二人、先程の豹四匹に囲まれていた。その後方には見覚えのある弓使いのエルフの少女が。嫌な予感と言うのも存外馬鹿にならない物だな。恐らく彼女の危機を知らせてくれたのだろう。

 そしてさらにその後ろには魔法使い風の男とシーフ風の男が二人、地面に倒れ伏していた。先頭に立っている一人がこちらに気付いた様だ。

 幸い魔物は未だこちらに気付いていない、ここはチャンスだ。背後から奇襲し一気に片付けるぞ!

「はあっ!」

 全力で魔物に突撃して、槍を深々と突き刺す! そして魔力を「雷」に変化させ、槍を通して魔物の体内に直接電流を流し込む!

 魔物は悲鳴も上げられず絶命し、魔石へと姿を変えた。

 先ずは一匹、他はどうだ?

「……それはもう……見た……」「ええ、事前に知れたのは大きかったですね」

 リラとローリエのコンビが華麗に吹雪のブレスを躱し、魔物を切り伏せた。

「あらあら、これで動けないわねぇ」「そして~、動けなくなった所に~『忍法・焔鳥』!」

 ソニアが魔力で土を作りそれで四肢を固め拘束する。動けなくなった所に桔梗の忍法で狙い撃ちにし、燃やし尽くした。

「あたって!」「そぉら……飛んでいきなぁ!」「どっせぇぇぇぇいっ!」

 アリスが魔力で複数の風の刃を飛ばし、魔物を切り刻む。そこへセフィラが真下から戦追を振り上げ、空中へと吹き飛ばす! 逃げ場の無くなった空中にプリムラが跳躍しながら大剣を振り下ろし魔物を真っ二つに切り裂いた!

 その後、事前の打ち合わせ通りにプリムラとローリエが負傷した二人を守る様に布陣した。残りの面子で周囲を警戒する。

 これで四匹、全部倒し終わったか? この場に居た者の大半が警戒を解いて一息つく。だが、俺は警戒を解かず辺りの様子を探る。

 すると少し離れた茂みの中から豹の魔物が音も無く飛び出して来た! そいつが向かう先には……弓使いの少女が!

「……えっ?」

 魔物を全て倒したと思い、警戒を解いた一瞬の隙を突かれた少女は、呆然と自身に襲い掛かる大きな牙を黙って見つめるしかなかった……このままでは彼女の命は……この場に俺が居なければな。残念だが、そうは問屋が卸さんぞ?

 俺は脚に全魔力を集中し、魔物よりも速く少女に飛びついた。そしてお姫様抱っこの要領で少女を抱え、その場から一瞬で退避した。

「大丈夫ですか?」

「えっ……あ……うん……」

 彼女は何が起こったのか良く分からない様子で短くそう答えた。怪我等は無いな。

 襲撃を阻止された魔物は、俺と同じく警戒をしていたリラとセフィラ、それに桔梗の三人が倒したようだな。

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