第37話 「俺流」の回復魔法の使い方

「ふむ、ではお主なら、これからどう出る?」

 これまで事の成り行きを見守っていた賢者殿が俺にそう質問してきた。まあ、多少の助言はしておこうか。

「何はともあれ、情報収集が肝要かんようです。皇太子の事、十年前の『大氾濫』が起きる前後で、帝国の人事に不自然な所が無いか――特に皇太子の周りを重点的に調べたいですね。次に皇女殿下と連絡を取る方法、そして他の周辺諸国でこの国と同じ状況になっている国が無いかも知りたいですね」

「周辺国には直ぐに使者を送るが……帝国は今すぐには無理だな。隣国といっても、帝国との国境沿いには険しい山々がそびえ立ってる。帝国の領内に入るには山脈をぐるっと迂回するしか方法がねぇ」

「でしたら急ぎ使者を送って下さい。それとは別に、後々俺達が帝国に行くのが最善策だと思いますので、その準備もしておきますよ」

「なんだとっ⁉ お前達が直接帝国に出向くってのか?」

 驚きの表情でそう言ったのはガルド王、そしてノーバス伯爵やローリエ、王女殿下も同様だ。しかし『賢者殿』は一人ニヤニヤ顔で俺を見ていた。くっ、何と憎たらしい顔だろうか、思いっきり殴り飛ばしたい。

「王国の使者が行けば警戒されてしまいますが、冒険者なら自由に動けるはずですので」

 無論、国の方からも探りを入れてもらうが、有用な返答はないだろうさ。

「……すまねぇ、近い内に頼む事になると思う。そん時は「依頼」という形で、報酬も弾ませてもらう」

 そこは気にしなくてもいいさ。むしろ俺の方からお願いしたい位だったからな。

「……お父様」

 ここまで黙って話を聞いていた王女殿下が突如、父親であるガルド王に話しかけた。

「どうした?」

「私も……私もレオン様と共に帝国に行きたいです!」

 普段の大人しい性格からは想像も出来ない程の、力強い訴えだった。しかし驚いた顔をしていたのは俺達だけで、王国の面々はいつもと変わらない表情だった。

「お前ならそう言うと思ったが……駄目に決まってるだろうが。少なくともあのクソ皇子はお前を狙ってんだぞ? そんな奴の近くに行かせられるか。それにお前じゃ力不足だ、レオン達の足手まといにしかならん」

 ガルド王は娘に厳しい現実を突きつけた。まあ、猛獣の眼前にエサを置く様なものだしな、俺としてもできれば御遠慮願いたいが……。

「エリカ皇女の事が気懸きがかりだろうが、お前は大人しく城で待っていればいい。おいレオン、お前さんからも何か言ってくれ」

「そうですね……私個人としては王女殿下の希望を叶えてあげたい所ですが、帝国では十中八九、厄介事に巻き込まれるでしょう。その時に王女殿下を守り切れる自信が私にはありません。それに私が優先して守るのは妻達です、こくな言い方ですが自衛手段の乏しい者を連れて行く余裕はありません」

 俺がはっきりとそう断言すると、王女殿下は唇をみしめ、杖を持つ手が真っ赤になる程に力強く握りしめた。

 悔しいだろうな、さて……どうなさいますか王女殿下? 諦めるのか、それとも……。

「……でしたら……それでしたら! 私を強くして下さいっ! 帝国について行っても足手まといにならないようにっ!」

 それは心からの叫びだったのだろう。俺の心……いや、魂に響いてきた。強くなりたいという意思は受け取った、後はそのがあるかだ。そう思いガルド王に視線を向ける、するとガルド王は大きく頷いた。

「……アリス、お前の気持ちはわかった。だが仮にお前が強くなり、帝国に同行するとなったら「冒険者」として行ってもらうぞ? 王国の姫を秘密裏に帝国へ潜入させたとなれば外交問題に発展しちまうからな。最悪、帝国との戦争になっちまうだろうさ。そして仮にお前が帝国で問題を起こして、帝国から抗議が来ても「アリスは王国にいる。そいつは関係ない別人だ」と、そう対応する事になる。つまり何があっても王国はお前を助ける事は無いぞ。その覚悟はあるのか?」

「……覚悟の上です。帝国で何かありましたら、私は死んだ者として扱って下さい」

 ガルド王とアリス王女の視線がぶつかる。

「ふぅ~……わかった。レオン、すまんが一つ依頼を受けてくれないか? 報酬はたんまり払うぜ?」

「承知しました。依頼内容は「アリス王女殿下の冒険者としての指導及び戦闘訓練」で、期間は情報がある程度集まり、対応を決定するまでの間……これでよろしいですか?」

「ああ、それで頼む……すまねぇ、ただでさえお前さんには返しきれねぇ恩があるってのによぉ……これ以上の恩をどう返したらいいか……」

 そんな事気にしなくても良いのにな。むしろ俺達の方がこの国、もっと言えばカルディオスの町に返しきれない恩があるのだから。

 ギルド職員のハンナ。買い取り所のバルガス。支部長のライアン。宿屋『そよ風亭』のナッシュ、ポーラ夫妻。門番のグレッグ……得体の知れない俺達を温かく迎えてくれた、その恩を返したいだけだ。

「少し良いだろうか?」

 そんな事をぼんやりと考えていたら、ノーバス伯爵から声を掛けられて我に返った。

「何でしょうか?」

「その「アリス姫の訓練」に……我が娘も追加してはくれぬか? 無論、報酬は別途支払う故」

「父上⁉」「アルバートおじ様⁉」

 ローリエとアリス姫が、同時に驚きの声を上げた。俺としては意外ではあるが、想定の範囲内だ。アリス姫の話をしている時からローリエの顔が、何か思い悩んでいる感じだった事、その顔をずっと見ていたノーバス伯爵も難しい顔をしていた事。

 ローリエは騎士団長という責任ある立場だ、自分から任務を放り出してアリス姫について行きたいとは言い出せないだろう。その為、父親であるノーバス伯爵が代わりに申し出たのだろう。

「お言葉ですが父上、私には国を守る騎士団長としての責務があります。国を離れる事は……出来ません」

 絞り出すようにそう口にしたローリエ。しかし彼女の顔は今にも泣きそうな程歪んでしまっている。

「なに、この様な体だが有事の際は指揮を執るくらいはできる。お前の代わりは出来ずとも、命を懸けて国を守る事は出来る」

「父上……」

 ノーバス伯爵は覚悟を決めた顔でそう言った。この様子だと文字通り『命』を懸けるだろう。ではここでもう一つを作っておくかな。

「失礼ですが伯爵、その脚はいつ頃悪くされたのですか?」

「……十年前の『大氾濫』の時である。あの戦いで多くの敵を屠った勲章というわけだ」

「成程……ところで私にその脚を診せて頂けませんか? もしかしたら治せるかもしれません」

 俺がそう言うと部屋中が騒然となる。まあ、突飛も無い話だからな、驚くのも無理はないか。

「……治せると? 貴殿が?」

 当の本人であるノーバス伯爵も、驚きの表情でそう口にした。

「王都に来る道中に王女殿下から治癒魔法について御教授頂いた事を試してみたいと思います。絶対とは言いませんが、どうでしょうか?」

「……そのアリス姫ですら無理だったのだぞ? それは理解しているはずだが?」

 それはわかっている。恐らくこの国で一番の治癒魔法の使い手であるアリス姫がいてなお怪我がそのままだったのだから。え? 賢者殿がいるじゃないか? と思われるが、本人に確認したら「ワシは治すより壊す方が得意じゃ」と自慢げに言っていたからな。本当かどうかは知らんが。

「構わん、ワシが許そう。存分に試すがよいぞ、責任はワシが取る」

「エフィルディス様がそこまで言われるのならば……」

 賢者殿の説得もあり、ノーバス伯爵も観念したようだ。少しは感謝してもいいかな?

「くっくっく……楽しみにしておるぞ? お主の治癒魔法がどの様な結果をもたらすかをな」

 前言撤回だ。こいつに感謝する必要など無いと再確認できた。それと、ニヤニヤしながらそんな事を言うんじゃない。イラっとしてしまうだろうが……はっ? これはきっと奴の精神攻撃に違いない。心を平静に保たなくては。

「では、失礼します」

 気を取り直して、俺はノーバス伯爵の脚を魔法で強化した『眼』で見つめる。比較的多くの魔力を注ぎ、筋繊維や感覚神経を調べる。

 これは……酷いな、色々な所がズタズタに引き裂かれてい。

 本来なら歩く事は不可能であろう損傷だが、獣人種が丈夫なのかノーバス伯爵が特別に頑丈なのかは不明だが、杖を使ってとはいえ歩行出来るのは奇跡といって差し支えないだろう。

 調べると、動かなくなっている脚にほとんど魔力が循環していない事が判明。これにより魔力を使用しての自己修復機能が働かなくなったと推測した。

 そうと分かれば施す治療は、切れた神経一本一本に魔力を流し繋げるイメージで魔法を使う。ついでに過剰に魔力を使用して自己修復もうながす二段構えだ。

 本来なら魔力で自己修復を強化すれば治ると思われるが、十年という長い年月が経ってしまってそれだけでは治らなくなっているというのが、診断した上での俺の結論だ。

「それでは始めます。多少の痛みはあると思うのでご了承下さい」

「うむ、いつでも構わない。やってくれたまえ」

「では……」

 まずはゆっくりと、少しずつ魔力を流していく。そして神経を繋ぎ直していくが、俺は医者ではないので、細かな事はわからんから魔法でゴリ押すしかない。

 しかし、徐々に神経が繋がっていくと感覚が戻っていくので、当然痛みを感じる様になるはずだが、顔色一つ変えず身動ぎもしない……素直に尊敬出来る人だよ。

 右脚の損傷は激しかったので治すのに時間が掛かったが、左脚は思ったよりも軽い損傷(あくまでも右脚と比べて)で早く治せた。そして全ての神経を繋ぎ、治療は終わりだ。

「……終わりました、どうでしょう? 痛みなどはありますか?」

「うむ、特に痛みなどは無いな。では早速……」

 そう言うと、ノーバス伯爵は杖を使わず自分の脚で立ち上がった……おいおい、いきなり過ぎるぞっ⁉ こういうのはもっとゆっくりとやるものだろうが。

 立ち上がった勢いのまま、部屋の中をウロウロと歩き始める。いや……もう好きにしてくれ。

「……何も問題はないな。普通に歩ける様になったか」

 続いて脚を曲げたり伸ばしたりと、準備運動の様な事をし始めた。

「……父上? 本当に歩けるように?」

「……本当に治ったの? おじ様の脚が?」

「……」

 ローリエ、アリス姫、ガルド王はその光景をみて呆然としていた。特にガルド王は口を開けたまま微動だにしない。驚きと感動で言葉も出ないようだ。

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