理想の嫁がこの世界にいないなら、異世界から呼び出せばいいんだ!

小此木 蒼

起承転結の「起」 始まりの大地

第1話 全ての始まりの物語・つまりプロローグだな

「……というわけだが、どうだろう? 是非、君には私の元に来てほしいのだが」

 そう言って俺は目の前の女性に優しく微笑みかける。

「はあ……」

 彼女の発した気の抜けた返事から分かる通り、俺の話をそれ程理解は出来ていないのだろう。それ故に困惑した表情を浮かべる女性。

 まあ、それは当然の反応だな。俺も突然こんな事言われたら同じリアクションをするだろうさ。

 何故このような状況になっているのか、俺自身も完全に理解しているわけではない。始まりは……そう、『自称神様』との出会いによるものだ。




「というわけで、キミには異世界に行ってもらうよ」

「……というわけもなにも、出会って第一声がそれか? 最低限の状況説明はすべきだろう? ここは何処だ? お前は何者だ?」

「いきなり未知の現象が起こってもその冷静さ。普通なら取り乱して喚き散らしてもおかしくないのにね。ふふ、ボクの人選は間違っていなかったと思えるよ」

 辺り一面が真っ白な空間。目の前には謎の光り輝く球体。それ以外のものは何も無い。俺が得られた情報はこれだけ。流石にこれだけでは何も判断できない。俺は『謎の球体』からの返答を待つことにした。

「モチロン、全て説明するよ。先ずはボクのことからかな? キミに理解できる名称でいうなら『神』というやつかな。厳密には違うけど、大体の役割は同じだから問題ないよね」

「……神か。普通なら何を馬鹿なことを、頭は大丈夫か? と言いたくなるところだが……今の状況を考えればありえない話でもないか……特に否定材料も無いことだしな」

 むしろ神以外にはありえないか、などと思案していると、

「そしてここはボクが作り出した場所だよ。特に名前はないけどね」

「ふむ、神が作り出した領域……『神域』とでもいうべきか」

 それは流石に安直すぎたか? と思っていたが、

「いいね! ではこれからは「神域」と呼ぶことにするよ」

 どうやら当の神様には好評のようだな。

「さて、肝心の君をここへ呼んだ理由だけど、最初の言った通りキミにボクの管理する別の世界、つまり異世界に行って欲しいから。その交渉の為だね」

「交渉……ね。お前が本当に神だというなら、そんな回りくどいことをせずとも、強制的に俺を異世界とやらに飛ばすことも出来るはずでは?」

 全知全能かどうかはわからないが、こんな所に俺を連れてこられるのだ。同じ要領で異世界に飛ばす位、造作もないだろうに。

「理由があってね。できれば強制ではなく、しっかりと納得したうえで異世界に送りたいんだよね」

「つまり、俺を異世界に向かわせ『何か』をさせたいと……」

 適当に異世界に放り出すのではなく、目的に沿うように動いて欲しい……そういう事だろう。

「正解。簡単に言うと世界の破滅を阻止してもらいたい」

「世界の破滅を阻止? 勇者にでもなって悪の魔王を打ち倒せとでも言うのか?」

 それは……なんというか……。

「今流行りの小説にありそうな話だね。そういうのは読むのかい?」

「まあ、たしなむ程度には……」

「ふふ、意外だね。まあ、今回は魔王討伐ではないけれど」

 腕っぷしが強いというわけでもない俺に頼むということは、まあ、そうだろうな。

荒川あらかわ 礼音れおん。種族人間。性別男。年齢42歳。独身。大企業『荒川グループ』総帥。その影響力は一国の指導者をも上回る」

 突然何を言い出すかと思えば。まあそれ位は当然調べているだろうが。

「それがどうし……成程、つまり武力ではなく知力で解決しろと、そういうことか」

「話が早くて助かるよ。キミの知識と経験……それが存分に活かせる『案件』だと思うよ」

 案件ときたか……わざわざ俺が興味を惹く言い回しをしているな……ならば、

「では、具体的な話をしようか。先ずは達成条件、これについて聞きたい」

「さっきも言ったと思うけど、世界の破滅……具体的な事は言えないけど、遠くない未来で起こる「とある出来事」を未然に防いでもらいたいんだ」

 世界の崩壊ね……世界征服を目論む魔王の討伐などではないとなると、

「戦争……それも大国同士による全面戦争」

「……」

 俺の口にした推察に対する神の答えは『沈黙』だった。まあ、当たらずとも遠からずというところか。それと気になるのは時間だ。先程、遠くない未来と言っていたが。

「具体的な期限は?」

「遅くても三十年。早ければ十年前後かな? 様々な要因で変動するから、多少前後するとは思うけれどね」

 随分と振れ幅が大きい気がするが……まあそれはしょうがないか。俺が介入する事でも変わるだろうし。

「方法は俺に一任するという事でいいのか?」

「モチロン。方法はキミに任せるよ。こちらとしては最悪、世界の崩壊が防がれたという「結果」が残ればいいんだからね」

 つまり目標達成の為なら、あらゆる犠牲もいとわないという事か。

「そして最後に、報酬についてだ。タダ働きなど御免こうむるぞ?」

 世界を救う事による対価。それ相応のものを用意しているのだろうな?

「うん、ボクが提示する報酬は、この世界で唯一といってもいい、君が手に入れる事が出来なかったモノ……『お嫁さん』を進呈しよう!」

 ……オヨメサン? なんだそれは? 俺が手に入れられなかったモノ? 世界を変える新技術の名前か? それとも画期的な新素材か? まったく見当もつかない。そう俺が思案していると、

「……何か盛大な勘違いをしてそうだから言うけど、奥さん、伴侶、妻。色々言い方はあるけれど、世間一般で言われている『お嫁さん』の事だよ」

 ……成程、嫁か。それに俺が唯一手に入れられなかったモノとは、悔しいが的確な表現だろう。

「嫁を進呈と言ったが、まさか俺の希望を聞いて、それをお前が作り出してプレゼント……などというつもりではないよな?」

「え? ダメかな?」

 案の定と言うべきか、その辺りの感覚は『人間』では無く『神』という事か。そのような安直な手段を用いようとするとは、やはり普通の人間とは感性が違いすぎるな。まあ、だからこそ『神』だとも言えるか。

「そんな都合のいい、創られた存在、それは意思を持った人形でしかない。そんなモノは却下だ」

「別にいいじゃないか、ありとあらゆることがキミの望み通りになるんだよ? 正に完璧な『嫁』じゃないか」

 俺の反論に対し面倒くさそうに神はそう言い放った。言いたいことは分かる。だが、

「一つ言っておく。『理想の嫁』と『完璧な嫁』は似て非なるものだ。そこを履き違えるなよ?」

 そう、確かに『完璧な嫁』が『理想の嫁』ではあるが、実際に『完璧な嫁』が目の前にいたら、嫌悪感を覚えるだろうな。全てを完璧にこなす嫁。それに対し、失敗やミスを繰り返す自分。そこにある嫁への感情は『愛』ではなく『劣等感』となる。完璧な嫁に対し、完璧ではない夫である自分の存在意義などありはしないのだから。むしろ邪魔な存在ともいえる。そんな状態で四六時中、一緒に暮らしてみろ……想像しただけで吐き気がしてきた。

「夫婦とは、互いの欠点を補い合える存在が理想なのだ。つまり欠点や不備があってこそ意味がある。逆に完璧さは不必要なのだ」

「……そんなんだから、キミは結婚出来なかったんじゃない? いろいろ拗こじらせてそうだし」

「……うるさい。余計なお世話だ」

 痛いところを突いてくれる。確かに年を取るにつれて『嫁』に求める理想が高くなっている自覚はある。そしてそんな理想の女性はこの世に存在しないだろうという事もな。そして現実は悲しい事に、俺自身ではなく俺に付随する『金』や『権力』を欲する女しか近寄ってこない……あれ、なんだろう……目から熱いものが零こぼれてきた……。

 いや……遥か昔、理想の嫁になりそうな女性がたった一人だけ居たのだが……今は彼女の話はいいだろう。

「あー、キミが苦労してきたことは十分理解できたよ。でも困ったなぁ……他にキミが求める報酬が思いつかないよ。それこそお金や権力は今更必要ないよね?」

 心底困ったという感じの『神』。いや、理想の嫁は確かに欲しい。心底欲しい。絶対欲しい! この『神』の報酬は非常に魅力的だ。だが方法が悪いだけである。

「嫁を報酬にするという発想自体はとても素晴らしい。問題は方法だ。方法を変えれば問題なかろう」

「えっ、何かいい案があるの?」

「その前に質問だ。お前が管理、あるいは干渉出来る世界は幾つある?」

「無数にあるよ。数えるのが馬鹿らしくなる程にはね」

 ふむ、それならば……いけるか?

「ならば、俺が条件を設定し、それに該当あるいは近しい女性を『召喚』という形で呼び出すことは可能か?」

「勿論出来るよ? でもそれとボクの提案、どこが違うの? 同じじゃない?」

「まるで違う。いいか? 仮に同じ条件に合う者を二人呼び出したとしても、同じ思考を持ち、同じ行動をするわけではない。それぞれが歩んできた人生に彩られる軌跡、それこそが『個性』というかけがえのないものだ。

「……まあ、キミがいいならボクとしては何でもいいけどね。じゃあ報酬はそれでいいのかな?」

「ああ、それでは具体的な内容を詰めるとしよう」

「えっ?」

「ん?」

 これから召喚に際しての細かな仕様を決める話し合いをしようとしたが、何か問題でもあるのか? 何やら困惑している感じだが……。

「ボクとしては、キミに召喚魔法を付与してオシマイ……のつもりだったんだけど……」

 本当にこいつは……。

「それで、俺が『理想の嫁』を召喚して満足し、そのまま仕事をせずに世界が崩壊しても良いと?」

「それは困るけど……キミはそんなことする人間じゃないよね?」

「どうやら俺という人間を過大評価しているようだが、俺とて矮小な人間の一人でしかない。何時何処で心変わりするかわからんぞ?」

 甘い……というより、危機感がないというべきか。失敗したらそれはそれで仕方がないという考えだろう。まあ、無数にある世界の一つが無くなる感覚は分らんが、神からすればその程度なのだろう。

 だがこちらとしてはそれでは困る。折角理想の嫁を見つけても、世界が崩壊してしまっては意味がない。結婚生活に際し色々してみたい事があるのだ。まあそれは別の機会に語るとして。

「兎に角、世界の崩壊を防ぐ……その為のモチベーションになるように召喚を使用したい。それに無制限に召喚出来てしまうというのも味気ない。苦労して手に入れてこそ、喜びもひとしおだ」

「ねえねえ……人間って、皆キミみたいに面倒臭い感じなのかな?」

「さてな? 別に俺が人間の代表というわけではない。千差万別、人それぞれという言葉もある」

 俺も自分が面倒臭い性格をしている自覚はあるがね。

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