超動勇士カムイ

空洞蛍

第1章 大いなる巨神

カムイの目覚め



 雷鳴のような雄叫びが、天高く聳える石造りの壁を粉砕する。

 雄々しい鬣を持つ四つ脚の獣『咆哮災獣さいじゅうロアイオン』の出現により、ドローマの国は大混乱に陥っていた。


「お前ら早く逃げろ! 急げ!!」


 野生的な風貌の青年・アラシは最前線に立ち、率先して人々の避難誘導を行う。

 全員の避難が完了したのを確認して、彼はロアイオンの巨躯を見上げた。


「とうとうこの国にも来やがったか、災獣が……!」


 ロアイオンは再び咆哮し、建物を玩具のように破壊しながら突き進む。

 瓦礫の山と化していく街並みを駆け抜けて、アラシは龍を模った巨大要塞『クーロン城』へと帰還した。


「シナト! 状況はどうだ!?」


「さっき弾の装填が完了した。いつでもいけるぞ」


「よし、全員配置につけ! 今からこいつをぶっ倒す!!」


 アラシの号令に従い、部下たちは手元のレバーを傾ける。

 城の外壁に取り付けられた砲門が、一斉にロアイオンの方を向いた。


「てーっ!!」


 黒鉄の弾丸が放たれ、ロアイオンの体に命中する。

 しかしロアイオンは何事もなかったように前脚で顔を掻き、低い唸り声を上げてクーロン城を威嚇した。


「なんて奴だ……!」


 あまりに堅牢な外皮に、部下たちは思わず戦慄する。

 歯噛みするアラシの眼前で、ロアイオンの鬣が熱を帯び始めた。

 鬣にエネルギーを集中させ、一気に解き放とうとしているのだ。

 一刻を争う事態の中、アラシが言った。


「オレが時間を稼ぐ。その隙に逃げろ」


「駄目です! あなたを置いていけません!」


「だったらここでてめえを殺す!!」


 アラシは腰の刀を抜き、銀の刃を突きつける。

 シナトに率いられて逃げ出した部下たちの背中を見送って、彼は小さく呟いた。


「……元気でやれよ」


 そしてアラシはクーロン城の屋根瓦に上がり、刀を構える。

 燃え盛る怒りに身を任せ、ロアイオンを見据えて叫んだ。


「おいデカブツ。オレたちの国に手ぇ出したらどうなるか……思い知れやぁああああ!!」


 全身全霊を懸けて走り出すアラシに、ロアイオンが灼熱の衝撃波を放つ。

 その破壊力がクーロン城ごとアラシを打ち砕く刹那、彼の眼前で眩い光が炸裂した。


「なっ……!?」


 ロアイオンまでもが怯むほどの閃光が、アラシの意識を奪い取る。

 そして光が消えた時、それは現れた。


「あれは……」


 黄金に輝く武者鎧を纏い、額に翡翠の勾玉を埋め込んだ巨大な戦士が、土煙を上げて大地に降り立つ。

 その雄々しき姿を見上げながら、誰かが戦士の名を告げた。


「『巨神カムイ』」


 カムイは腰を低く落とした構えを取り、ロアイオン目掛けて走り出す。

 素早い掌底で敵を怯ませ、頭部に強烈な手刀を叩き込んだ。


「災獣を圧倒してるぞ!」


「凄え!」


 カムイの戦いぶりに、部下たちが歓喜の声を上げる。

 湧き立つ彼らから遠く離れた森の奥で、一人の少女が呟いた。


「これは始まりに過ぎないわ」


 紫紺のドレスを纏った少女は長い髪を風に靡かせ、カムイと災獣の戦いを眺める。

 手にした本のページを開き、彼女は朗々と唄い上げた。


「災いの獣現れし時、巨神カムイが現れる。雷鳴の如き太刀を手に、全ての闇を切り捨てよ」


 少女の歌声は風に乗り、戦いを繰り広げるカムイの元まで届く。

 歌詞の内容を体現するかのように現れた大太刀に手を伸ばそうとしたその時、ロアイオンが咆哮と共に突進した。


「グォオオオッ!!」


 攻撃をもろに受けたカムイの体が吹き飛ばされ、背後の建物を巻き添えに倒れ込む。

 仰向けで踠くカムイにトドメを刺すべく、ロアイオンが彼に狙いを定めた。

 鬣を震わせ、再び灼熱の衝撃波を撃ち出そうとする。

 ロアイオン最大の一撃が放たれた瞬間、カムイは再び立ち上がった。


「ムァイ!!」


 宙返りで衝撃波を躱し、拳を振るってロアイオンを怯ませる。

 そして地面に突き刺さっていた大太刀を引き抜き、天に掲げて叫んだ。


「クゥアムァアアイ!!」


 カムイの呼び声に応えるように、黒雲が空を埋め尽くす。

 落雷を浴びて輝く大太刀の刀身に、超古代文字が浮かび上がった。


『雷鳴の如き太刀を手に、全ての闇を切り捨てよ』


 神の字を模した紋章がロアイオンの動きを封じ、同時にカムイに力を与える。

 そしてカムイは大太刀を振り下ろし、ロアイオンを一刀の下に斬り裂いた。


「ウルォアアアアッ!!!」


 雷を纏った斬撃を受け、ロアイオンの肉体が石化する。

 カムイが剣を収めると同時に、石像は木っ端微塵に砕け散った。

 災獣の脅威が去ったのを悟り、避難していた人々が少しずつ街に戻ってくる。

 クーロン城を背にして立つカムイを見上げて、彼らは口々に感謝を叫んだ。


「カムイだ……カムイが助けてくれたんだ!」


「ありがとう、カムイ!」


 人々の声を浴びながら、カムイは光の粒子となって消えていく。

 静かに、けれど確かに、新たな神話が幕を開けた。

—————

紫紺の逃亡者



「……そしてカムイは災獣を倒し、街には平和が戻りましたとさ。めでたしめでたし!」


 紙芝居の最後の絵を見せて、銀髪の青年・セイは愛想のいい笑顔で拍手をする。

 しかし返ってきたのは、子供たちのあまりに残酷な感想だった。


「なんかつまんなかったね」


「ええっ!?」


「絵も迫力ないし台詞も棒読みだし、観て損した」


「いや損してないから! つ、次は桃太郎だよほら! 昔々ある所に……」


「あっちで鬼ごっこやろーぜー!!」


 紙芝居を始めようとするセイを無視して、子供たちはてんでんばらばらに駆けていく。

 遠ざかっていく子供たちの背中を呆然と眺めながら、セイは深い溜め息を吐いた。


「全く、今時の子は冷めてるなぁ……」


 セイは紙芝居の道具を片付けて、とぼとぼと広場を歩き去る。

 行きはあんなに軽かった鞄が、今は鉛のように重い。

 俯きがちに財布の中身を覗き込んでいたセイは、黒ローブの男の叫び声で跳び上がった。


「あそこだ! 追え!!」


 首に提げた翡翠の勾玉が、セイに『走れ』と訴える。

 勾玉の光に導かれるまま、彼は男を追いかけた。


「ん?」


 同じ頃。

 診療所のベッドの上で、アラシはゆっくりと目を開ける。

 部下たちを代表して見舞いに来ていたシナトが、安堵の表情を浮かべて言った。


「無事だったか、アラシ」


「シナト……あいつらは大丈夫か?」


「全員無事だ。というより、お前が助けたんだろう」


「は? どういうことだよ?」


「これを見ろ」


 困惑するアラシに、シナトは3日前の号外新聞を見せる。

 そこにはカムイの戦う姿と共に、派手な大見出しが記されていた。


『巨神カムイ降臨! いよいよ神話の始まりか!?』


「お前が変身したんだろう? まさか幼馴染が当代の巨神になるなんてな」


「オレじゃねえ」


 アラシは手を顔の前で振り、シナトの言葉を否定する。

 硬直する彼の手から新聞を奪い取って、彼は続けた。


「というより、カムイが出たこと自体初耳だぜ。あの後、オレは何もできずに気絶してたからな」


 新聞を読むアラシの表情が、段々と重苦しくなっていく。

 しかしシナトの心配を察すると、彼は一瞬で元の勝ち気さを取り戻した。


「決めた。カムイの正体を突き止める」


 アラシはベッドから起き上がり、診療所を出ようとする。

 逸る彼を止めんと、シナトが患部を指で弾いた。


「痛えーっ! 何すんだバカシナト!」


「バカはお前だ! そんな病み上がりの体で、無茶も大概にしろ」


「分かってねえな。ここで無茶できる奴が勝つんだよ」


「……どうなっても知らんぞ」


 相変わらずの自信に、シナトは説得を諦める。

 そして二人は診療所を飛び出し、カムイの手掛かりを掴むべく行動を開始した。

 しかし有益な情報を得られぬまま、時間ばかりが過ぎていく。

 やがて空が橙色に染まり始めた頃、アラシたちは路地裏から響く怒号を聞きつけた。

 急いで路地裏に向かい、物陰から騒ぎの様子を伺う。

 揃いの黒ローブを着込んだ二人の男が、紫紺のドレスに身を包んだ少女を追い詰めていた。


「依頼主がお前を探している。さっさと来い、『歌姫』!」


「逃げ回っても無駄だぞ!」


 しかし歌姫と呼ばれた少女は微塵も臆さず、とある詩の一節を口遊む。

 その瞬間、激しい突風が吹き抜けた。


「うわあっ!」


 黒ローブの男たちは為す術なく吹き飛ばされ、アラシとシナトも堪らず近くの柱にしがみつく。

 歌姫の力を目の当たりにした男の一人が、戦慄を覚えて言った。


「これが噂に聞く魔法の歌か……」


「だからどうした。死ねば得意の歌も歌えまい!」


 もう一人の男が猟銃を構え、怯んでいた男も後に続く。

 見かねたアラシたちが飛び出そうとした刹那、セイが息を切らして現れた。


「ちょっと待ったぁ!」


 セイは男たちと歌姫の間に割って入り、両腕を広げて歌姫を庇う。

 男たちに銃口を向けられながら、セイは彼らに訴えかけた。


「何があったか知らないけどさ、それはちょっとやりすぎなんじゃないの? 一旦落ち着いて、ね」


「うるさい!」


 セイの説得を遮って、男の一人が銃を撃つ。

 眉間目掛けて迫る弾丸を、セイは身を翻して躱した。


「はっ!」


 その流れで鋭い蹴りを放ち、男の手から銃を弾き飛ばす。

 続けて向かってきたもう一人の男に、セイは振り向きざま掌底を繰り出した。

 怯んだ隙に手刀を打ち込み、彼を気絶させる。

 戦いの行方を見守っていたシナトが、思わず既視感を覚えて言った。


「あの動き、カムイの……!」


 立ち回りと翡翠の勾玉を見て、シナトの疑問は確信に変わる。

 アラシとシナトが見守る中、セイはもう一人の男を打ち倒した。

 握り拳を解いて、歌姫に明るい笑顔を見せる。

 未だ緊張の解けない彼女に、セイは芝居がかった口調で話しかけた。


「大丈夫かい? お嬢さん」


「……大丈夫。ありがとう」


「そいつはよかった。でもまださっきみたいなのが来るかもしれない。クーロン城に行って、守護者様にこのことを伝えよう」


「守護者ならここにいるぞ!」


 城に向かおうとする二人の前に、アラシとシナトが立ち塞がる。

 セイたちを睨み据えて、シナトが一歩前に出た。


「巨神カムイ、そして歌姫だな」


 シナトの放つ剣呑な雰囲気に、セイは緩めていた警戒心を再び強くする。

 彼は軽口を叩きながら、歌姫を庇うように戦う構えを取った。


「……俺、昔っからこういう手合いにばっかモテるんだよなぁ。子供には嫌われるのに」


 セイとシナトは睨み合い、冷静に間合いを測る。

 午後4時の鐘の音を合図に、二人は同時に駆け出した。

 互いの攻撃を紙一重で捌き合う熾烈な格闘戦が、夕方の路地裏をファイトクラブに変える。

 一進一退の攻防の中、セイは歌姫に呼びかけた。


「お嬢さん! 俺はあんたが何者なのか知らないし、あんたが何で追われてたのかも分からない。でもたった一つだけ分かってるのは……ここから逃げなきゃいけないってことだ!」


「……うん!」


『迸る雷よ 敵を灼け』


 歌姫が本から電流を放ち、シナトの動きを止める。

 セイは追い打ちとばかりにシナトを蹴り倒すと、首に提げていた勾玉に力を込めた。

 勾玉が翡翠色に輝き、セイの体を雷と風が包み込む。

 力が頂点に達したその時、彼は勾玉を天に掲げて叫んだ。


「超動!!」


 眩い閃光を発して、セイは巨神カムイに姿を変える。

 カムイはその掌に歌姫を乗せると、空の彼方に飛び去った。


「あれが、カムイ……」


 倒れたシナトを抱き起こしながら、アラシは呆然とカムイの姿を見上げる。

 カムイと歌姫は行くあてもないまま、橙色の空を遥か東に向かっていくのだった。

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