日常ドラッグ

空き缶文学

ゆっくり、じわり……

「遠路はるばるよく来てくれたねっ!」


 2階建ての家をバックに、アロハシャツがよく似合う風体のおじさんは、顎髭をさすり、僕を迎える。


「ウィル、今日からここが、貴方の家よ」


 僕の名を呼ぶ、エプロンを着たおばさんは、屈んで笑っていた。

 僕は、ウィル・スチュアートになったらしい。

 青い瞳が笑っている。なんだか慣れなくて、後ろに下がる。


「ウィル、ここに怖いおじさんも意地悪なおばさんもいないわ。もちろん寝床を奪うような子もね」


 そうかな? みんな最初はそうやって優しい言葉をかけてくる。

 結局ただ働きの、皿洗いや床掃除ばかりさせられるに決まってる。


 どうせごはんは、たばこ入りのスープだ。


「ミラ! 来なさい。何をしているんだ?」

「きっと第一印象を気にしてるのよ、弟に会うんだもの」

「なんだってまた、これから家族になるのに、やれやれ。さぁウィル、ミラはあとで紹介するから、まずは部屋を案内しよう」


 大きな扉が開いた。

 いい香り、がする。

 血とか、腐ったものとかじゃない、鼻の奥にすぅっと通っていく香り、でも何か分からない。

 なんだろう……なつかしい、感じ。

 

「ここが今日からウィルの部屋だ」


 階段を上がって奥の部屋。

 大きなベッドがあって、机と椅子と、クローゼット……せまくない、臭くない。


「僕の、部屋なの?」

「もちろん。ウィル、君はここで暮らしていける。きっとこれからも辛いことを思い出すだろう、だが、もう二度と、同じ目に遭うことはない。遭わせもしない」


 青い瞳が、真っ直ぐに僕を見つめ、大きな手が背中に添えられた。

 信じられない、僕を油断させてどこかに売り飛ばす作戦かもしれない……。

 おじさんは静かに笑っている。


「ダーリン! ウィル! ミラが準備できたそうよ」

「今すぐ行くよ! さぁウィル、君のお姉さんに会いに行こう。きっとすぐ打ち解けられる」


 おじさんに抱えられた。


「うぁっ」

「おっと怖かったかい?」

「こ、怖くない……びっくりした、だけ」


 怯んだら負け。


「大丈夫。パパがちゃんと守るよ」


 守るってなに。

 どうせ大事なことになったら置いて行かれるんだ。

 信用なんかしてやるもんか――。


 階段を下りて大きなリビングに連れられる。

 おばさんと、背中を向けている女の子がいた。

 細身でひらひらした、スカートをはいている。

 ブロンドヘアを後ろに結び、自信溢れる態度で腰に手を添える。


「お待たせハニー」


 おじさんは、おばさんの頬にキスをした。


「そして、我が家の天使だ」


 おばさんはキスを返し、今度は僕の頬にキスをする。

 軽く唇が触れたけど、温かい、気がした。

 女の子の前に降ろされ、身構える。


「アナタがウィルね」


 振り返りながら僕を見下ろす声も自信に満ち溢れている。

 どうせ僕に命令して、奴隷みたいに扱うんだろう。

 力が全て、女なんか腕っぷしもないひ弱な相手だ、いつだってやり返してやる。


「う……あ」


 大きな目と小さな鼻、赤い唇、眩しい出で立ちに怯んでしまう。


「私がミラ、今日から私がお姉ちゃん、ウィルは弟、これからよろしく」

「え、あ……えと」

「おしゃれな服とか、バッグとか、いろいろ私が選んであげる。近くのスーパーにね、お気に入りのソフトキャンディがあるのよ、それもあとで紹介してあげるわ」


 ぐいぐい寄ってくる。

 良い香りがする、故郷じゃ嗅いだことがない匂いばかり。


「こらこらミラ、初対面だぞ。すまないウィル、彼女は自分に姉弟ができたことで、はしゃいでいるんだ。長い時間一緒に過ごす家族になったんだ、ゆっくり、じんわり、馴染んでいこうじゃないか」

「へ、平気」

「ごめんなさいウィル。私ったらちょっと気分が高ぶってた。ウィルと姉弟になれて嬉しかったの、それだけは分かってほしいわ。これ、あげる」


 そう言って、ミラは小さな袋を出す。

 中身は丸くてカラフルな塊。


「……なにかのくすり?」

「薬じゃないわよ、お気に入りのソフトキャンディ、1個あげる。砂糖でハイになるかもね」


 毒、とか? 食べたら体が動かなくなるかも、故郷で騙されて痺れたところを誘拐された子がいた。


「私が食べてあげる」


 手渡そうとしたカラフルな塊を口の中へ。

 ミラは美味しそうに笑っている。


「んー美味しい! ほら、毒なんかないわ。これも、これも」


 また1つ、2つと口に入れていく。


「ほら」


 僕に差し出す。

 毒じゃなさそう……かな。

 まだ、信じたわけじゃない、信じてない。

 ゆっくりミラの白い手の平からソフトキャンディを掴んだ。

 おじさんとおばさんを見上げた。

 2人ともいつの間にかソフトキャンディを持っていて、同時に食べる。


「んー甘くて最高だ」

「懐かしい味ね、ウィルも食べてみて」


 もう、どうにでもなれ! 僕はやけくそになって口に含んだ。

 数回舌で転がしていくと、とろけるような優しい味が広がる。


「……おいしい?」

「そう、美味しいのよ」


 じんわり、広がっていく。

 これが、甘い?

 ミラは口いっぱいにキャンディを舐めて、おじさんとおばさんもキャンディを舐めている。

 変な感じ……美味しい、甘い。

 どうしてだろう、目のあたりが熱くなってきた。

 おじさんが背中を撫でてくれる。

 おばさんは頭を撫でてくれる。

 ミラは優しく笑ってくれる。


「ウィル、スチュアート家にようこそ」



 

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