第2話
友達――
握手会にはまだ少しだけ、時間に余裕があるぐらいだけど、会場の方に、歩みを進める。列の最初の方に並んでいたい。というだけだけど、今日が、七月とは思えないほど、蒸し暑さがしなくて、良かったと思う。
『楽しみだね〜』
茜ちゃんがそう言いながらわたしの顔を見る。だから、わたしも茜ちゃんの顔に目をやって。
『うん、楽しみすぎるよ』
と、言い返す。
実際、本当に楽しみで、会場に向かっている間も、そして数分してから列に並んでも、心臓がはち切れてしまうのではと心配になるほど、鼓動の音が鮮明に伝わってくるのが、よほど緊張しているんだと分かってきて、今で緊張していたら、久野先生が目の前に居たら、どうなっているんだろう。と思った。
『握手会、ただいま始まりまーす』――若い男性の声が、大きく、列をつくっている大人や子供たちに行き届くよう、会場内には響きわたった。
それで追い討ちをかけるかのようにして、心臓の鼓動がドンッと、わたしの胸を殴り続ける。
久野先生は性別も、声も、顔も、公表はしていない。アイドルは顔を出さないと成立しないし、声優業だと声が武器なわけで、でも、イラストレーターだけはそれらを公表する必要はなくて、イラストレーターのどこに惚れるかって、それは描いている絵に魅力を感じるわけで、声とか顔で好きになるわけがない。だから、握手会を開くのには、嬉しさもあったけれど、それを上回るように、驚きがあって、どうして、身を晒そうとしているのだろう。
イラポストの民度が良いからって、盗撮されて、それを拡散されるかもだし、顔とか声を晒すのは、勇気がいると思う。ファンが減るリスクだってあるし、握手会なんかしないで、身を晒さないで、今のまま、絵だけを投稿していたら、知名度があるのだから、仕事なんて沢山来るだろうし。
わたしは、久野先生の考えが、いまいち理解できない。
『あ、あと二人終わったら、私達の番だよ!』
茜ちゃんがわたしの肩を軽く叩いて、話しかけてきて、「ほんとだ」と、返事しながら、楽しみさと、少しの怖さがあった。
イラストレーターだから、絵に魅力があれば、それだけでもいい。
だけど、久野先生の、絵はどれをとっても繊細で、みているだけで、久野先生の世界に引きずり込まれる、すごく可愛らしい絵柄をした絵。わたしが、アイドルを好きになるときも、声優を好きになるときも、最近流行りのVTuberや、配信者を好きになるときだって、同性が多かった。というか、異性の活動者には興味が湧かなかった。だから、久野先生が異性だったらと思うと、好きが崩れるんじゃないか。なんて思ったら、視界が暗くなっていく、けれど
『どーした? あーちゃん、大丈夫?』
その声で、ハッと目を覚ます。
『うん、大丈夫』
『そう? よかった』
久野先生のアイコンは可愛くて、投稿に添えてある言葉ですらも可愛くて、勝手に女の人だと決めつけている。
『あ、私達だよ!』
わたしより前に並んでいた茜ちゃんは、一足先に目先から消えて、久野先生のいるところに向かった。そして、わたし一人。
やばい。
緊張なのか、脚が震えて、息が荒くなっていた。
『次の方ー』
ついに、呼ばれてしまった。
ゆっくり、前に進んだ。
すると――、そこに待っていたのは
『あっ。』
久野先生は、若い女の人だと思う。年齢は知らないけど、同性ってだけで、安堵から胸を撫で下ろして、心臓、静かにしてよ。と言いたくなるほど、同性と分かっただけでも、鼓動はよりいっそ、早くて煩くなった。
声が出ない。喉に何かが絡まって、それが解けなくて、上手く、発声ができない。
そうしていると、手を差し出し、久野先生と目が合った。
「はじめまして」
「あ、よろしくお願いします……」
服の布で、手の汗を拭う。それから、手に触れ合っていた。
肌がすべすべしてて、もちもちしてて、これが女子力か。
「あの、わたし… 久野先生のイラスト大好きで、大ファンで、」
「そういってもらえると、嬉しいな! 君みたいな可愛くて優しそうな子がみてくれたら、モチベ上がるよ」
優しい
ファンサの神?!
つい、顔が熱って、わたしは変なことを口走っていた。
「好きです!大ファンです……付き合ってください」
何を言っている?と、思っている時にはもう手遅れで、やばい――そう思った。ていうか、同性だし。
というか! 握手会で告白するやつなんて、前代未聞だし!
「え、」
明らかに、久野先生は動揺していた。
多分だけど、列の方まで、声は聞こえないと思う。というのは、わたしの時、茜ちゃんと久野先生の声が聞こえなかったから、多分。だけど、聞こえてないからと言って、告白はどうかしているのではないか。
「イラスト本は、向こうの方で貰えるから、」
そう言いながら、久野先生は指を指す。細くて白くて、綺麗な爪。
「それと、私の握手会終わるまで、待ってて欲しい」
「え、それってどういう……」
告白の返事?まさかと思ったけれど、はい。とだけ小声で吐き捨てて、イラスト本でもみながら、時間でも潰そうと、指のさされた場所に向かう。
『茜ちゃん、先帰ってて。』
ディスコードでそれを送った。
『んーわかった』
どうしよう。もしも、付き合うなんてことになったら。という期待はそんなにしなかった。というか、「どうしてあんなこと、言ったんだろ。」本当にそう思う。わたしがレズビアンとか、今まで意識したことがなかったし、異性の活動者に興味がないのは単に、話がつまらないから。レズなわけで、同性ばかりを観ているのとは違うと思っていたけれど、もしかすると、ずっとレズだから、そうしていたのかも知れない。ふと、スマホを手に取って時間を気にした。イラスト本には知らない絵ばかりで、暇つぶしにはなるけれど、「早く終わらないかなあ」と口にする。多分、もうすぐ終わると思うけど。
✿ あとがき ✿
1話、2話まで読んでいただいて、ありがとうございます!!男性活動者の話はつまらなくないですよ。
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