読み切り短編集 お仕事募集中

@Ffukurou

昔話 世界クライアント物語

昔々、ある所に一枚5000円で絵を描くプロの絵描き様、絵師様がいました。


5000円という値段は、相場にしては妥当な金額でした。


ある日、一通のメールが届きました。


内容は「絵を描いている所を見たい」というものでした。


ちょうど都合の良い日だったので、絵師様は「わかりました、少しならいいですよ」と了承しました。


約束の日、近くの駅で待ち合わせをすると、ショルダーバッグと紙袋を持った男性が駆け寄ってきました。


絵師様は「あの人かな?」と思い、小さく会釈しました。


「鶉(うずら)さんですよね!?」と、その男性は嬉しそうに言いました。


絵師様が頷くと、「会えて嬉しいです。今日はよろしくお願いします!」と元気よく答えました。


大ファンのようで、絵師様は少し照れながら自宅へ招待しました。


道中、その男性は「商談次第で短編漫画をお願いしたい」と話しました。


絵師様は内心でガッツポーズをしながら、新規クライアントをゲットする気満々でした。


自宅に着くと、男性から手土産をいただきました。絵師様はお茶とお菓子をテーブルに置き、雑談をした後、今日描く絵の説明をしました。


男性は「カラーの一枚絵を描くところを見たかったんです」と興奮気味に言いました。


絵師様もニコッと笑って「よし、はりきっちゃうぞ!」と答えました。男性もつられて笑い、和やかな雰囲気になりました。


絵師様は「見せる」という刺激が良い効果をもたらし、作業が捗り、いつもより早く絵を完成させました。


「出来ました!」


「おおーっ!」


男性が拍手をしました。


「どーも、どーも。お陰様で楽しく作業できました」と絵師様が言うと、男性は「貴重なものを見せていただきありがとうございます」と深々とお辞儀しました。


(とても感じの良い人だ)と絵師様は思いました。


その時でした。


「あの、恐縮ですが」


「はい?」


男性は言いづらそうに「こんなに簡単に描けるならもっと安い金額で良いですよね?」と言いました。


「……へっ?」


絵師様は耳を疑いました。


数秒の沈黙が続きました。


『今、何て言った!?』


『こんなに簡単に描けるならもっと安い金額で?』


『何で?』


絵師様の表情が曇り、場の雰囲気が一気に暗くなりました。


「……」


絵師様は沈黙の後、「お安く描いてもらえませ……」と続けようとした男性に対し、「ませんっ!!」と怒りを込めて言いました。


男性は怯んでしまいました。


絵師様は、築き上げた技術を愚弄されたように感じ、楽しかった時間が一気に壊れたように感じました。


「すいません、取り乱しました」


「いえ、急だったので少し驚きましたが」


絵師様は冷静になろうと深呼吸しました。


「ちなみに、どのようなオーダーになりますか?」


「カラーで一枚2000円を複数枚」


絵師様は絶句しました。


「ふ、複数枚頼むから良いですよね?」


『良い訳ないだろ!!』


絵師様は内心で怒り、冷静な対応を決意しました。


「その値段だと引き受けてくれるプロはいません。自分で描いたほうが早いですよ」


男性は「俺は絵が描けない」と返しました。


「……」


絵師様はかつて自分が絵がうまく描けず悩んでいた日々を思い出しました。


「今は描けなくても、絵は練習すれば描けるようになりますよ」


絵師様は優しさを込めて言いました。


その後、絵師様はかつて自分が描いた一枚の絵を男性に見せました。


男性は「なんですか? その汚い、下手な絵は」と言いました。


「……」


絵師様の意図を理解した男性は慌てて謝りました。


「失礼なことを言って申し訳ありません」


「……良いです……別に……」


絵師様は辛かった時間を思い出し、今の技術を身につけるための努力を振り返りました。


男性はその努力を理解し、床に頭をこすりつけるように謝罪しました。


「失礼なことを言って申し訳ありません。先生の絵は大好きです。今回の失礼を謝罪するために、1.5倍でも構いませんので描いていただきたいです」


絵師様は驚きました。


十数秒の沈黙の後、絵師様は笑顔で「了解しました。次回もよろしくお願いします」と答えました。


その後、男性と絵師様は良いクライアントとランサーの関係になりました。


ちなみに、その直後のコミッションは従来通りの一枚5000円で依頼され、代わりに男性が一度食事を奢ることになりました。


商談とは、両者が納得して始まるものです。過度な値切りはランサーにとって失礼に値することを覚えておいてください。


それでは、また次回の世界名作劇場をお楽しみに。

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