第52話 関東旅行⑤

理子の強い宣言のおかげもあってか、俺たちは理子の家の中に入ることができた。

 理子の母親の名前は明日実あすみといい、父親の名前は慎太郎しんたろうというそうだ。父親である慎太郎さんは平日という事もあって、仕事で家にはいないらしい。



「やっぱり一人暮らしをさせるべきではなかったのかしら。こうして男に騙されるとわね」


「お母さんこそ……何で分からないの? 色々と禁止されて、私の友達も否定されて……またそうやって否定するの?」


「理子は私たちの言う事を聞けば幸せになれるの。ならなくてはいけないのよ」



 理子の母親である明日実さんは聞く耳持たずって感じか。これでは話にならないな。

 新が多少色々と言ってくれたおかげで俺も少し落ち着いたけど、どうしても腹が立ってしまう。



「俺は思うんですけど、明日実さんは信頼できる人に色々言われたら全てその通りに行動するんですか?」


「私は色々と言われないし、理子とは立場が違うわ。理子は私たちの子供であり、立派にならないといけないの」


「だったら家庭方針が間違ってますね。明日実さんはこのままだと、理子の苦しさを一生理解する事はできないでしょう。子についてどう思うかはある程度自由ですが、有効に利用したなら失敗と言えます」


「赤の他人であるあなたに何が分かるの? 確か有明君だったかしら?」


「赤の他人ですが、こんな毒親との関係よりはきっと深いと思いますよ? 親だって完全ではない。間違う事だってあるんです。そんな事も分かってないあなたたちは……理子の親を名乗る資格すらない!」



 俺は我慢できずに明日実さんと口論を始めてしまう。理子はそんな俺を不安に思いながらも信じるような表情で……そして新は何も心配していないといつもと変わらない表情で俺を見つめていた。


 明日実さんはそんな俺たちを毛嫌いするような表情を見せる。あぁ……やっぱり分かってくれないんだな。だったらこちらも対応を変えるまでだ。

 俺は理子の方を見る。理子も俺の視線に気づいて俺の意図が分かったのか、力強く頷く。



「話していても無駄な時間が過ぎるだけよ? 理子はともかくとして、まず有明君たちは帰ってくれるかしら? 失礼で単純に不快よ」


「こちらこそ残念です。明日実さんが少しでも理子の話を聞いてくれる態度をとったなら、もう少しいい未来があったのかもしれません。だったらこちら側としてもしょうがないですが、違う作戦を取ります。理子……話せるか?」


「大丈夫です。私が直接……言わないといけない」



 俺と新が考えた理想の結末は、理子が両親と和解して幸せな家庭になる事だった。新は孝さんと話したこともあって家庭関係も良くなっていて、許嫁であるアキとも更に仲が良くなった。まさしくハッピーエンドと言える結末だっただろう。


 理子も同じように和解する事ができたら、俺たちも言う事はない。ただ……そう上手くは行かないだろうと俺と新は思い、理子の気持ちも尊重して三人で別のプランを考えていた。

 人生は全て幸せな方には向かっていかない。それに理子から両親の話を聞いていても、理解してくれるかは話してみるまで分からないなと思っていた。


 そして話してみて分かった。理子の両親はおそらくの人間だろうと。

 だから俺たちと話していても一生分かり合えないだろうし、和解するのは困難だと判断した。それで俺は理子に合図を送り、プランBに変更したのだ。



「お母さん。まずは今まで育ててくれてありがとう。私はお母さんたちを許せないけど、こうして生きていけたのはお母さんたちのおかげだから……そこは素直に感謝してる」


「理子は何を言ってるの? いったい何をするつもりなのっ!」


「お母さんたちの言う事だって分かる部分もあったけど、私はもう限界だった。そんな時に救ってくれた人たちがいるからこそ……こうして私は今生きる事ができているの。もう私は大丈夫なんだよ。だからさ……距離を置くことにする。何なら縁を切ってくれて構わないし、一生会わないならそれでいい」


「理子? 何を言っているのか分かってるの?」


「うん、私は本気だよ。私には信頼できる人だって他にたくさんいるし」



 これが俺たちが考えていたもう一つのプランであり、理子の決意。両親と絶交……いや絶縁状態になっても理子は構わないと言った。和解できないなら、こっちから関係を断ってやる。それが理子の出した答えであり、強い気持ちであった。


 もちろん家族と絶縁状態になれば、今よりも状況は苦しくなる可能性だってある。理子はそういったリスクも全て受け入れたのだ。

 ただ俺たちだって何も考えていないわけではない。まず俺たちは理子が信頼できるという親戚など多くの人に連絡をした。理子の家庭事情については色々と有名だったようで、理子の助けになると言ってくれた人は多かった。


 元々は理子の両親が非常に厄介だったようで、理子が絶縁状態でも構わないという意思を示せば、最初は渋っていた人も協力すると言ってくれた。元々明日実さんたちはプライドが高く、親族などの集まりでも浮いていたらしい。

 

 そして次に資金面の問題について考えた。明日実さんたちと絶縁状態になれば、必然的に一人で生きていかなければならなくなる。

 学費や生活費などで困った際にも多くの人が出来る範囲で協力すると話してくれたし、新も出世払いでいいなら何とか協力できると理子に提案し、理子はいつか必ず返します! と強い言葉で新に宣言していた。


 ただ新には別の案もあるようで……。新は明日実さんの方を向いて話し出す。



「大学卒業まではある程度は助けてあげてもいいんじゃないですか? 自分で学費を払っているとても優秀な生徒もいますが……今までは明日実さんたちご両親が支払われていたんですよね?」


「……そうよ。私たちは理子に投資してきたのよ!」


「まぁまぁ落ち着いて。それが急にあなたたちの娘である理子ちゃんが一人で急に支払う……となれば、他の人はどう思うのでしょうね? きっと家族に何か問題がある……と必ず思うはず。あとは証言でどうとでもなりますしね」


「あなた……子供の分際で脅しているの?」


「提案ですよ。理子ちゃんは色々な制度を使ったり、自分で何かと頑張ったり、色々な人の協力を得てどうにか頑張るでしょうけど……今よりは厳しくなるでしょう。少しは手助けしてみてもいいのでは? と俺は思うだけです」



 いやめちゃくちゃ脅しじゃねーか! 今までの事を黙るからその分のお金を貰おうとしてるだけだろ!  

 改めて新が敵じゃなくてよかったなほんと……。油断できない奴だよ全く。



「あとは明日実さんたち次第ですがどうしましょう」


「……なら理子の今ある口座は好きに使いなさい。それであなたたちはもう私たちとは関わらないで。こんなに出来の悪い娘だとは思わなかったわ」


「おぉ太っ腹ですね。それで手を打ちましょう。なら俺たちはさっさと帰りますね」



 新はそう言うと、『帰るぞ』と伝えるように俺たちに手招きをする。

 これが正しい結末だったのかは分からない。その答えが正しいかどうかは……これからの理子次第だ。



「じゃあねお母さん。私は出来の悪い娘だったけど……お母さんも色々な男と遊んでいるみたいだし、その男たちに助けながら生きていくといいよ。バーカっ!!」



 理子はそう言って母親である明日実さんにべーっと舌を出して、実家を後にする。もう実家には……帰る事もないだろう。

 

 理子は自分の実家を見て少し悲し気な表情を見せたが、すぐに俺たちを見て笑う。そしてその理子の姿を見て、俺と新もまた笑う。



「私はもう……前を向いて生きていくしかないですね」



 神田 理子という一人の人間のストーリーは、ここで一つの終わりを迎えたと思う。

 そしてこれから明るい未来を目指して、第二章が始まっていく。


 そんな素敵な後輩をこれからも応援していきたい。俺はそう強く思ったのであった――


 

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