Case.春は出会いと再会なのだが……

 俺はすめらぎ恭也きょうや

 大学1年生になる学生だ。今年の春から私立大学・中海大学に入学する1年生。

 名海大学は山の斜面に利用して校舎を建てたそこそこ歴史がある大学だ。地方で言えば、中部地方で東海地方にある大学なのだが、偏差値はいいのかも悪いのかもわからない。ただ1つだけ言えるのは俺以外に優秀な生徒がいるのかわからない、の一言だ。


 なんせ、入学式で新入生総代を務めてしまったからだ。俺としては幸先に思いやられる気分だった。だって、俺――。

 久しぶりに日本へ帰国したから。ひとまず、大学受験できる学校に願書を提出して試験問題を解いて、面接をして合格をした。

 実感もなければ、達成感もない。平たく言えば、刺激が味わえなかったとも言える。

 難なく勉強しただけなのに合格できてしまうもんだから、俺の心が満たされない。刺激を感じることもなく、ただただストレスになるだけだった。

 それでも大学。新天地での新しい友人関係を築けるのではないかと一縷の望みにかけたけど、忘れていたことがあった。

 俺って自分から話しかけようともしないじゃんか、と――。

 1ヶ月が経過した段階で1人も友達なんかできなかった。


「全く、我ながら自分の愚かさを呪うよ」


 1ヶ月経過した辺りで大半は新しい友人関係ができあがっている。でも、俺はこの1ヶ月ろくすっぽも友人関係ができなかった。

 入学式を終えた後、オリエンテーションや学内説明と学生に必要事項を伝えた。重要事項を伝え終えたら、大半の生徒は学内で友人と談笑したり、サークル活動に入ろうか入らないか考えたり、教科書や参考書、ノートなどを買ったり、新生活の準備だったりと大忙し、っていう学生が多かった。

 俺も教科書や参考書、ノートを買わなければいけないし、新生活の準備をしなければならない。それを抜いても俺はもう1つしておかないといけないことがあった。

 それは探偵事務所の用意しなければならない。

 言い忘れたけど、俺は探偵をしていて海外暮らしで依頼を受けて事件の解決や警察のお手伝いをしていたこともある。日本へ帰国して早々に探偵事務所を構えて、生計を立てないといけない。

 なんせ、父さんと母さんは海外を暮らしているのに俺だけ日本へ送り返したんだからな。腹が立ってしょうがない。

 でも――


「嘆いたところでしょうがないか」


 割り切って、日本で暮らしていた頃の家に居を移した。でも、数年間、海外暮らしをしていれば、家の中は埃まるけ。まず、掃除からしないといけない。

 唯一の救いは交通手段が自動車もOKということかな。車での通学がダメなら公共交通機関を使わないといけない。正直に言って、お金が嵩むから御免被りたかったのもある。


「バイク通学もできるだけ幸いか。いや、向こうで免許を取っているから免許センターに国内での免許更新をしないといけないし、試験をパスしないといけない……」


 問題が山積みで先行きが見えずにいた。




 名海大学に入学してもう1ヶ月が経過した。

 ひとまず、問題のタスクにして1つずつ解決した。免許センターで免許の更新を終えたし、学術試験をパスした。探偵事務所はまだ設立できていないけど、日常生活では問題ない。

 でも、1つだけ問題があるとすれば、大学生活に色味がないことだ。

 大学の講義を受けて、クラウドソーシングで依頼が来ていないか確認して、炊事洗濯を済ませて、小遣い稼ぎにバイトに出ての繰り返し。

 なんの差し障りもない日常。変わり映えのない毎日。ただただ色褪せていくだけの生活。

 俺の人生は所詮、こんなもんかもしれない、と自己肯定感が低くなるかもしれない。


 非常にマズーい状況でもあったのだが――。


「ねぇ、皇恭也くん。1つお願いがあるのだけど、いいかな?」


 ここ1ヶ月、誰からも声がかからなかった俺に来訪者を告げる声が飛ぶ。誰だ、俺に話しかけてくる奴は……。

 学部のオリエンテーション研修はまだ先だし。サークルへの勧誘か? いや、それならこんな形で声がかかるわけもない、誰だ。


「ねぇ、聞こえている? 聞こえているよね? 恭也!」


 何度も声をかけられて無視し続けたからか痺れを切らして呼び捨てで呼び始める。さすがにしつこくなってきたので俺は振り向いた。そこに立っていたのは――


「もうやっと反応してくれた。こんにちは、皇恭也くん。あなたにお願いがあって来たの」


 艷やかな黒髪のツーテール。紅玉のような美しい瞳。顔立ちもよく雑誌に出ているモデルと比較するのが烏滸がましい。名画や壁画から飛び出してきた聖女がそこにいた。


一ノ瀬いちのせ明澄あすみ、さん?」


 日本屈指の大女優にして、日本一可愛い女子大生にも選ばれた名海大学のお姫様、一ノ瀬明澄が微笑みながら立っていた。

 このとき、俺はなんか一波乱ありそうな気がした。

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