向日葵
ラッセルリッツ・リツ
向日葵
私からすれば彼女の描く絵はどれも向日葵にしか見えない。それもまったく一緒の。仮に絵にタネがあってその子を育てたとしてもこれほど似ないくらいにまったく一緒だ。
けれども彼女はまた向日葵の絵を描いている。アホらしいものだ。部屋に額縁を詰んで何になるというのか。買い手はいないと分からないのか。
「……」
何かに憑りつかれているのか。近所でも噂になっている。昼夜問わず、寝る間も惜しみ、夜中に灯りがついて覗いてみたら同じ画が並んでいる、朝になって覗いたら一つ増えている。不気味だ。
「……」
そのせいで窓ガラスを割られたり、家の壁に落書きされたり、ピンポンダッシュなんかもされて、虐められているというのに一切気にも留めず、黙々と筆をなぞっている。
「……」
様相も細く白くなって、目の下のくまも酷い。気色が悪い。見た目はもちろん、ここまで身を削って何になるというのか、その混乱故にだ。
「……」
「あ、大家さん。すいません、これ家賃です」
「どうも」
私に封筒を渡すと、彼女の妹さんはキビキビと散らかった絵を掃除し始めた。妹さんは肌艶よく健康で、身なりも品行もちゃんとしている。そして高給取りだ。なぜここまで違いがあるものか。
大して彼女は大変している妹さんのほうを一切見ず、また同じ絵を。妹さんがその生活費や援助をしているというのに、なんて不道徳だ。
「妹さん。近所から苦情が来てるんですよ」
「す、すいません」
「いや謝りはしますがね、一向に彼女は夜中でも絵を描くし、家は荒らされるし、そもそも同じ絵を量産して何になるんです? やめさせられないんですか?」
「す、すいません……」
「うーん……」
「……」
妹さんに何を言ったところでどうにもならない。私の気が晴れることすらない。このままじゃ家が本当にダメになってしまうし、トラブルが起こってしまうかもしれない。無理やりにでも追い出そうかとも思うが――――うーむ。住む場所がないと妹さんに泣きつかれても敵わない。
「……」
「……」
こっちは気疲れさせられてるというのに全くこちらも気にしない。なんなんだこの女は。向日葵の絵とともに私の不満は増えるばかりだ。
「妹さん、彼女は近隣住民から呪われてるとまで言われてるんです。あなたはそう思わないのか? こんな何のためにもならないどころか、迷惑かけてまで、正気じゃないですよ」
「ご、ごめんなさい」
「いや形ばかりに謝られても解決しないですよ。どうにかならないですかね?」
「す、すいません。注意しておきますから」
「そもそもなぜ支援なんてして、この女を捨てたところで誰も責めませんよ。逆にこんなの、善人過ぎて怖いくらいだ。あなたも異常だよ!」
「ご、ごめんなさい!」
「……」
この女はどうしようもないのか。妹さんを貶されても無反応。義理や人情などはないのか。
ああ、だんだん腹が立ってきた。どうしてこんな女に私は、妹さんは、近隣住民は苛まられなければならない。全てこの女が悪いというのに――――ああ、馬鹿馬鹿しい!
「おい、聞いてるのか? 筆を置け!」
「ちょっと、邪魔はしないでください!」
「いや、してやるとも――――!!」
私は無理やり女の筆を取り上げた――――が、
「……」
「こ、この女……」
すぐに別の筆を取ってまた――――ええい、そっちがその気ならこっちも!
「お、大家さん!?」
「……!!?」
私は片付けられた絵を取り出しては破いていく。一枚、二枚、ああ、三枚目からは数えるのも忘れた。何を破いてるのか、そもそも破いてるのかわからないくらい同じ絵が出てくるからだ。
だがやっと女はこちらを向いて動揺し始めた。あれ、だんだんと沸々と顔色良くなって、もう十枚くらい破いたか? これで十一枚目か? あの女の具合でどれくらい破いたかわかってきた。もっと破いてやる! そして諦めるがいい、この無駄な作業を!
「はっはっはっは! もっと破いてや――――っぬ!!? ぬーん……」
「空手習っておいてよかった」
見事な蹴りが額に命中。私は気を失った。そういえば妹は格闘技の経験があると言っていたか。
――――目が覚めるとソファの上だった。天井の木材がボロボロだったからすぐに女の家だとわかった。もう夜になっている。長い間気絶していたらしい。
「あ、起きましたか? だ、大丈夫ですか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「あの、さっきはすいませんでした。やり過ぎました」
妹さんはずっと礼儀正しい。こう振り返って見ると気を狂わしてしまった私の方が悪いかもしれない、いや、私の方が悪いか。妹さんの品行の良さにそうだと悟った。
「いえ、謝らないといけないのはこちらの方です。そんな謝らないでください」
「そ、そんなことないです。大家さんは何も……」
互いに謝っていたら気まずくなって静かになると――――カタカタカタ――――あっちの方の音が目立つ。そうだ、あの女がいたんだった。
「姉は今、修理をしてて……いえ、気になさらなくてもいいですよ」
「……ええ」
ダメだ。この困惑をハッキリさせてしまえばまた気を荒げてしまう。これ以上怒ってしまえば頭の血管が切れてしまいそうだ。
「もう帰ります。色々とすいませんでした」
「あ、もう大丈夫で――――」
「心配なく」
私は速やかにその場を後にしようとした。ただ――――玄関には女が待ち構えていた。一体何のつもりだ。
「……」
「姉さん?」
彼女は私の前に二つの絵を立て、こちらを睨んできていた。なんとなくだが、どちらかを受け取れという事だろうか――――馬鹿馬鹿しい。どっちも一緒ではないか。修理したかもわからない同じ向日葵の絵じゃないか。
「右だ。さっさと帰らせてくれ」
「……」
私は右の絵を取ってさっさと家を出た。ああ、落書きがひどいものだ。ただ個人的には家を狭くする価値のない絵よりはマシだ。大家としては逆だが。
――――――――何年後か、何十年後か、あるいは何百年後か。彼女の描いた絵はどれもがとても価値のあるものになった。
その一部が発見された大家の家の古びれた倉庫は宝箱となり、廃墟になってしまった落書きだらけのの家は彼女の人生を表すものになった。
もしかしたら誰かの家にもそんなものがあるのかもしれない。仮に世界が終わるまではわからないだろう。でもそれすら彼女にとってはあまり関係なく、きっとそれが向日葵ではないからだろう。
―――あとがき―――
この女は性格悪いな。最高だよ。
向日葵 ラッセルリッツ・リツ @ritu7869
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