声優のオレが番レギュやってたアニメ世界に転生したら黒幕扱いされて勇者一行が可哀想なことになってしまった

八波草三郎

無差別転生

 ある日、先輩ベテラン声優に飲み会に誘われたオレは深酒をしてしまった。それほど懐事情が良いわけではなく、終電を逃してしまってもどこかのホテルに転がり込むのはもったいない。運悪く、ネットカフェも見当たらない。

 酔いの余勢も駆って真冬の寒空の下、つい駅前のベンチで始発を待っているとウトウトしてしまう。周囲が明るくなって目覚めたオレは見知らぬ場所で目覚めてしまった。


「ここ、どこだ?」

 駅前のベンチでもない、かといって柔らかくもない簡素なベッドである。


(この造形、このタッチ)

 見覚えがあるというか、わずかに癖のある部屋の造形に気づく。

(蒼海美術工芸の向野さんの背景じゃないか? 最近お世話になった作品だと『コーンデール勇者伝』か?)


 見下ろし、身体をまさぐるとすでに腹の出た中年男になっている。確かにオレは『コーンデール勇者伝』の番レギュをやっていて、始まりの街で勇者一行を送りだす宿屋の主人もやっていた。


 番レギュとは、番組レギュラーの略称である。アニメ作品や外画などであれば、一言だけの小さな役は幾らでも必要。それを担うのが番レギュ声優というわけ。

 もちろん名前も付かない役に養成所のヒヨッコや声優事務所に所属したての新米が修行がてら振られることもある。中にはメインどころの声優と同じ事務所の新人がバーターで入ることも。


 しかし、たった一言といえども演技は演技。そんな素人に毛の生えた人間ばかりを揃えていれば時間ばかり掛かってしまう。そこまで制作予算に余裕があるわけもない。

 そこで出番となるのがオレのような中堅どころの番レギュ要員。ヒーロー声でもヒロイン声でもなく、主役を取れない声質でもテクニックさえあれば重宝がられるのである。


 声優とは面白い業種で、例えばアニメ一話で一言しか台詞がなかろうが、主人公で台本の毎ページに台詞があろうがギャラは同じである。なので、呼んでもらえさえすればオレみたいな番レギュ要員でも食っていけるのだ。


(そんな番レギュ声優のオレが異世界転生だと?)

 声優の自分と違い、すでに中年男ではあるが。

(転生してまでオレはチョイ役か? せめて転生先でくらい勇者をやらせてくれよ)


 願ったところで事実は事実。割り振られた役は勇者一行を送りだす宿屋の主人である。やるせない。


(オレもいい年だ。主役とまでいわなくとも、スタッフロール一枚目に載る役くらいコンスタントにやりたかったよ)

 現実は下から二番目か三番目が定位置だった。

(声優アワードで主演を獲りたいとはいわないさ。でもな、準レギュやった作品が大バズりして助演俳優賞くらい夢見たっていいじゃないか)


 どうやら凍死したオレは、夢破れて転生先でも名もなき役にはめられてしまった。生前のものとダブる記憶では、普通の嫁と親の目から見れば可愛い娘に恵まれている。それで我慢するしかないのかもしれない。


「いってらっしゃい。期待してるよ」


 数少ない台詞を告げて勇者一行を見送る。そこでも大勢の中の一人にすぎない。スーパーサブにも満たないモブである。


 そのあと、その日もそつなく宿屋をまわしたオレは部屋で眠りについた。


   ◇      ◇      ◇


 次の日、目覚めるとオレはずいぶんとみすぼらしい格好に変わっている。獣の皮と思しい、ひどい匂いの上着を羽織った男だ。


(こ、これは勇者一行が旅の途中についでに護衛した商隊を襲う野盗か? 確かにオレがやったが……)


 嫌な予感が脳裏をよぎる。もしかしたら番レギュでやった役に記憶だけ次々と転生させられるのかもしれない。


(冗談じゃない。この役は……)

 未来を知っている。


「有り金と女を置いていけ」

 そう言ったのは野盗の首領で、オレは悪役のメインでもない。

「こんな不埒は勇者の僕が許さない!」

「勇者だと? そんなのがここにいるもんか。やっちまえ」

「かかってこい」


 乗り気ではない。未来を知っているということは運命を変えることができるのだろうか? 抗ってみる気になった。


「そこの女魔法使い、大人しくしてたら可愛がってやるぜ」

 ところが口から出たのは台本にあった台詞である。

「野盗なんかが気持ち悪い。プチフレア!」

「うっぎゃあー!」


 灼熱地獄の中でオレは事切れた。


   ◇      ◇      ◇


 次に記憶を取り戻すと、今度は露天の親父である。肉の串焼きを淡々と焼いていると、通りを勇者一行がやってきた。


(これもオレだったな)

 徐々に思いだしてくる。


「そこの可愛い女魔法使いちゃん、うちの串焼きは美味いよ。一本どうだい?」

 匂いに釣られてフラフラとやってくる。

「堪んない。おじさん、一本ちょうだい」

「おう、一本300クレジだ」

「300? はーい」

 銅貨を三枚、3クレジである。

「美味しーい」

「美味いだろ?」

「ところで、おじさん、わたしとどこかで会わなかった?」

 そんな台詞があっただろうか?

「いや、そんなことは……」

「そうよね。でも、なんか引っ掛かっちゃって」


 勇者一行は通り過ぎていき、その日は終わる。


   ◇      ◇      ◇


 次の日の転生先は魔王軍の一兵卒。ただのやられ役魔族として勇者一行に挑んでいく。


「喰らいなさい! プチフレア!」

「あじゃうじぇらー!」


 スタジオでちょっとだけウケた悲鳴をくり返して事切れた。


   ◇      ◇      ◇


 この日は珍しく台詞の多い役に当たっている。魔王軍の要塞のボス、いわゆる中ボスという役どころ。


(あれ?)

 オレは首をひねる。

(この役って確か、配役のベテランさんが抜き録りだったからオレが代わりにマイクに入っただけだったのに?)


 こんなパターンもあるのかと思ってしまう。が、どうあろうと自発的に言えるのは台本にある台詞だけ。


「四天王でも最弱のこのワシを倒したとて魔王様に敵うわけがないぞ、勇者め」

 斬り裂かれながら告げる。

「うるさい! 滅んでしまえ!」

「ちょっと待って。あんた、前に会ったことあるでしょ?」

「なに言ってるんだ、女魔法使い?」

 勇者が首をひねっている。

「前は魔王軍の魔族だった。その前は串焼き露天の親父。その前は野盗。もしかして最初の宿屋のご主人も?」

「そんな馬鹿なことが!」

「わたし、人の声を憶えるの、ちょっと自信あるの。きっとそう」


 勇者たちは揉めはじめる。しかし、中ボスのオレの身体は粉々に崩れかけていた。


「わたしたちの動向を探るために、色んなとこに潜んでるのね? まさか、あんたこそが魔王復活の裏側で暗躍していた黒幕?」

 とんでもないことを言いだした。

「そんな設定はないぞぉー……」

「絶対だもん! わたし、聞き間違えたりしない! 声がおんなじだもん!」

「オレの役作りを否定するなぁー!」


 存在意義を破壊されながらオレの身体も崩壊した。


   ◇      ◇      ◇


 この日もとある街角。勇者一行が通りかかる。


「まだ言ってるのか、女魔法使い。だって一部を除いてみんな、倒してきたじゃないか?」

「きっとアンデット系の魔神なのよ。黒幕はそいつなんだわ」


(すごい勘違いされてるな。誤解をといてやりたいが……)

 その日のオレに不可能なこと。


「ワンワン!」

「見つけたー! 待ちなさい、そこの黒幕ぅー!」


 女魔法使いに追いまわされて一日が終わった。


   ◇      ◇      ◇


(鋭すぎるぞ、あの女魔法使い。今日はヤバいかもしれない)

 若干台詞が多い。


「なあ、この街に勇者の剣を打ってくれる鍛冶師がいるはずなんだが」

 勇者に話し掛けられてしまう。

「ああ、それなら……」

「いたー! こんなとこまで嗅ぎまわってどういうつもり!」

「な、なにを言って……」

 即座に否定する。

「絶対影の黒幕ね!? あんたを倒さないとこの世界に平和は訪れないんだわ!」

「違う違う! オレはただの番レギュでそんな大層なもんじゃ」

「うるさい! 往生しなさい! あんたの所為で、ただの犬を追いかけまわしてたって変な噂が広まっちゃってるんだから!」

「そんなん知るかー!」


 この日も追いまわされて終わる。だんだん、女魔法使いとの縁が深まってきているような気がしてならなかった。


   ◇      ◇      ◇


「助けてくれ、この先の森で娘が魔王軍にさらわれ……」

「待てー!」

「最後まで聞けぇー!」


 パターンが固まってくるのが怖ろしくもあった。


   ◇      ◇      ◇


 その後も幾度となく遭遇し、追いまわされ続けたオレ。勇者一行は魔王城に達し、見事魔王を討ち果たしたと聞いた。もちろん、大物悪役ばかりのクライマックスにオレは呼ばれることなく、遠く離れた場所にいる。


(大丈夫かな、あの勇者一行。王宮への凱旋もそこそこに、いもしない影の黒幕を追ってほうぼう駆けまわってるそうだし)

 憐れに思えてきた。


 彼らがオレを見つけることはないだろう。なぜなら今のオレは始まりの街の宿屋で勇者一行の旅立ちを語り伝える主人に戻っているのだから。


<完>

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