第9話 報酬
親友との過去を打ち明けたアメリは、大粒の涙を流しながら子供のように泣きじゃくっていた。彼女の涙を止めてあげたいけど、その場凌ぎの慰めの言葉を伝えても跳ね返されてしまいそうな気がした。
「師匠」
オリヴァーは、バーナードに助けを求める。呼ばれたバーナードは意図を察したかのように、気だるげに二人のもとへ歩いてきた。
動物には人を癒す力があると聞く。ここは、バーナードの力を借りることにした。
大きな犬がのそのそと目の前にやって来たことで、アメリは驚いたように顔を上げる。真っ白な頬は、涙で濡れていた。
「慰めてくれるの?」
アメリの大きな瞳から、涙が零れ落ちる。その瞬間、バーナードはベッドに飛び乗って、アメリに圧し掛かった。
「ひゃっ!」
アメリは驚いたように悲鳴を上げる。そのままバランスを崩して、ベッドに倒れ込んだ。
アメリを押し倒したバーナードは、涙を拭うように真っ白な頬を舐める。容赦なく、何度も、何度も。
アメリの声は、次第に笑い声へと変わっていった。
「あっはっは! やめて! くすぐったい!」
大きな犬と少女がじゃれ合う光景は、傍から見れば微笑ましい。だけどバーナードの正体を知っているオリヴァーには、直視しがたい光景だった。
「えっちだ……」
オリヴァーは気まずそうに視線を逸らす。しばらくじゃれ合っていた二人だったが、アメリが「めっ!」とバーナードの頭を叩いたところで解放された。
アメリの上から退いたバーナードは、オリヴァーの隣を通り過ぎる瞬間、にやりと笑ったような気がした。これは確信犯だろう。
アメリは、べろべろになった頬をハンカチで拭いながら身体を起こす。
「もうっ、本当に悪い子ね」
「……躾のなっていない犬でごめんね」
「ふふふっ、でも、おかげで涙は引っ込んじゃった」
アメリの表情には、笑顔が滲んでいた。重苦しい空気も、もう感じない。やり方は褒められたものではないが、アメリの涙を止めるという目的は果たせた。
複雑な気分で目を細めていると、オリヴァーの耳元でバーナードがボソッと囁いた。
「女を泣き止ませたい時は、こうすればいい」
「真似できるかっ!」
「え? 何か言った?」
「ああっ! いや! なんでもない!」
オリヴァーは慌てて取り繕った。空気が和んだところで、アメリはあらためてオリヴァーと向き合う。
「取り乱しちゃってごめんなさいね。貴方には、流星祭の日にポーラと会わせて欲しいの。そこで、あの子に伝えられなかったことを伝えたい」
「うん。依頼内容は理解したよ」
オリヴァーが微笑むと、アメリは安心したように頬を緩めた。それからもう一度、真剣な表情を作る。
「Sランクのクエスト、正式に依頼します」
アメリから依頼を受けて、オリヴァーは力強く頷く。
「はい。お受けします」
契約成立……と言いたいところだけど、また固まっていないこともあった。
「報酬なんだけど、私そんなに手持ちがなくて……」
その言葉は、ある程度予想していた。働きに出ていない15歳前後の少女が、Sランクの相当の金額を工面するのはほぼ不可能だろう。
「支払える額で構わないよ」
「もちろん、これまで貯めてきた分は全部あげる。それでも、貴方の納得する報酬に届くかどうか……」
「本当に気持ちだけでいいから」
オリヴァーは、呑気に微笑みながら伝える。既にレッドウルフの討伐で報酬はたんまり貰ったから、路銀には困っていない。アメリの依頼をこなすことで、マナも貯まるから文字通り気持ちだけで十分だった。
「お金はあまり出せないけど、私にできることがあったら何でも言って」
「何でもって言ってもなぁ……」
別に良いのに……と思っていると、またしてもバーナードが耳元で余計なことを吹き込む。
「くくくっ……なら、身体で払ってくれとか言ってみたらどうだ?」
「身体で!?」
思わず口に出してしまったことに気付き、オリヴァーは「しまった」と口を塞ぐ。意図を察したアメリは、カアアっと顔を真っ赤に染めた。
気まずい雰囲気が流れる。どうしてくれるんだ、とバーナードを睨んでいると、アメリから思いがけない言葉が飛んできた。
「……構わないわ」
「へ?」
「貴方が望むなら、それでも……」
スカートをきゅっと握りしめ、潤んだ瞳で見つめる。冗談で言っているようには思えなかった。
「なんなら、いまでも……」
「いま!?」
突拍子のない提案をされて、心臓が暴れまわる。頭がクラクラしておかしくなりそうだ。突如流れた甘ったるい空気を振り払うように、オリヴァーは叫んだ。
「そういうのは、好きな人のためにとっておかないと駄目だよ!」
オリヴァーは立ち上がって、逃げるように部屋の扉に手をかける。
「とにかく! 死者蘇生を実行するのは流星祭の日だから! その日までにお友達との思い出の品を用意しておいて! いいね!」
そう言い残すと、オリヴァーは急いで部屋を飛び出した。そのまま、階段を一段飛ばしで駆け下りて、宿泊している部屋に飛び込む。扉を閉めてから、ヘロヘロと床にしゃがみ込んだ。
一連のやりとりを見ていたバーナードは、「へっ」と鼻で笑う。
「まだまだガキだな」
「うるさいっ!」
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