第2話 大悪党魔法使い
これはオリヴァーとバーナードが出会う前の話――。
西の国、セルシオには大魔法使いアナベルがいる。四方を大木に囲まれた僻地に、彼女の屋敷があった。
陽の光が遮られた薄暗い森の中に、ひっそりと佇む屋敷。蔦の絡まった外壁に三角屋根の建物は、いかにも魔女が住んでいそうなミステリアスなオーラが漂っていた。
そんな屋敷に、ひとりの若い男がやって来る。肩口で切り揃えられた銀色の髪に、ひょろりと背の高い体躯。鋭い眼光からは、他者を威嚇するような刺々しさを感じさせた。
男はベルを鳴らすことなく、無遠慮に屋敷の扉を開ける。ズカズカと中に押し入ると、一階の広間に直行した。
「ちーっす、師匠。急に呼び出してなんだよ?」
男が馴れ馴れしく話しかけた相手こそ、大魔法使いアナベルだ。
豪華絢爛な椅子に腰かけたアナベルは、十代後半に見える。しかし、女の魔法使いは見た目だけで年齢を判断してはいけない。
アナベルが足を組み替えると、腰まで伸びた赤紫色の髪が揺れる。月のような金色の瞳は、半月状に形を変えた。
「よく来たな、バーナード。元気そうでなにより」
「まあな。それなりに元気にやってるさ」
馴れ馴れしく話しかけるバーナードを見て、隣に控えていた若い男の執事が眉を顰める。その一方で、アナベルは無礼な態度を気に留めることなく話を続けた。
「今日呼び出したのは他でもない。お前に聞きたいことがある」
「なんだよ、改まって」
「単刀直入に聞く。お前、いままで何をしていた?」
「何って、自由気ままに生きてきただけだけど?」
「……そのようだな」
アナベルはふうっと溜息をつく。それから本題に入った。
「お前の素行の悪さは各地から聞き及んでいる。随分好き勝手やってくれたようだな」
「素行の悪さって、大袈裟な」
「大袈裟かどうかは、ひとつずつ追求してやろう」
アナベルが右手を挙げると、執事が数枚の書類を差し出す。受け取ったアナベルは、書類に目を通しながら追求した。
「北の国、ノーマンでマフィアと手を組んで、町ひとつ壊滅させたというのは本当か?」
バーナードは悪びれることもなく答える。
「ああ。報酬が良かったからな。誰だって楽して稼ぎたいじゃん」
「お前が暴れたせいで、町として機能しなくなったようだ。復興にどれだけ時間がかかると思ってる?」
「町はぶっ壊したけどさ、民間人には手を出してねえぜ? 殺ったのはマフィアだけだ」
アナベルはスッと目を細める。続けて二枚目の書類に目を通した。
「東の国、イルラの後宮で上級妃をたぶらかしたというのは本当か? 惚れ薬まで使ったそうじゃないか」
バーナードは、またしても悪びれることなく答える。
「ああ。他人の女って燃えるじゃん。皇帝の女なら尚更」
「認めるんだな」
「あれだけ大勢の女を囲い込んでいるんだから、一人くらい構わないだろ。女の方も乗り気だったぜ?」
「お前が手を出した妃は、後宮から追われたそうだ」
「良かったじゃねーか。鳥籠から抜け出せて」
アナベルはもう一度目を細める。さらに三枚目の書類に目を通した。
「西の国、セルシオの要人を魔法でボコボコにしたのは?」
「税金を上げるとか、ろくでもねぇ政策を打ち出したから、ぶちのめしてやった」
ふんっと鼻息を荒くするバーナードを見て、アナベルはさらに目を細めた。
「お前、世間で何と呼ばれているか知ってるか?」
「ああ? 知らねえけど?」
「そうか。ならば教えてやろう」
アナベルは椅子から立ち上がると、カツカツとヒールを鳴らしながらバーナードの前までやって来る。そして背丈よりも大きい杖をバーナードに突きつけた。
「大悪党魔法使い、バーナード」
バーナードは文句を言おうとするも、身体が石のように動かなくなっていた。
「お前のせいで、北と東の大魔法使いからチクチク言われているんだ。あの悪党をどうにかしろって」
固まるバーナードに、アナベルは告げる。
「だから、どうにかすることにした」
にやりと不敵に微笑んだ後、杖の先から雷光が発した。光はバーナードに直撃する。
「ぐあああああああっ」
バーナードは悶えるように叫び、地面に倒れる。その直後、全身に白と黒の毛が生え始めた。ひょろっと伸びた手足はみるみる縮んで、顔の造りも変形し、頭には耳が生えた。
悪人面だった男は、犬へと姿を変えた。立ち上がろうとしたものの、身体のバランスが取れずに四足歩行を余儀なくされる。
「おいっ! 何をした!?」
「お前の身体を犬に変えてやった。コールドハスキーだ。カッコいいだろ?」
「なんてことすんだ! いますぐ戻せ!」
「私はこれまで、お前のことを相当贔屓してきた。だけど、これ以上は庇いきれない。その姿で反省するんだな」
「冗談じゃねえ! 犬になるなんてごめんだ!」
ガルルルッと威嚇するバーナード。その姿は犬そのものだ。隣に控えていた執事が、ブフォッと吹き出した。
アナベルは、犬になったバーナードを見下ろしながら涼し気に微笑む。
「まあ、一生その姿でいろと命じるほど私も鬼じゃない。救済措置をやろう」
「救済措置?」
バーナードは噛みつきそうな勢いでアナベルを睨みつける。アナベルは威嚇をものともせず、涼し気な表情で告げた。
「コレをやろう」
アナベルは懐から透明の小瓶を取り出すと、ポンと放り投げる。落下する小瓶を、バーナードは口でキャッチした。
「わんわおおえ?(何だよコレ?)」
「マナを貯めるための小瓶だ」
「はわ?(マナ?)」
バーナードが首を傾げると、アナベルは詳細を語った。
「マナとは、人の魂から溢れ出す陽のエネルギーだ。普段は目に見えないが、私の魔法で可視化できるようにした。マナが溢れ出したら、その小瓶にオレンジ色の液体が貯まる。小瓶が満タンになるまでマナを貯めたら、お前を人間に戻してやろう」
バーナードは小瓶をそっと床に置く。
「マナを貯めるって、具体的にどうするんだよ?」
「魔法を使って人に尽くせ。そうすればマナが貯まっていく」
「人に尽くすったって、この身体じゃどうしようもねえだろ。ワンコロに人助けなんてできるかっ!」
「一人でできないのなら弟子を取るといい。人間との仲介ができるし、弟子に魔法を教えることでマナも貯まる」
「弟子だぁ? そんな面倒くさいもんはごめんだ!」
「そう言うな。弟子は可愛いぞ?」
「知るかっ! 他人の人生の責任なんて負いたくねえ!」
聞き分けのない弟子を前にして、アナベルは呆れたように溜息をつく。バーナードは目を吊り上がらせながら悪態をついた。
「つーか、そんな面倒なことしなくても、いますぐもとに戻せんだろ? さっさと戻せよ、クソババア」
その言葉で、アナベルはピクリと口の端を引き攣らせる。
「……クソババアだと?」
スンっと、アナベルの笑顔が消える。
「ああ、言ってはいけないことを……」
隣に控えていた執事は、嘆くように額を押さえる。ヒヤッとした空気が流れた後、アナベルは肩を揺らしながら笑った。
「はっはっは……そうか……そういう態度を取るなら、こっちにも考えがある」
バーナードが首を傾げたのも束の間、再び雷撃に打ちのめされる。
「ぐあああああああっ」
雷撃が消えるとバーナードに首輪が付けられていた。マナを貯める小瓶も、首輪に括りつけられている。
「なんだコレ!?」
「首輪だ。躾のなっていない犬にはお似合いだろう? 言っておくがそれはただの首輪じゃない」
「どういうことだ?」
「その首輪をしている間は、お前は魔法を使えない。そして首輪は魔力を持つ者にしか外せない」
「冗談じゃない! 魔法が使えないんじゃ、マナとやらも集められないだろ!」
「だから弟子を取ればいいと言っているだろう。その首輪を外せた者には魔法使いの素質がある。そいつを弟子にすることだな」
文字通り、自分で自分の首を絞めてしまったバーナード。悪態をついたことで、枷がひとつ増えてしまった。
怒り狂うバーナードを見下ろしながら、アナベルは満足そうに微笑む。それから具体的な方針を語った。
「旅に出て、北の国、東の国、ついでに南の国の大魔法使いに謁見しろ。そして彼らにこれからは人に尽くすと誓え。そうすれば西の国の体裁は守れる」
「犬の姿で世界一周の旅に出ろって? 冗談じゃねえ!」
「放棄すれば、お前は永遠にその姿のままだ。私の寿命はせいぜい後20年。私が死んだら、お前をもとに戻すことはできなくなるぞ」
バーナードは、ぐぬぬっと奥歯を噛みしめる。その反応を満足そうに眺めながら、アナベル煽り立てるように右手を挙げた。
「さあ、行け。贖罪の旅の始まりだ」
「納得できるかああああ!」
この場に及んでもまだ渋るバーナード。そこでアナベルは、執事に耳打ちした。
「ルーク、アレを」
「はい」
執事が懐から取り出したのはフリスビーだ。アナベルに手渡した後、執事は素早く部屋の扉を開けた。
「ほ~れ」
アナベルは掛け声と共に、勢いよくフリスビーを投げる。その直後、バーナードはタンッと床を蹴ってフリスビーを追いかけた。
「うわああっ! 身体が勝手に追いかけちまう!」
叫びながら部屋から飛び出すバーナード。その様子を見て、アナベルと執事は静かに笑った。
「犬だな」
「犬ですね」
◇
人の姿に戻るため、マナを集める旅に出ることを余儀なくされたバーナード。
それから三カ月が経過した頃、バーナードはオリーブの木の下でひとりの少年と出会い、師弟関係を結ぶこととなった。
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