第3話
――数日後 王都・貧民街 入口――
貧民街へ入る為には、一度、王都へ入る必要があった。王都の城壁の内側にあるトンネルが貧民街への入口となっていたからである。
貧民街は、堀の中に形成された街ではあるが、王都に増設されたような構造の為、城壁の外にあるにもかかわらず、王都側からしか入れない形状となっていた。そういう意味では、貧民街も立派な王都の一部なのだ。
王都の城壁に自然に空いた穴のようなトンネルを下ると、貧民街の入口に出た。トンネルの外はもう、悪臭漂う貧民街である。ヘドロの蓄積で出来たその地面は、常に湿り気を帯び、独特の臭いを発していた。
元々、巨大な堀の底であったこの地域は、両側に巨大な石の壁を有している。街道を中心に、両側には、木や布でできた粗末な小屋のようなものが、幾重にも増設されており、それらで街を形成していた。
無計画に形成されたこの街は、最早、何がどうなっているのか、そこに住んでいる者達にすら分からない状況となっていた。
混沌としているのは、街の構造だけではない。そこに住む人々も同じである。道端に寝せべり物乞いをする者。酒や薬物に溺れ行倒れている者。
*
「どうしてこうなった?」
貧民街に足を踏み入れたアイナから、心の声が漏れ出した。
「おい、どうした?」
アイナが、自身をぼーっと眺めているシンシアに気付き声を掛ける。
「えっ、あっ、はい。何でもないです」
シンシアが、取り繕うかのように答える。
「何でもないようには見えんがな。これだから、女の言う『何でもない』は信用できん」
「だって、急に、男装して来たら、誰だって驚くに決まってるじゃないですか……」
アイナは、貧民街に足を踏み入れるにあたり、男装して来ていた。
アイナとシンシアは、王都にある大きな宿屋に滞在していた。
そこを出てこの貧民街に至るまで、シンシアの態度は、ずっとおかしかった。
しかし、それも無理はない。アイナが男装している事で、彼女に異性を意識させてしまったのである。
アイナの屋敷でずっと働いていたシンシアは、年頃の男性と接する機会も少なく、今のような状況に少し動揺してしまっていたのだ。
更にそれに拍車を掛けていたのが、アイナの見た目である。アイナの服装は、貴族がよく着る
しかし、シンシアを驚かせたのは、男装やこの派手な衣装ではなかった。もともと美形な顔立ちであったアイナが男装した事で、かなりのイケメンと化していたのである。
そのあどけなさが残る面持ちは、ド派手な衣装でさえ、
「まぁ、確かに。少女が、いきなり男装して現れたら、誰だって驚くかもしれないな」
「そ、そ、そ、そうですよ」
「だがしかし、私は、別の事で驚いたよ」
「何にですか?」
シンシアが、少し不満げに身構える。
「お前が、ショタコンだった事にだ」
「な、な、な、何を言ってるんですかっ!」
シンシアは、動揺しながら顔を真っ赤に染めた。
「めちゃ子は、こういうタイプの少年が好みだったんだな~」
アイナは、小悪魔的な笑みを浮かべながら、シンシアに顔を近づけた。
「そ、そ、そ、そういう冗談は、止めにして下さい……」
シンシアは、耳まで赤くしながら、視線を外し、もごもごと答えた。
「ハ、ハ、ハ、ハ」
アイナは、満足げに大声で笑う。
「もうっ!」
シンシアは、その柔らかそうな頬を膨らませていた。
「しかし、高級な宿屋は、一味違うな。コンシェルジュなる者がいて、何でも手配してくれるんだからな。サイズもぴったりだ」
アイナは、腕を伸ばしたり、首を回して背中を見たりしながら、自らの服を満足そうに披露していた。
「でも、何故、急に男装したのですか?」
「お前は、少し平和ボケが過ぎるぞ。貧民街に若い女だけで入ろうものなら、何をされるか分かったものではない。飛んで火に入るなんとやらだ。正直、男装したとは言え、この幼い容姿だ。これでどれ程の効果が出ているか疑問ではあるが、やらないよりはマシだろう。まぁ、屋敷で一人暮らしをしていた時のように、
アイナがここまで話したところで、視線をシンシアに向けると、彼女は、人差し指を顎に当てて、何か考え事をしていた。
「うん? 何か気になる事でもあるのか?」
アイナが尋ねる。
「そういう理由でしたら、私、もしくは、二人で男装した方が良かったような――」
「あっ……」
アイナは、シンシアの正論に反論出来ず、言葉を失った。同時に、無意識のうちに、自身は、男である事から男装に抵抗が無かった事。一方で、シンシアに男装をさせるのは、おかしいと考えていた事に気付き、自身の融通の
「あ、あそこですかね?」
「あん?」
彼女の指差す方向を見ると、そこには粗末な診療所があった。
「どうやら、あそこのようだな」
アイナは、事前に用意していた手書きの地図を見ながら言った。
被害者である貴族の相手していた娼婦が、犯人を目撃しているとの情報を受け、二人は、彼女の元へと向かっていた。その娼婦は、怪我の治療の為、診療所にいると聞き、この場所へとやって来たという訳だった。
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