第10話
――帰り道――
翌日の夕方。アイナ達は、村の人が手配してくれた馬車に分乗し、帰路に着いていた。
日は、殆ど沈んでおり、空は、青い色に支配されようとしていた。昼時は、微かに暖かく感じていた陽気も、今では、鳴りを潜めている。
子供達は、アイナの愛馬であるファルシオンが引く幌馬車に乗っていた。時々大きく揺れる事もあったが、子供達は、かなり疲れていたようで、起きる事もなくぐっすりと眠り続けていた。
一方、アイナとシンシアには、小さくはあるが、箱馬車が用意されていた。それは、村人達からの感謝の表れでもあった。
アイナは、その箱馬車の中で側壁に寄り掛り、ぼーっと外を眺めていた。
暫くの間、会話の無い、ゆったりとした時間が流れていた。
「姫様……」
「あ~ん?」
シンシアの問い掛けに、アイナは、外を見たまま、気の抜けた言葉で返した。
「少し、寒くなってきましたね」
シンシアは、手を自身の息で温めながら言った。
「まぁ、暖かかったり、寒くなったりを繰り返すのが、今の時期だろう」
アイナは、当たり障りのない返答をした。
その後、シンシアは、黙ってしまった。彼女がしたかったのは、こんなたわいのない話ではなかったからだ。
「しかし、何故、私に助けを求めたのだ?」
「え?」
「あの数なら、普通、軍に助けを求めるべきだろう」
「そうなのですか? ですが、姫様は、騎士団長を務めていたのですよね。そうとうお強かったのでは?」
「騎士団長一人で何とかなる状況には見えんかったぞ」
「でも、姫様は、何とかなさいましたよね」
「『アイナ』の魔法の素養のお陰だ。昔の私であれば、数人を助けて逃げ出すのが精一杯だった」
「そうなのですか?」
「なるほど、分かった。無知故の行動だったのか……」
アイナは、ここまで話すと一つ大きなあくびをして、再び視線を外に向けた。
シンシアもこの話題をそれ以上、深掘りする事はなかった。
暫く沈黙が続いた後、何かを決意したかのように、シンシアは、再び口を開く。
「私、私……。『アイナ様』が意識をなくした後、ずっと泣いていたんですよ」
唐突な話に、何かを察したのか、アイナは少しだけ姿勢を正し、シンシアの方を向いた。
「で、でも……、でもですよ。『姫様』が目を覚ました時、安心しちゃったんです」
「それは、そうだろう? 意識がなかった主人が目を覚ましたんだ。安心してあたりまえだ。何がおかしいというのだ」
「そうじゃないんです……」
シンシアは、首を横に振った。
「契約の話は、聞いた事ありますよね」
「ああ。一般知識としては」
「人と《人形》の契約は、絶対なんです。一度、結んだ契約が、勝手に解除される事なんてないんです。そんな事が起こるのは、片方が死んだ時だけです。ですから……、ですから、私は、中身が、もしかしたら、別人かもしれないと――、別人かもしれないと分かっていながら、それでも、安心してしまったんです……。薄情ですよね……。これって、私が《人形》だからなんですかね……」
シンシアの目からは、涙が溢れ始めていた。
アイナは、僅かに視線を上に向け、少し考えた後、慎重に、言葉を選ぶように話し始めた。
「人というのは、意外と曖昧に出来ているものだと――、私は、そう考えている」
シンシアは、少し首をかしげながら、アイナの次の言葉を待っていた。
「外見が、肉親に似ているだけで親近感を持ったり、昔の恋人と似ているというだけで、恋に落ちたり、アンデットになってしまっても、家族というだけで、殺すのを躊躇したり――。外見と中身は別物と、頭では理解していても、どうしてもそれに流されてしまう……。つまり、お前の悩みは、《人形》のそれというよりか、はるかに人間臭いものだ」
「それは、私が、人だったとしても、同じように悩んだという事でしょうか?」
「それは、人かどうかというより、その者の性格によるのではないか? 上手く割り切って乗り切れるも者もいるだろう。だが、お前は、不器用で、悩んでしまう。それ故、私は、少しお前を心配してしまう――いつか壊れしまうのではないかと……」
その言葉が終わる前に、シンシアは、アイナにしがみ付いていた。泣いているのだろうか、その肩は、小刻みに揺れている。
「全く、お前は、怒って人をひっぱたいたり、悩みを打ち明けて泣き出したり……。感情が豊かというか、情緒不安定にも程がある」
「ですね……」
シンシアは、その表情をアイナに見せまいと顔を伏せたまま返事した。
アイナは、自分にしがみ付いて泣くシンシアへの対処に戸惑いながらも、彼女の頭を優しく撫でた。
アイナは、暫くの間、シンシアの頭を撫でながら、遠くの景色を眺めていた。シンシアは、そのまま泣き疲れ、アイナの胸の中で眠りについた。
――数日後 アイナの屋敷――
北の蛮族に勝利を収めたアイナは、吊るしていた輩達に恩赦を与え、逃がしてやる事にした。
子供達が住み込みで働くようになり、アイナの生活は、すっかり賑やかなものになった。おどろおどろしい光景も消え、屋敷は、かつての明るい雰囲気を取り戻しつつあった。
一方で大きな誤算もあった。シンシアの事である……。
アイナは、シンシアに対し、メイドとしての活躍を期待していたが、その見た目とは裏腹に、やる事なす事、失敗を繰り返し、屋敷を混乱に陥れていた。
「この厨房の荒れようは何なんだ? 賊でも忍び込んだのか?」
「すぅ~~~」
シンシアは、目を泳がせながら、大きく息を吸うと、何かを誤魔化そうと必死になっていた。
「これはですね。一生懸命、頑張った証と言いますか――」
アイナは、無言でシンシアを見つめ、圧を加えている。暫くの沈黙の後、シンシアは、圧に屈したのか、重い口を開いた。
「こ、こ、こ、この状況については――、申し訳ございませんでした……」
シンシアは、すっかり観念したかのように、下を向いてしまった。
「明日以降、料理関係の仕事は禁止な」
「えっ?」
「それから、今日からお前を『めちゃ子』と呼ぶ。何でもかんでもめちゃくちゃにする破壊神の『めちゃ子さん』な」
「そんな変なあだ名、絶対に嫌です。あんまりです……」
「いいや。これは、決定事項だ」
「酷いです。酷過ぎます――」
シンシアは、変なあだ名を付けられまいと、必死で抵抗していた。
「そ、そ、そ、そうです。料理を食べて見て下さい。肝心の料理も食べないで結論を出すのは、不公平と言うものですよ」
アイナは、シンシアに対し、疑いの眼差しを向けながら、無言を貫いている。
「だ、だ、だ、大丈夫ですよ。見た目は……ともかく、味には自信があるんですから――」
そう言いながら、シンシアは、アイナを席に着かせると、自慢の料理をテーブルに並べ始めた。
「まぁ、お前がそこまで言うのであれば、試食くらいはしてみよう」
「そうですよ。一口も食べずに、最終評価を下すなんてダメですよ」
シンシアの自信に満ちたその言い
だが、次の瞬間――。
「ブハーーーーッ」
シンシアの料理を口にしたアイナは、数秒も持たずに、その頬張った物を噴き出した。
乙女が吐き出したその汚物は、虹の如く弧を描きながら、儚く散って行った。
翌日、シンシアは、あだ名の撤回を涙目になって訴えたが、アイナの怒りは収まらず、これ以降、『めちゃ子』の呼び名は定着する事となる。
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