翠玉の章・溺愛√(グッドエンド)

35話 愛してる。積年の想いをあなたに。

 揺れる水面の視界


 ほおや額に当たる赤みがかった栗色の髪。


 テラスにいるはずで、ひんやり冷えた夜風に晒されたはずの身体は

 思いのほか温かい。


 嗅ぎ慣れたオーデコロンの香りが移るくらい、

 長く抱きしめられていたのだろうか。


 「…カナタ」


 「目覚めは王子のキスで御伽話おとぎばなしの定石でしょう?…私の姫様?」


 額をくっつけて泣きそうなくらい、優しい目で。安堵して微笑む。


 「…うん、そうだね」


 私は目を閉じる。予定調和で。

 次に来る行動を確信して。


 もう一度、重なる。


 「目覚めだけじゃ、足りない」


 もう一度。角度を変えて。

 何度も何度も、熱を分け合う口づけに溶かされる。


 「ハナキ」

 宝物を扱うように、私の本名を呼んだ。

 

 「知ってたんだね。やっぱり」

 「はい。ずっとずっと、昔から。」

 

 「面と向かってやっと呼べた。私の玻璃はりの花。

 私の…ハナキ」


 額に、瞼に、鼻筋に、ほおに

 そしてまた、唇に。

 積年の想いを乗せて、口づける。


 「愛してる」


 「過去のあなたも、今のあなたも。

 これからのあなたも、全部」


 一途に追い続けた『ハナキ』をカナタは切望する。


 (手、震えてる…)


 「私を選んで、ハナキ。

 私のものに、なると言って…」


 願うように、祈るように。

 カナタは私を見つめる。


『愛してる』


 それを伝えるためだけに、カナタは奔走してくれた。

 彼の気持ちが痛いほど伝わる。


(私は、この人に何を返せるだろう。)


 欠けた記憶で、きっと同じ分量の思いは持てていない。


(私があげられるのは、私自身しかないのに)


 大変釣り合いが取れていないのではないか。


 少し震える腕が私を抱き寄せる。

 いつも堂々としているのに、答えを待つカナタの瞳に不安の色が揺れる。


(ダメな理由をごちゃごちゃ考えても、カナタが好きな気持ちだけは消せない)


 私は全てを受け入れたくて、カナタの首に両腕を回す。

 大好きが少しでも伝わるように。


「………うん」


 蚊の鳴くような声で、カナタの耳元に届ける

 聞こえたか、聞こえないか。

 心臓の音の方がうるさくて、顔も耳も熱くて。


 そのままカナタの胸に顔を埋める。

 伝わればいい。私の鼓動ごと。


 カナタは一瞬、ハッとして目を見開く。


「ハナキ、私は自分の都合のいい様にとりますよ?……そう思って、いいですか? 」


 私は黙って頷いた。


「いいですね? もうあなたは私のものだ」


「拒否権ないじゃない……」

 食い気味もいいとこだ。


「ふふ、諦めてください?

 あなたを愛することに、遠慮はしませんから」


 カナタの胸にうずまるように抱きしめられる。

 心臓の音が早い。私のなのか、どちらかもわからないくらい、ドキドキしてる。


「…覚悟してくださいね。今夜は、離しません」


「ええっ!? 展開早いよ? 」


思わず顔を上げて抗議する。

心の準備ができてない!


「……何年待ったと思ってますか? 

 …今更横から掻っ攫われたらたまらない」


 にこ、と強固な姿勢の黒い笑顔で黙らせる。


「そんなぁ~~~」


カナタは私を抱き上げて、否応もなく彼の部屋に強制連行されるのだった。



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