31話 悪友たちの夜

「で、何があったの?カナタ」


 ハナキが退席してしばらくして。


 ソファにゆったり腰掛けて、果実酒の入ったグラスを弄びながらリュートは気だるげにそう切り出した。


「何かに追われた。悪意の『色』を持つ輩に」


 かいつまんで状況説明をするカナタに、リュートは少しだけ眉根を寄せる。


「心当たりはあるの?追われることに。

 カナタが目的?それとも、あのこかな?」


 「心当たりは売るほどありますよ。いちいちどれかなど憶えていたら日が暮れます」


「私が目的ならまだいいが、彼女が目的なら……」


 ギリっと奥歯を噛み締める。


「カナタ絡みの怨恨かもしれないし、もしかしたらあの子の「仕事」のミスかもしれないよね…報復とか。

 思わぬところで目立つことも増えただろうしねぇ」


 リュートはその美麗な眉を顰めて思いつく限りの可能性を述べていた。

 カナタの表情はますます険しくなる。


「どっちにしても気掛かりだね。安心できるまであの子に護衛つけておいた方がいいかもね」


「そうですね、1人にするのは良くありませんよね…」


 果実酒を飲みつつ、歯切れの悪い物言いをするカナタに、リュートは愉しそうに煽りにかかる。


「カナタは僕とあの子を一緒にしておきたくないみたいだけど~?婚約者持ちのクリーンな男なのに」


「リュート君もある意味危ないと思いますが…」


 毛虫を見るような視線を向けるカナタに、リュートは確信を深める。


「あっはは!やっぱりカナタ、あの時見てたでしょ?

  ハルちゃんとヘアアクセサリー選んでいたとこ」


「……!?」


 手に持つグラスが滑りそうになる。

 珍しくカナタの動揺が見られてリュートもご満悦だ。


「やっぱりねぇ、だと思ったぁ。カナタのことなんてお見通しだよ~!長い付き合いじゃない。

 ごめんねぇ、ついつい癖で。ミズキを思い出しただけで他意はないよ。

 …あの子には僕の力は効かないみたいだし。」


「それはわかってますよ。あなたの『色』が見えましたからね。

ですが、それとこれはまた別の問題です」


 カナタの目の色に仄暗さが宿る。リュートはその様子を見て頭を抱えたくなった。


「その後、あんなことになるなんてねぇ。ハルちゃんには本当ごめんねだけど…」


 彼女への束縛の証の護符アミュレットを思い出し、ツイッ、と気まずそうに目を逸らすリュート。


「ついついじゃありませんよ。彼女は私のだ。必要以上に近寄らないでください」


「…私の、ねぇ。

 まだ答えもらってないのに??あんまり嫉妬深かったら嫌われちゃうんじゃないのぉ?」


「その時は絶対に逃げられない様にしますから、大丈夫です。

 心も体も、私に縛り付けて見せるから。

……手段は選びません」


「ほんっと、おもしろ~…

 ついてきてよかったなぁ~、カナタの貴重な姿が見られるしぃ」



学生時代を知るリュートはカナタが1人の女性にここまで執着するのを見たことがない。

人当たりもよく、女性にもモテていた。


何でもそつなく冷静に一歩引いて物事をみる男だったのに。


(ただ、ずっと前からあの子しか要らなかったってことか)


リュートのからかいもものとせず、危ういくらいに揺るぎなく断言するカナタに苦笑する。



「それに、本来の僕の立場からして無視できない掘り出し物迷い猫も見つかったしね。」


 空気が変わる。リュートのおちゃらけた雰囲気は払拭ふっしょくされ、カナタの表情にも緊張が走る。


「………何が言いたい?」


「あの子が狙われるもう一つの可能性。

 ミズキと似過ぎていることだよ」


 グラスを持ち上げ、一口果実酒を口に含む。


「ミズキは病弱だからあまり表には出ないが、それでも顔を知るものはいる。

 ミズキと同じ顔なら、利用価値は高い。

 クロノスの姫を手中にしたい勢は、我が国スコアリーフだけじゃないからね。」


「…………」


「言ったじゃない。世界があの子を見つけるって。

 もしかしたらその初めの1手かもしれないよ。」


「信じられないな、ハナが…そんな」


 カナタが知るハナキは、令嬢なんかじゃない。

 幼い日の彼女は……


 ひだまりのような笑顔の少女。

 カナタを彩る全てだった。



 ・・・・・・


 ミズキ・クロノス・フォン・ノルン。

 ノルン侯爵令嬢…当代の『クロノスの姫巫女』

 この国の聖女様だ。


 病弱ゆえほとんど屋敷から顔を出すことはない。

 友人リュートの婚約者といえ、カナタも実際にお会いした事はなかった。


 もしもお目通りが叶っていたら、

 もっと早く、ハナキを見つけられたかもしれない。


「姉妹か、双子か。従姉妹か…血の繋がりがないとはどうしても思えない。


 だから、確かめたい。

 彼女が望むならミズキに引き合わせようと思っているよ」


 リュートは有無を言わせない、本来の身分でカナタを制す。


「あなたにそう言われたら、私は否とはいえませんね、リュート皇太子殿下。

 …彼女が嫌がるならば、その限りではありませんが」


 友人としてではなく、臣下としての物言いでリュートに返す。


「そうだねぇ、会ってくれるといいんだけど。

 あとはミズキの体調次第かな。最近日に日に弱っているから、転移陣ゲートを通るのも一苦労しそうでね。」


 明日にでもハルちゃんに話すね~と言い残し、

 リュートはグラスを空にして自室に戻って行くのだった。



「囲い込む気か。さて、どうしようか…」


1人残されたカナタは、グラスを傾けながら1人思考の海に沈んでいった。

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