28話 夢の回路が繋がって。月明かりの告白


「カナタ、ありがとう!ふたつもよかったの?すっごくうれしい!」


 あれから二つのぬいぐるみの前でうんうん考える私の手から取り上げ、さらっと会計にもっていってしまった。


 私の腕の中にはかわい子ちゃん達の入った袋が…

 至福すぎる!


「どういたしまして。あなたの喜ぶ顔が見れて私も嬉しいですよ」


「大切にするね、カナタだと思って」


「え?ああ、うん。

 ……私だと思うの?アレを……嬉しいような、切ないような」


 最大級の感謝を伝えたはずなのに、カナタの歯切れが微妙に悪い。なんでだよぉ。



 ・・・・・



 小間物屋さんを物色したり、隣接するお店を回ったりして一通り楽しんだら、空はすっかり茜色に変移していた。


「そろそろ陽が落ちる。ぼちぼち戻らないとリュート君が騒ぎ出しますね」


「一緒に夕ご飯食べようって言ってたね、そういえば」


「あまり遅くなって煩いこと言われるのも面倒ですね」


「リュートはお母さんかな?」

 2人のやりとりを思い出し、くすっと笑う。


「もっと色々お連れしたかったけれど、次の機会にですね。

 …せっかく綺麗にしているのだから

 もっと、あなたは私のものだと宣伝して歩

 きたかったですね」


 心底残念そうにカナタはぼやく。


「私のものって…」


 違うよね。と以前なら一刀両断していたのに、今はそう言えずにただ困惑してしまう。


「対外的には私たちは、とても仲のいい夫婦か婚約者に見えたでしょうね。以前よりもっと近く。」


 翠玉エメラルドの目が、柔らかく細められる。

 思わず見惚れてしまう綺麗さで。


(絵になる男前。なんだよねぇ)


 ずっと一緒にいるので慣れてきたような気がしていたが、やっぱりドキドキしてしまう。


 私の様子にふふ、と吐息で笑うと

 カナタは思い出したように声を上げた。


「ああ、そうでした。

 私の妻の座が空いていますが、よろしければご予約などいかがです?」


 さらっとホテルのお得なプランのように提案するカナタ。


(んんっ?妻…?)

 良くて愛人じゃないのか?立場的に。


 びっくりしてカナタを二度見するが、カナタはただニコニコと微笑んでいる。


 本気なのか、冗談なのかわかりにくいひとだ。


「あはは、いきなりなに言い出すのかと思ったら…、冗談でしょう?」



「本気ですよ」



 私の歩調に合わせて歩いてくれていたカナタがピタ、と足を留め、真摯しんしで私を捉える。


 笑って誤魔化すような雰囲気は微塵も無く、私の表情も硬直する。



「忘れててもいい。知らないでもいい。

 ーーきっと、私の想いは正しくあなたに伝わらないから。

 ハナ、あなたはただ、『はい』と言えばいい」


 街灯の光に反射する。煌めく翠玉エメラルドが、私の逃げ場を塞いでいく。


 カナタのに、吸い込まれるように映る私。

 心ごと持っていかれそうになる。



 …………………


 彼のを覗いていると、ふと。先日の夢が浮かび上がってきた。



『好きだよ、ハナキ。私を選んでーー』



 夢とうつつが混ざり合う。

 ぬるま湯のような心地よさ。

 境界が曖昧あいまいな、幸せだけを煮詰めた夢。


 もしかして、もしかすると。


 アレは。


(カナタ…?)


「んえ~~~~っ!!!」


 残念ながら仕様スペックのよくない頭の情報処理が追いつかず。

 思わず叫んでしまった。

 乙女的には色々台無しだ。わかっている。


 たまの夢に出る緑の目の、男の子。

 目の前の、カナタ。


 2人から感じる想いは同じで。

 同じ眼差しが、同じ色が同調リンクする。


 あの子が、カナタなら。

 カナタの今までの言動の意味も、執着も、なんとなく繋がる。


 詳しい記憶が無くとも。カナタと私は初対面ではなく、塗りつぶされた記憶の下でなにかがあったんだ。


(ただの空想、願望が見せる夢なんかじゃなかったってこと……)


「ハナ?」


 凝視して固まる私を心配するカナタ。


「ちょっと待ってまだ待って、いまいっぱいいっぱいなんだよ」


 困惑するカナタに私は早口で懇願こんがんする。

 ーーーとりあえずの現状維持を。


 令嬢の格好しながらもはしたなく

 真っ赤になってオタオタしているだろう私を、目を丸くして見つめ、そしてふふっ、と微笑む。


「……玻璃はりの花が、珍しく揺れてる。キラキラで、美しいね」


 私のおとがいに手をかけて、無理矢理視線を合わさせるカナタ。


「あまり、見ないで…」


 どんな顔をすればいいのかわからないので、視線を逸らす。きっと酷い顔をしているだろう。


『無自覚なのも困りものですね』とため息をついてから、カナタは切れ長の瞳を和らげる。


「いいですよ、待ちましょうか。

 前にも言いましたがあまり気の長い方ではないので、痺れを切らすかもしれませんが」


「……そのときは、諦めて私のものになって下さいね?」

 仄暗ほのぐらい光をたたえながら、カナタは不敵に微笑んだ。


「結局拒否権はないの!?」

 特権階級お貴族様怖い…!


「ふふっ

 ーーーーああ、月が綺麗ですね」


 茜が宵闇よいやみに消える空に、小さく輝く下弦の月。

 カナタは私の手を指を絡ませる様にして繋ぎ直す。


(恋人繋ぎ……)


 いつもより密着した手のひらから、緊張が伝わりやしないか。気が気じゃない。

 早鐘を打つ心臓、静まれ。


(私ばかり翻弄ほんろうされてない?これ)


 言葉もなく、掌の温もりを分け合いながら、

 再び歩き出す。

 ゆっくり、ゆっくりと。


 月の光と、翠玉に守られながら。

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