翠玉の章 11話 カナタの祝福(ギフト)2

喧騒から離れ、カナタを連れてきたのは木々の生い茂る林のような場所で。

外壁の代わりのように植えられた木々の木陰だった。


「ここなら人も少ないしどうかな?」

「だいぶ良いですよ、心配かけてすみません」


「そう、良かった」

「こんな場所あったんだな…」


木の幹に背中を預けて、襟をくつろげる。

カナタの表情は先程より幾分か赤みがさしていて、調子も良さそうだ。


「いいところでしょ」


ここは魔術師さんが集まり薬草を栽培・研究する為の農園みたいなものらしい。


内部までは見たことがないが、薬草畑の中心に研究棟ラボのようなものがある。


周りを木々で覆っているのは、一目に避けたい理由もあるのだろうか。

魔術絡みのなにかがあるとか…


街の人間はおいそれと近寄らない場所らしいが私にとってはオアシスだ。


木々で囲まれた街の中にある大自然で、

度々塀がわりの木陰を拝借しにきてる秘密の場所である。


「ここら一帯、随分魔力が満ちていますね」

「わかるの?」

「私にも魔力が多少はあるみたいで、察知くらいはできますよ。

魔術師の様に上手くは扱えませんが」


「私はさっぱりだよ、魔法使ってみたいな。人生変わりそう…」


治癒魔法とか、移動系魔法とか。

できれば痛くないやつがいい。


使えたら良い暮らしができるのではないか

なんて、俗っぽい事ばかり浮かぶ。


「ここの家主さん、いい魔術師先生?だよ。たまにおやつくれる」

「…おやつ」


カナタの眉間に皺がよる

「うん。おやつ。いいひとだよ。たまにご飯もくれる。」

「……ご飯」


家主さんは時折訪れる私を追い払うこともせず、

干渉もせず好きに過ごさせてくれる。


民家の軒先に現れる猫のような扱いをされているのは否めないが

今日は姿を見かけない。


「その魔術師って……男?」

「うん。先生って呼ばれてたな?優しい人だよ」

「…………しっかり餌付けされてますね」

苦虫を噛み潰したような顔をするカナタ。


「お嬢さん。男の優しさには、下心があるって思った方がいい」

「えー、先生そんな感じしないけどなぁ」


無防備過ぎると叱られた。

助けてあげたのに、解せぬ。


「あなたには不思議な魅力があるから、つい手を差し伸べたくなるんだろうな」

困った様に笑う。


「可愛いし、優しい。気づいたら居なくなってしまうから目が離せない」


茶化す様子もなく、真剣な眼差しで私を射抜く。


玻璃はりの花。あなたは変わらないな、ずっと。」


(いきなりそんなこと言われても困るよ)

本名で呼ばれているみたいで少々気まずい。


カナタの匂わす甘い空気に耐えられない私は


「あっと…あ、具合良くなった?

色がどうのって言ってたけど…?」


とりあえず話の矛先を変えてみる。


「…ここには『色』はないからな、すっかり回復しましたよ。

今日はずいぶん当てられたな。」


「色がない??」

緑あふれる空間にそぐわない言葉に首をひねる。


「あなたは祝福ギフトをご存知ですか?」

祝福ギフト…?」

「魔法は魔力を持つ人間が扱える力ですが、祝福ギフトは魔力がない人間にも稀にあらわれる。


ざっくり言うと魔力の関わらないその人専用の不可思議な力、神様からの贈り物プレゼント、とも言えるでしょうか


我が国で1番名が知れてる祝福ギフト持ちは、巫女姫様でしょうね」

雲の上のお方をおもいうかべる。


クロノスの巫女姫様は聞いたことあるね」


カナタ曰く、祝福ギフトは神の加護ともいうらしいが、血筋や性別などの規則性もなく、この世界の人間に稀に現れるそうだ。

クロノスの姫巫女だけは別だそうだが。


祝福ギフトのことはまだまだ不透明なことも多く、

現在どのくらいの人に、どんな力が授けられているのかも詳しくは解明していないそうで。


「魔法以外にもそんな力があるなんて。この世は存外ファンタジックだね」

「はは、そうですね」


「いい事ばかりではないですが」


ここ、スコアリーフの王族に連なる要人が

クロノスの姫巫女様だ。


そこら辺は常識中の常識なので、知識として私でも知っている。

子供向けの絵本などでもよく出てくる存在だ。


ギフトの種類は様々で、個体差はある。

必ずしも利になるありがたい力ばかりではない、とも。


神様の悪戯いたずらと言ったところだろうか。


「私はね、人のこころの色が見えるんだ。

その色は人によって違うけれど、大体の感情が読み取れてしまいます」


「悪意も好意も、喜びも悲しみも、憎悪も。全てが『色』として伝わってくる。」


先程のひとに酔った、のは

向けられた興味の色がいつも以上に苛烈で、具合が悪くなってしまったと。


なので、人がいない空間に行けば快復する。


それはそうだな、と私は思う。

浴びせられた嬌声の中には私に対するやっかみもあった。


私とカナタは釣り合ってないから仕方がないが、とにかく目立ってしまっていた。


久々に強烈な攻撃を受けたと苦笑するカナタ。


「あなたといたからかな?いつもより浮かれていたのかも知れない」


「『色』が見える…か」

ふと、自分はどの様に見えるのか気になった。


さぞかし薄汚れているんだろうな、と自虐めいた笑みを口元に浮かべる私に、カナタは首を横に振る。


「知りたいですか?あなたの『色』」


「えっ……?」

そりゃ気にならないと言ったら嘘だけど。


「……やっぱりまだ秘密です。あなたの色は私だけが知っていればいい。

ただ、誰よりも綺麗だ。」


「また歯の浮くような台詞セリフ

…」


すごく気になるし

知りたいような、知りたく無いような…


宙ぶらりんな返答にモヤモヤを抱いていたら、

とんでもない思いつきを口にするカナタ。


「そうだ、これからはあなたのことを『ハナ』と呼ぼうかな」

うん、いいですねとカナタは頷く。


「!? な…んで??」


まるで本名の呼び方に、私は動揺を隠せない。

多分間違いなく見透かしている。

そうとしか思えないが、まだ訂正する時では無い。


「あなたは私の『玻璃はりの花』ですから。

私の、ハナ」


確かに。カナタは一貫して私をハルと呼ばない。


昔の私を知っているよう…?だし、

だとしたら

間違いなくわかって提案している。


カナタの祝福ギフトで全てお見通しなのかもしれないが、

押し切られても譲れないところはある。


「私はあなたのじゃ無い!」


断じて。

絶対違う。


「ふふっ、やはりあなたはつれないね。


ーーー私の『色』をあなたに見せられたらいいのに

どれだけあなたでいっぱいか、わかるだろうに」


耳を赤くして否定するわたしに、


甘く誘惑する翠玉すいぎょくが、優しく妖しく微笑んだ。

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