トキノハナと宝石の君〜玻璃の花は翠玉の夢を見る〜
まつのことり
翠玉の章・共通
翠玉の章 1話 はじまりのはじまり1
木々が茂る森のなかに建てられた
小さな教会。
「なかないで、ーー。きっとまた会える」
「うん…絶対だよ。ーーの事、忘れないでね」
「約束するよ、だから……」
困った様に眉を下げポンポン、と撫でた深い緑の瞳に
泣き噦る少女が映る。
埋もれた記憶のカケラが、
今の私を支えている。
深い緑。
大好きだった、私の…
宝物の記憶。
きっと幸せだった頃の、優しい色。
••••••
柔らかな陽が落ちる昼下がり。
頬を撫でる風が心地よい新緑の季節。
人通りの多い表通りをぶらぶら歩きながら
揺れる街路樹に目をやった。
陽に反射してキラキラ、輝く緑が美しく
露店が立ち並び賑わうこの界隈は、
活気に溢れ賑わっていた。
(すっかり春だなぁ)
別段季節なんて気にしなかったけれど
今日は特別だ。
久しぶりに見れた夢は
切ないような、嬉しいような
いつも調子を狂わせる。
(たまーに出てくるあの夢、何か意味があるのかなぁ。
全く見に覚えが無いからな)
(何かの物語で聞いたりして印象に残ってたとかね、しらんけど…)
どういう訳か
私の記憶はここ数年分しか無い。
自分の名前『ハナキ』以外、墨で塗りつぶされたように
思い出すことができなかった。
(昔の記憶がなくても大して困ることもなかったし、まあいいんだけど)
不定期だがふとした時に
決まって呼び起こされる映像に
若干メンタルを乱されるのだけはどうにかしてほしい。
『仕事』に支障がでたら困るのだ。
今の私は、なんとか毎日を生き抜くことで精一杯だった。
(今日はちょっと不作だなぁ…もう少し景気の良いカモはいないもんかな)
通りを行き交う人の流れ、身なりなどを視線だけで追いかける。
人混みに紛れながら、目立たぬ様に動きながらも目は光らせ獲物を探す私。
(おっ♪カモネギ案件)
良く磨かれた綺麗な皮靴。
身なりも人も良さそうな中年男性が
同じく品の良い色合いを揃えた衣服から、妻であろう連れの女性と
物珍しそうにキョロキョロ見渡しながら前から歩いてくるではないか。
(良いとこの観光客かな?これはイケるかも)
(鞄は持ってない。あの懐の膨らみはきっと…)
私は目ざとくそのおじさんに狙いを定め、
前を歩く家族連れを隠れ蓑にしながら
(今だ!)
するっとすれ違う。
すれ違う一瞬の間に、さりげなくかつ慣れた動きで
おじさんの仕立て良いジャケットの、懐の膨らみを失敬する。
ほんの一瞬。
観光を楽しんでいるおじさんも気が付かない。
体格の小さい私は、おじさんの視界にはほとんど入ってなかったと思う。
何が起きたかも気が付かずに
おじさんは変わらず連れの女性と笑い合いながら出店を冷やかしながら通りを抜けていく…
(楽勝楽勝♪)
私の手には思った通りの重さの財布が握られているのだった。
感触を確かめつつ、いただいたそれを自分の胸元に隠す。
(隠すところが男より多いのは利点よね)
獲物もゲットできたし、とりあえず長居は無用。
鼻歌まじりでそのまま表通りを抜けて、何食わぬ顔で歩いて行った。
(おお、ほっくほく~!)
経済活動で賑わう表通りを抜け、路地裏に移動した私はゲットしたお宝の中身を確認する。
思った以上の路銀の数に、思わずにやけてしまう。
(やった~今日はツイてる~!
久々の大物だよ~♪)
(懐具合もあったかいし、今日は美味しいものでも食べちゃおっかな~)
最近は小金ばかりだったので、久々の大きな収穫に頬も緩む。
(今日はこのくらいで良いな。欲をかいても良い事ないし)
必要以上には取らないし追わない。
ひと所には留まらない。
もちろん宜しくない行いなので
捕まると良くて鞭打ち最悪は死罪だ。
同業者は手を切り落とされた奴もいたっけ。
リスクを考えるとできる事なら仕事は少ない方がいい。
これが細く長く続けていく秘訣だと思う。
今までの悪運も良かったのだろうが
おかげさまで、ただの1度も捕まったことはない。
そんな私の『仕事』は、スリ師だ。
グループで役割を決めて実行する方が効率もいいんだろうけど、
仲が拗れて分け前で揉めたりするのが面倒だった。
なのでちょこちょこ場所を変えながら、1人で『仕事」をこなしていた。
魔法適性でもあれば、真っ当に稼げる日の当たる生き方もできただろうけど、無いものは仕方ない。
できることして食い繋ぐしかないのだ。
(それに、今日は気乗りしないんだよね)
こんな気持ちの良い天気で、
あんな夢を見たのがいけない。
あの緑の瞳を思うと、
今の私には眩しすぎて、胸が少しだけ痛むから。
(あー、萎えるわぁ)
懐具合は重く暖かく、嬉しいはずなのに
『仕事』の後は決まって
少しずつ鉛を飲み込んだみたいに、心は重く苦しくなる。
ーーー
『いつも心は穏やかに、正しい行いをしなさい』
『神様と私達は、いつもあなたを見守っていますよ』
顔は見えない牧師様とシスターの声。
優しく声音でも、責められているように感じる。
(……神様なんているもんか)
とうに擦り切れた罪悪感が見せる夢なのかもしれない。
(なんて、今更か。なんか甘いものでも買ってこよ)
私に溜まる心の澱を見ないふりして、甘味の揃う市場の方へと足を運ぶのだった。
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